「九龍虫」:立ち読み図書館|著作権切れ文芸作品集

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「九龍虫」

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(例)そう[#「そう」は底本では「さう」]言って
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 いつだったか歯をわるくしてお医者さんに行ったところ、そのお医者さんは見たところそれほど丈夫そうにもないのに、毎日のおびただしい患者を扱って少しも疲労を感じないと言う。
「何か秘訣でも?」
 と訊ねると、
「大いにありますよ」
 そう[#「そう」は底本では「さう」]言ってお医者さんは南京虫のようなものがうじゃうじゃうごめいている小さな箱をみせてくれた。
 九龍虫という虫で、なかなか精力のつく薬虫だとその医者は説明してくれた。
 私は二、三十匹もらって桐の箱に入れて、医者の説明通り椎の実、龍眼肉、栗、人参などを買って来てあたえてみた。

 二週間ほどしてから覗いてみたら九龍虫の蛹がいくつも出来ていた。
 さらに半月ほどしてからしらべてみると、もう何百匹となくうじゃうじゃしているのには驚いた。

「一遍に十匹ほどずつ飲んでみなさい、とてもよく効く」
 と、お医者さんは言ったが、生きた虫をそのまま呑むのはちょっとかなわんと思って放りぱなして置いたが、疲労を覚えてどうにも弱り果てた時に思い切ってのんでみた。
 ひりりっと山椒の実を口に入れたような味がした。
 べつだん効くようにも感じないが、用いていれば疲れがあまり出ないところから推すと、やはり効いているものらしい。

 九龍虫は呑めども呑めどもあとからあとからとネズミ算式に増えてくる。与えた食物の中へわいわい入り込んでそれを食い散らし、食い尽くしては子をふやしてゆく。

 この虫が食べているものは、そのまま人間が摂っても効くものばかりである。
 人参、椎の実、龍眼肉などというぜいたくなものばかり食っているのであるから効くのは当然である。
 人間も良い本をたくさんよみ、修業をつんだ人は、それだけ良い内容を貯えているものである。
 画家も心を培い良い絵をたくさんみて研究をはげめば、それだけ高いまなこが持てるのである。

底本:「青眉抄・青眉抄拾遺」講談社
   1976(昭和51)年11月10日発行

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