《》:ルビ
(例)少時《しばらく》の文人たち
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)祥瑞|模《うつ》しの皿に
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)けはひ[#「けはひ」に傍点]をうけて、
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ぽろ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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青みどろを溜めた大硝子箱の澱んだ水が、鉛色に曇つて来た。いままで絢爛に泳いでゐた二つのキヤリコの金魚が、気圧の重さのけはひ[#「けはひ」に傍点]をうけて、並んで沈むと、態と揃へたやうに二つの顔をこちらへ向けた。うしろは青みどろの混沌に暈けて二ひきとも前胴の半分しか見えない。箱のそとには黄色い琥珀の粒の眼をつけた縞馬の置物が、水粒が透けて汗をかいたやうな硝子板に鼻を擦りつけてゐる。
箱の蓋の上に置いてある鉢植のうす紅梅がぽろ/\散つて、逞しい蕊が小枝に針を束ねたやうに目立つ。
新興活花の師三保谷桂子は、弟子の夫人や令嬢たちが帰つたあとで、材料の残りの枝を集めて、自分だけ慰みの活花をずんどう[#「ずんどう」に傍点]に挿して、少時《しばらく》眺め入つてゐたが、俄に変つて来た空の模様を硝子戸越しに注意しながら、少しの天候の変化からもぢきに影響される金魚の敏感な様相を観まもつた。
空の模様はます/\険悪になり、しぶき始めた雨と一緒に光り出した稲妻の尖端が、窓硝子を透して座敷の中の炭炉にさした。
「金魚、縞馬、花、稲妻――まるで幻想詩派《サンボリスト》の文人たちの悦びさうなシーンだね」
落ちついて水を持つて来た姪のせん子に、聞かせるといふほどの意志もなく桂子はいつた。
それから桂子は、桂子がフランスを発つて来る間際まで、世紀末生残りの詩人が、まだ飽きずにこんな感じの詩を作つてゐたことを、ちよつとの間、憶ひ出してゐた。
未完成のまゝ花器の根元を持つてそつと桂子が押しやつたずんどう[#「ずんどう」に傍点]の花活《はないけ》へ、水を差しながらせん子がいつた。
「先生けふは三十日――あしたは晦日――今夜でも小布施さんにお金を持つてつてあげないぢや」
小布施は桂子の遠い親戚の息子で、もと桂子が画を習つてゐた時の同門でもあつた。不遇で病弱で、長く桂子に物質的補助をうけてゐる画家であつた。
桂子は花の屑を包んで膝かけを外しながら、いつも病気勝ちな小布施に何かにつけて気を配るせん子をいぢらしいと思つた。ひよつとしたら内心、小布施を愛してゐるのかも知れない。桂子はそれから襟元を少し掻き寛げ、右手の拇指を右の前脇の帯に突き込んで扱くと同時に、体格のいゝ胴を捻つた。博多の帯がきし/\鳴つた。
「あゝ窮屈だつた。お弟子達には行儀よくしてなくちやならないから辛いね。せん子、お茶でも持つて来ておくれ」
茶室造りの畳の根太の下に響いて、やゝ烈しい雷鳴が一つしたあとは、ずつと音響が空の遠くへ退いて行つた。桂子は、姪でも内弟子でもあるせん子を相手に麦落雁を二つ三つ撮んでから漆塗りの巻絵の台に載つてゐる紙包の嵩をあつさり掴んだ。これは今日の弟子達が置いて行つた月謝の全部だ。桂子はそれを袱紗に包んで、
「どれ、若い恋人に会ひに行かうかね」
なかばせん子の気を牽きながらかういつた。
せん子はまはりを見廻して眉を顰めた。
「冗談にもそんな云ひ方はよくありませんわ。人聴きが悪い……」
その声には、伯母でもあり先生でもある桂子の身の上を憶ふ、純粋な響きだけだつた。
「ひとり身の女がこんな口を利くやうになるのはよく/\のことよ」
いくらか桂子は悵然とした口調でかういつた。
だが空が和んで来て生毛のやうに柔く短く截れて降る春雨を傘に凌いで、内玄関から出て行くときには、桂子は均斉のとれた大柄な身体を、何の蟠りもなくすつくりと伸して、昼間は人目につくと云つて小布施を訪ねるのをとめだてするせん子を見返つて、
「昼間堂々と行く方が、世間の噂に逆襲をして却つていゝんだよ」といつた。
せん子は今更ながら美しい若い伯母の優しい気立てのなかに、どんな苦労も力強く凌いで行く精神力の潜むのを感じ、それをそのまゝ現はしてゐるやうな桂子の後姿を、信頼の眼差で見送つた。それから自分にもその元気が移りでもしたやうな張つた声で、勝手元の方を向いて云つた。
「ばあや、前庭の桃葉珊瑚《あをき》に実が一ぱいついてるよ。青い葉の間に混つて青い実がついてるものだから、まるで気がつかなかつたわ。」
活溌な足音がして内弟子の桑子と書生が、婆やより先にせん子の佇つてゐる洋館の内玄関の扉口の方へ駈けて来た。
桂子は邸宅と商家と肩を闘はして入れ混つてゐる山手の一劃から、窪地へ低まつてゆく坂道を降りて行つた。桜の並木があり、道の縁を取つてゐるまだらな竜の髭に、品格のある庭木が藪からしや烏瓜の蔓に絡まれながら残つてゐる。むかし相当の庭園の入口でゞもあつたものを、庭は住宅に埋められて、道だけ残されたものであらうか。硬い老幹と、精悍な痩せた枝の緊密な組み合せは、鋼鉄と鋳鉄を混ぜ合せて作つた廊門を想はせる。
桂子はこの鋼鉄の廊門のやうな堅く老い黯《くろ》ずんだ木々の枝に浅黄色の若葉が一面に吹き出てゐる坂道に入るとき、ふとゴルゴンゾラのチーズを想ひ出した。脂肪が腐つてひとりでに出来た割れ目に咲く、あの黴の華の何と若々しく妖艶な緑であらう。世の中には殆ど現実とは見えない何とも片付けられない美しいものがあると桂子は思つた。
桂子は一人になつて寂しい所を歩いてゐると、チーズのやうな何か強い濃厚《しつこ》いものが欲しくなつた。講習所の先生として、せん子などを相手にお茶請けを麦落雁ぐらゐな枯淡なもので済ます時の自分を別人のやうに思ふ。外国へ行つてから向うの食物に嗜味を執拗にされたためであらうか。
雨は止んで、日ざしが黄薔薇色の光線を漏斗形に注ぐと、断れ/\に残つてゐる茨垣が、急に膠質の青臭い匂ひを強く立てた。桂子は針の形をしてゐながら、色も姿も赤子のやうに幼い棘の新芽を、生意気にも可愛らしく思つた。
「刺すなら刺してご覧。」
桂子は、指紋の渦が緻密で完全に巻いてゐる人差指を伸して、棘の尖を押した。
新芽の棘は軽い抵抗を示しながら、ふによ/\と撓んだ。強く押すと芽の腹の皮の外側は、はち切れさうになり、内側は皺が寄つた。するとその芽が切なく叫んだやうに、赤子の泣き声が桂子の耳の奥に幻聴を起させた。桂子は指を引込めた。
三十八の女盛りでありながら、子供一人生まなかつたことが、時々自分に責められた。幾人か生んでゐべき筈の無形のこどもの泣声だけが、とき/″\耳についた。今まで数多くうけた処生上の迫害やら脅迫から桂子はいくらか被害妄想にかゝつてゐて、幻想や幻覚はしよつちゆうあつた。桂子は気分を襲つて来た悲惨な蝕斑に少し堪らなくなつて、駆け出して少女のやうに小布施のアトリヱへ転げ込んで、年下の男の友人に何かおいしいものでも喰べさして貰はなければ慰み切れない辛い気持になつた。ごくりと唾を呑むと涙がほろ/\とこぼれた。だが、ふと陽がさしてゐるのに気がついて蛇の目を窄め、無理にぐん/\上りの坂にかゝると、自分の優秀な肉体が、自分の肉体の優秀なのを足駄を踏みかけて行く両股の上に力強く感じた。男と同じほどの背丈があり、それに豊かな白い脂肉が盛りついてゐる自分を崩折れさすわけにはゆかないと、気持が立ち直つて来る。
坂を上り切つて、晴れかゝる春先の陽の下の町の屋根々々を見返つたときには、桂子の気分の悲惨な蝕斑は薄れて、腹痛の癒りかけたときのやうな感謝すべき、ほつとした気持になつた。笑ひ度いやうな痛痒い鈍痛だけがかすかに残る。するとほの/″\とした野心的《アンビシアス》なものが頭を擡げた。
「苦しい人生をせめて花で慰め度い。私の花を溢らせ度い……。せめてこの都にだけでも一ぱいに……」
桂子の人生に対する愛撫に似たものが、野心に張り拡げられて、蝋銀色のうすものゝ翼となつて、陽炎の立ちかけてゐる大東京の空を軽く触れ去るやうに感じた。
桂子は巴里の美術服装家マレイ夫人に招聘されて六年間の仏蘭西滞在中、ロンドン在留同胞有志の懇望で、海一つ越えて一ヶ月程活花を教へに行つた。夜は毎夜露き出しの夜会服の背中を寒がりながら、シーズンの演劇を見て廻つた。一流劇場のクイーン座でバーナード・シヨウの「セント・ヂヨン」を見た。一般の批評では、この著者は仏蘭西の聖少女を痛快に揶揄したやうに取沙汰された。しかし、桂子は聖少女がこの著者の気持よげに薙ぎ廻す皮肉の刃を、身に遣り過して一つも傷をとゞめない不逞の正体を感じ取つた。女には女の観る女の正体がある。他の人意の批判は目の触りにならない。自分でも意識し尽せぬ深い天然の力が、白痴であれ、田舎娘であれ、女に埋蔵されてゐて、強い情熱の鈎にかゝるときに等しくそれが牽き出される。それが場合によつては奇蹟のやうなこともする。または一生埋れ切る場合もある。どつちが女としての幸福か知れないけれど。
桂子は巴里へ帰つてから、その劇のことをマレイ夫人に話すと、
「しば/\作者の意図以上のものが出てしまふのが天才の芸術だといひますね。シヨウはたぶん天才でせう」
白けてはゐるが敬虔に媚びた笑を交へた彼女独得の美しい笑ひ方をした。
「丹花《たんくわ》を口に銜みて巷を行けば、畢竟、惧れはあらじ」
これは女学校友達の女流文学者K――女史が、桂子の講習所を開くとき掛額に書いて呉れた詞句だ。講習所の娘たちの間に、これを読んで、「丹花の呪禁《まじなひ》」だといつて、活け剰りの花を口に銜へ、腰に手を当てゝ、映画に出て来るジヨルヂユ・サンドのやうな気取つた恰好で濶歩するのが一時流行つて、やがて廃れたが――。
桂子は坂の上り口から雨上りの人少なの一筋道に遠見がついて、その両側に邸宅が稀で、新旧の商家がずらりと、行人に対して好奇心に貪慾な大小の口のやうな店先を開けて待ち受けてゐるのを見渡すと、今更たぢろぐ思ひが湧く。小布施へ通ふ桂子の噂がこゝらに一ぱい拡がつてゐるのを、かねて桂子は知つてゐた。桂子を敵視する同業者の家もあつた。ふと、あのK――女史が書いて呉れた詞句のやうに、花の茎でもぎつちり糸切歯と糸切歯の間に噛み締めて歩いて行くなら、この惧れに堪へられさうに思へた。一時の間でも花に離れてはならない。彼女は肩を一つ揺つて、また、肉体の雄勁な感覚から自信を取り出して、真直ぐに歩きだした。
入口に俥止の杭が打つてある、質素な住宅地の太く通つてゐる筋の道路を右に切れ込んだ角から二軒目に、小布施の住居があつた。下は日本間になつてゐて、二階は画室になつてゐた。
金目《かなめ》黐垣の抽き過ぎて出た芽を、二つ三つ摘み捨てゝ、松材の門の扉に手をかけ乍ら桂子が振り仰ぐと、「程君画房」といふ新しい標札がかゝつてゐる。字は小布施の洋画家風の筆蹟である。その雨湿りが乾いたばかりの標札を見上げた時、桂子は何か直覚的に、はあ、また体の工合がよくないのだなと思ふ。
不遇傲岸に見える小布施は、案外、時流に神経質で、十六七年も前桂子と同門で矢来町のY――先生の画室に預けられてゐた時分から、逐次独立するまで、後期印象派、ダヾ、表現派、新古典、超現実派と、およそ日本で尖端的に見える画風は魁けしてこれを取り入れ、通俗派の方面にぶつかつて行つた。
桂子は常住青年らしい闘志を失はない彼に敬服したが、彼自身何ものをも掘り下げ得ない浮いた忙しさを危んだ。そこにはまたさういふモダンを取り入れて詩[#「詩」に「ママ」の注記]示することを意識した彼自らの慊厭の気持が、人を揶揄した筆つきや、どす黒い色調で観者に逆襲してゐた。世間は戸惑つて、彼を将来ある未完成の画家の範疇にあつさり片付けた。勿論売れる絵ではない。
体質に伏在してゐた結核性がいよ/\肺を冒し出すやうになつてから、小布施の焦燥が増すのに桂子は気づいた。
「私は、お金がはいるうちは、生活を保証してあげますから、焦つてはいけませんよ。毒ですよ」
桂子は何度も云つた。
すると小布施は、
「いや、そんなことぢやない。人間といふものは、何等かの方法で始終自分の存在を社会に確めて居たいものだ」
彼は抽象派《アブストレート》の絵を描いてゐたのを途中から止めて、東洋芸術省顧の風潮に従つて、洋画の道具を片付けて墨絵に凝り出した。程君房とか方干魯とかいふ桂子の耳には縁遠い支那の古墨の作銘の名を、桂子は先頃から屡々小布施の口から聴いたものだが、それを自居の雅名にして、標札にまで書いて出さねばならない気持にまでなつたのか――小布施の時流憧憬は病の進むに従つて、一々、即物化さねば[#「さねば」はママ]心が安まらない風に見え出した。
桂子が家へ入つて行くと、小布施は階下の十二畳に桃山風の屏風を引き廻らして、中で床に臥つてゐた。枕元には琺瑯質の鍋だの西洋皿だのが狼藉としてゐて、その間に墨の桐箱と墨の塗沫された画仙紙の上に水筆が転がつてゐた。
「まあ、どうしたの、この有様は。ねえやは?」
小布施は先程から桂子の入つて来るのを足音で知つてゐたのに、わざと絵葉書のアルバムに眼をむけ続けてゐたが、かういはれると、眩しさうに眼を瞬いて、はじめて桂子を見上げた。疳癖があつて、蛾のやうな眉が高い額に迫つてゐる下に、柔和な細い眼がいくらか血[#「血」に「ママ」の注記]膜炎にかゝつて、怯えを見せてゐた。元来、青白い顔色が急に浅黒くなつてゐる。
「しげ(女中の名)はきのふ暇をとつて行つたよ。今どき独身者の病人の家に、給金だけで永くゐる娘はないよ――遺産つきで女房の契約でもしてやらなけりや」
ちよつと皮肉にいつたが、すぐ素直な声になつて、
「そんなことはどうでもいゝ。僕はこの二三日、女中がゐないんで、湯を湧かしたりごみ/\した用事で疲れて、本読んだり画をかくのが面倒なんで、寝ころんでひとりでに君のことを研究してゐたのだがね。君はやつぱり女であつて、女といふものには持つて生れた貞操といふものがあつて、それが結局、根本で万事を解決するんぢやないかと思つたよ。君どう思ふ」
小布施はその証拠のやうにペラ/\とアルバムの頁を繰つた。そして、曾て見たことのない懐しい顔つきをした。今度は桂子が眩しい眼つきをした。
「何をつまらないことをいつてるんです。あたしのことなぞ今の問題ぢやないぢやありませんか。それよかあんたの病気はどうなんです」
かうは訊ねたものゝ桂子は、小布施がいひかけた自分のことについての感想を、もう少し聞き進みたかつた。
「何故、今ごろそんなアルバムなんか持ち出してるの?」
アルバムは桂子が外国へ行つてる間、根気よく小布施によこした絵葉書を挟んで置いた部厚な集成である。今頃珍しさうに見返すまでもない程、二人の間の過去の存在なのであつた。
「今になつてこの絵葉書を見て僕は思ふんだが、君が外国でこれを買ひ集める時は、単に君が自分で興味を牽かれた景色だの、芝居だの絵だの、陶器だの人形だのの絵葉書だらうが、こつちへ送つて呉れた時の趣意は、結局、僕を啓発して呉れるつもりのものになつてゐるらしいね。
ところで、こゝに一つ面白いことがあるのだ。この三百枚かの絵葉書に書いた君の通信文を見ると、その時々の挨拶やら、旅の印象の報告やらで一枚一枚違ふが、君の主観の思想めいたものを探し出すと、きまり切つてたつた一つなんだ」
「どんな主観や思想なの」
「さういつたら君自身だつて驚くだらう。つまり、かうなんだ――私はどこまでも絵を生きた花で描き度うございます。絵の具ではどうしても物足りません――僕が二十で君が確か二十二のときだつたね。君が初めて想像で描いて来た理想画を僕がうつかり罵つたら、君が二三日欝ぎ込んで考へてゐたが、突然Y先生の前へ行つて、私は絵を生きた花で描き度うございます、絵の具では物足りません。さう云ひ切つてパレツトを割つて仕舞つた」
桂子はそこまで聞いて、その当時のそのまゝの事をはつきり憶ひ出した。
当然恋人同志になりかけてゐた二人の仲が、そんな経緯で変に醗酵せず、友情の方へ逸れて仕舞つたのではあるまいか――そして、華道の家元の父親の家へ戻つて、桂子は生花に取りつき出した。娘は[#「は」に「ママ」の注記]その時の執念が、こんなに沢山の絵葉書の通信文の殆ど一つ一つにも一貫して通つてゐる、と小布施は今さらアルバムを桂子の前へ押しつけて云ふのである。
「私いち/\そんなことを意識して絵葉書送らなかつたわ」
「ならいゝかい。ところ/″\読んでみようか。そらこゝに前衛派的な芸術論がちよつと書いてあり――それから、この芸術理論は私の活花芸術にも立派に応用されるのです。とにかく、私は私で私の理論性でも感情性でも凡て私の全生命を表現しなければなりません――ね、それ歴々たるものだ」
かう云はれて見ると、桂子はたつたさつき坂の上で、都会の屋根々々を見渡して、思はず自分が拡充させた蝋銀色の翼の幻覚を思ひ出した。そしてあの意慾や感情と同じ系統のものが、小布施に送つた絵葉書の一端の通信文からも覚知されたのではなからうか――桂子は小布施の露はな指摘に逢つて、つい今しがたの坂の下での幻想も、何となく恥しいものに思はれた。でも、眼の前の小布施には一種の応戦的な調子になつた。
「それならそれでいゝぢやないの」
小布施はだん/\興奮して来たのを、圧へられないやうに、
「東洋人が東洋人に還つたと自覚したこの頃の僕は、落着いて何でも明かに見えるやうな気がして来たんだ。そこで更に君に就いての穿つた観察を下して見ると、君は昔のあのとき自分の作品を攻撃されて、興奮して反撥して、そこで縋りついて行つたものが、家業の活花であつたればこそ、今日までの半生を花に忠実に仕へて来た。あの時、もし縋りつく目標に君のお父さんの家業の活花といふものが全然なくつて、一箇の男性が代つてその位置に立つてゐたとしたら、娘桂子は今日までの花に対する情熱と貞操を、その男性に注いで来たに違ひないと思ふのだよ。忠実なる主婦なり妻なりになつて――」
桂子はそれを否定しようとしたが、小布施は抑へた。
「素質からいつても君はさういふ女だ」
桂子が言葉を返しやうもない必死の独断が小布施の語気にあつた。殆ど病的な独断の強ひ方だ。桂子は何故小布施がこんな独断をして、自ら安心を得ようとしてゐるかと不思議に思つた。が、やがてだん/\それが判つて来たやうに思はれ出した。つまり気ばかり立つて体力の萎靡した男性にとつて、個性の確立した女性は負担を感ずる――で強ひてそのものゝ素質を男子の隷属物的なものと観て、自ら心の均衡を得ようとする、その本能に小布施も今や支配され出したのではあるまいか。それならその事の当否よりも、寧ろ小布施の体の容態を先に気遣はなくてはならない。
「それはそれとして、あなたの容態はどうなの今日は」
「うむ、今度は腹の方へ来たね。目出度いことだ」
小布施が命に係はることさへわざと軽薄ないひ廻し方をするので、桂子はぐつと気持が胸へつかへたが、長患ひする者の自棄的な反語であるのを知ると、むしろ不憫に思へた。
「………」
桂子は黙り込んで仕舞つた。小布施は身についた病み患ひに飽きて、病気のことゝなるとたとへ親切に慰められるのさへ好まなかつた。桂子などには反語で皮肉な応酬をするやうに、いつからか癖のやうになつて来た。
桂子はうそ寒く両袖を掻き出した。そして庭を見た。庭は先日までの花壇を取り除けて仕舞つて、俄苔を貼つた平地のところ/″\に石と寒竹だけが配置されてあつた。半月程稽古に忙しくて、桂子は来られなかつた代りに、せん子を時々見舞はしたのだが、かの女は庭に就いて何の報告もしなかつた。桂子は気がついて、
「いつ庭をかへたの。せん子は何とも云ひませんでしたよ」
「十日ばかり前に。どうせ僕も長くないと判つたから、植木屋を呼んで三日ばかりで急いで慥へて貰つたのさ。この部屋とこの庭は、あなたより他誰も入れたくない。死ぬまで僕一人で満喫する積りだ」
夕陽が隣の瓦屋根の角と後塀の上を掠つて庭に落ちる。竹も石も片側茜色になつて、反対側に影をひいた。風が来て竹が戦いだ。
「新植の竹でも一人前に葉擦れの音をさせるから妙さ。僕は夜一人でこれを聞いてゐると、十七八年間馬鹿あがきの疲労が一時に捌かれるやうな気がする。もつとも、その下からちよいとした感傷の古傷が顔を出さないこともないがね。まあ、たいしたこともないさ」
蒼冥と暮れ行く薄暮の裡に、中庭は神秘的に燻んで来た。
「兎に角、人間終末には枯淡な東洋趣味がいゝよ。あつさりしてゐて」
桂子は余りに多く、余りに一時に攪拌された心を始末しかねて、言葉少なに電灯をつけ、そこらの食器を片付けて、持つて来た金包みを小布施の敷布団の枕の下へ押し込み、
「兎に角、せん子を当分こつちへ世話に寄越しときませう。またお医者でも代へて見て、さうむやみに命を諦めちまふものでもありません」といつて画房を出た。
桂子は座敷を出しなに、ぐたりと寝てゐる小布施の人並以上の立派な身体をふり返つて、眼を抑へた。
桂子は自分の講習所の開所五周年記念の大会が、十日ほど先の花の盛りの時分に、Q――芸館で開かれることになつてゐたので、桂子は同業への補助出品の依頼やら、挨拶やら、自分と弟子達の作品の仕掛けの工夫やらで、眼も廻るほど忙しかつた。
桂子からして疑へば、このQ――芸館を借りることに就いて、既に約定されてゐたものを反対側の連中の策謀と思はれる力で、貸すとか貸さぬとか、開会ももう十日程の目睫に迫つて、故障が持ち上つた。理由はこの芸館で、まだ生花の会をやつたことはないといふのであつた。それから今までやつた美術品にしても工芸品にしても、一流の定評のあるものばかりで、多分に冒険性を含んだ野心家の「試み」をやられては、折角築き上げて来た芸館の一流品展観所としての貫禄を少からず損ずると、支配人が急に主張し出したといふことも仲介者は伝へた。
講習所五周年記念の大会とはいへ、実は新華道界に於ける桂子のデビユーにも等しいものであつた。普通に使ふアマリヽスとか、チユーリツプ、カーネーシヨン、ダリヤといふやうな洋花以外の、まだ滅多に使つた例しのない奇矯な南洋の花や珍しい寒帯の花、枯れた草木の枝葉などを独創的に使ひ慣らして、華道の伝統感覚の模倣を破つた新興美術的手法の効果を示さうとした。その自信と成績を、桂子が世の中に問うてみる最初の企てなのである。
どちらからいつても、桂子はこのまゝ引込んで仕舞ふわけにはゆかない意気に燃え上つて仕舞つた。だが結局Q――芸館借入れは不調に終つた。それに対する悩みや華会中止の不面目やが身に喰ひ入り、しんに疲れが浸みたのか、桂子はこの頃珍しく昼寝をするやうになつた。
いつの間にやら花も散つて、自分の焦る心より先に季節が先走りするのが、ひし/\と桂子に感じられた。
今日も茶室の小座敷で襖に留金を掛け籠枕を頬に当てゝ横になると、桂子は多少、自分の世界を取り戻した気持になる。せん子を小布施のところへ遣つてから、手廻りは何事も不如意で、代つてして呉れる内弟子のカリフオルニヤ生れの桑子はビジネスライクに過ぎて、気持にそぐはないところが多い。それから姪のせん子でなければ、して貰へないこともある。寝室の壁の隠し棚に入れて置く夜壺《ナイトポツト》、たとへこれがペルシヤ模様の清楚華麗な品であるにしても、この始末など、いくら内弟子でも桑子にはさせられない。自分でしなければならない。だが、年頃になるまで外国で育つた桑子のすることには、日本の習慣に馴れない一種の愛嬌があつて慰むこともある。生花の師には弟子から何かと贈物があつた。ある日下町の割烹家から鰹の土佐焼を美しい祥瑞|模《うつ》しの皿に盛つて送つて来た。その鰹の肉片が片側藁火に焙られて、不透明な焼肉の色から急速に生身の石竹色に暈《ぼ》けてゐるのをまじ/\と見詰めながら、桑子は師匠に云つた。「先生、このお刺身は腐つてゐません?」さういふときには、桂子は男の子を一人持つたやうな愛感が熱く身に沁み出るのを覚える。かの女は先づ桑子に握手してやるのであつた。それからいふ。
「桑子! まあ、いゝから/\!」
これも桑子のやり過ぎた仕業の一つとして、椽側の金魚の硝子箱は綺麗に掃除され、折角青みどろの溜つた水は、截りたての晒木綿のやうな生《き》の水に代へられてあつた。しかし、桂子はこれも夏向きの季節柄悪くはないと思つた。そして暫く忙しくて眼にとめてゐられなかつた庭や椽先の光景を、しんみりと眺めた。
庭一面にぐんと射当てゝ、ぐんと射返す初夏の陽光は、椽側にも登り、金魚の硝子箱を横から照らして、底の玉石と共に水を虫入り水晶のやうに凝らしてゐる。眩しがる二|尾《ひき》のキヤリコの金魚は、多少怪訝の動作を鰭の角々のそよぎに示しながら、急に代つた水の爽快さを楽しむらしかつた。
キヤリコは白紗のやうな鰭に五彩の豹紋を撒いた体を、花と紊し房に紋つてゐる[#「紋つてゐる」はママ]。縞馬は相変らず硝子箱の外側に口を触れて、琥珀の眼を円らにしてゐる。蓋の上の花瓶には青一束ねの麦の穂が挿してある。
眠くても眠り切れない興奮と困憊の異様な混濁の上に、まだ/\先に困難を控へてゐるのを予覚すると、こゝろが却つて生々として来て愉しくないこともない。私は一体どういふ女なのだらう。闘志にさへ時にうづく快感を覚えるなんて……。そのうち桂子はだん/\半睡半眠にひき入れられて行つた。瞳孔が弛緩し、目蓋が重く垂れて来るのを、そのまゝにしてゐると、とき/″\反射的にこれを撥ね返す神経があつて、その度に蛍いろに光る桂子の意識の眼に、庭の花が逞しく触れて来た。
庭には葉桜を背景にして、大和国分尼寺の遠州系の庭を縮模した、女性的で温雅な池泉が望まれる。目の前のすぐ椽先に大きな花壇がしつらはれ、教へ子や出入りの花屋が、根付きのものを持つて来たり、温室仕立ての鉢の咲き越したのを埋めて行つたりして、それが季節を違へたり、または季節を守つて四季ともに、撩雑に咲く。教へ子たちは、「花の姨捨山」とも、「花の百軒店」ともいつてゐるが、やはり初夏が一ばん花の盛りである。
桂子がうつら/\と夢に入り夢を出るすれ/\の境に、ポツピー、ルピナス、小判草、躑躅、アスター、スヰートピー、アイリス、鈴蘭、金魚草、アネモネ、ヒヤシンス、山吹、薔薇、金雀児《えにしだ》、チユーリツプ、花菱草、シヤスター、[#「、」に「ママ」の注記]デージー、松葉菊、王不留行《わうふるぎやう》、ベ[#「ベ」に「ママ」の注記]チユニヤなど――そしてこれ等の花々は白、紅、紫、橙いろ、その他おの/\の色と色との氈動を起して混り合ひ触れ合つて、一つの巨大な花輪となる――すると幾百本、幾千本とも数知れない茎や葉や幹は、また合して巨大の茎となり葉となり幹となつて、一つの大花輪の支へとなる。
其処に力声が発する。
「吽《うん》! 吽《うん》!」
白玉の汗が音もなく滴り落ちて大地に散り浸む。大地はいつの間にか透けて、地中で白玉の数本の根枝に纒められて、地上のものを、また支へてゐる巨根がカツーン映画の影像のやうに明かに覗かれる。其処から力声が出る。
「吽《うん》! 吽《うん》!」
これは人類に機械的神秘性の体系を立てようとしたジユールロマン[#「ジユールロマン」に「ママ」の注記]の旧いユナニミズムの精舎《アベイ》の姿かと、桂子は夢との境の半意識の裡に想ふ。
「――」
これは詩人クローデルが大胆不敵にいひ除けた、「主は現代の停車場にも、劇場にもある」といつた、韻致カソリシズムの象徴かと桂子は想ふ。
その他、「何々」「何々」
「――」「――」
桂子が芸術に携はつてからの生涯の折々に、かの女の息を詰める程に感銘させ、すぐまた急ぎ足に去つて行つたいくつかの思想、――それはどんなすさまじい意気のものであらうが、不思議なことには、みな優しい女を労る女性尊重《フエミニズム》の天鵞絨のやうな触手を持つてゐた。それらが、いま桂子の夢の意識のなかに歴訪する。
「――」「――」
花は一つも頷かない。
たゞ、「吽! 吽!」と力声を出して、白玉の汗をきらり/\滴らしてゐる。
ひよつとしたら花は思想以前のものであらうか、実感上に蟠る、無始無終、美の一大事因縁なのではあるまいか。一大因縁なるがゆゑに、誰人もこの美をどうすることも出来ない。とすれば、それは既に地上の重大な力でもあるか。
高雅で馥郁として爽かにも物錆びた匂ひがする。稽古所の方で教へ子たちが水上げをよくするため、切花の芍薬の根を焼いてゐるのだと、うつら/\夢から覚め際の桂子は想ふ。桂子の心はしめやかに全意識を恢復して来る。すると、夢のなかの巨大な花は、徐ろに現実の一つ一つの花壇の花となつて一つの巨輪から分裂し、もとの花壇のめい/\の位置に戻つた。
せん子が庭先にぼんやり停つてゐる。
「どうしたの」
と訊くと、腰をかゞめてちよつとはにかん[#「はにかん」に傍点]だ余所《よそ》行きのお叩頭をした。その褄外れの用心深さ、腰の手際よき纒め方、袖口を気にする工合、家にゐた時とは別人のやうである。それにも増して桂子のと[#「と」に傍点]胸を衝いたのは、小娘の物憂い表情の中に、覚悟と誇らしげなものを潜めてゐたことだ。
しじゆう弟子に大勢の処女を扱ひつけ、その上、十六年間花に捧げたつもりで禁慾生活を続けて来た桂子には、人並以上性的鑑識感覚が鋭くなつてゐた。桂子は姪をもはや肉身の伯母の自分すらどうすることも出来ない、一人前の女になつたと、直ぐ見て取つた。何の秘するところもなく親愛し合つた独身女と処女との間柄に段が出来た。そしてこのせん子の相手は? ――「しまつた」とかの女は胸に焼鏝を当てた。
「せん子、なぜ上らないの」
「あの、そこまで小布施さんのお買物に来ましたの……」
せん子は小布施の名前をわざと白々しく、声高にいふほど度胸が据つてゐた。桂子の方が却つてしどろもどろになつた。
「では、こゝへでも腰をおかけな」
椽側の金魚の鉢の傍へ座蒲団を出してやつた。自分の相手の他人行儀を庇つて、つい他人行儀に振舞ふのを不思議に思ひながら。
せん子のいふところによると、小布施の経過はあまりよくなかつた。結核患部にX光線をかけて貰ふのが唯一の頼みであるのを、小布施はどうしても専門病院に入院を肯じないといふのである。
毎朝鶏の鳴く頃になると、腹の患部は激しく痛み出す。
「痛むときは泣き笑ひしながら、茶を飲んで死ぬるばかりだ、ときまつて仰云るのよ。心細いたらありやしません。けども、あんな立派な体格をして、あたし、絶対そんなこと信じられないわ」
必ず自分の熱誠で男を助けて見せるといふ哀切な息使ひが、せん子の言葉以上に桂子を刺戟した。いままで恋愛ではないと云つてゐた小布施と桂子の交情に、桂子が顧みていくらか忸怩としてゐたことは、男からの体臭的慰安だつた。小布施の普通より大柄の体格が、ネルのやうに柔い乾草のやうに香ばしい体臭を持つてゐた。彼の持病持ちの体質の弱点から薫じ出るものらしい。それは必ずしも、傍に居ずとも頭に想ふだけで、桂子は心が和《なご》められた。小布施の体臭からうけるこの影響は、時間も距離も超越してゐた。桂子は殆ど地球の裏と表とに距る大西洋を渡る帰朝途上のアメリカ近くの汽船中で彼を嗅ぐことが出来た。すると、安らかに婦人専用船室のベツドで眠れた。
仕方がない――何も直接に皮膚に触れ合ふわけではなし――。花にばかり捧げると誓つた桂子の貞操が、こんな言ひ訳を時々自分に向けてしてゐたのだつた。
何といふことであらう。たゞ、それ程あつさりした間柄と思つてゐた男を、あの体臭ぐるみ他人に独占されたとなると、むら/\と苦痛に絶する焔が肉体の内部を転動させて、長年鍛へた魂の秩序も、善悪の判断も、芸術への殉情も一挙に覆りかけるとは――。
だが、かの女として小布施をもせん子をも咎める筋はなかつた。小布施がかの女の愛人と烙印されてゐるわけでもなく、単に物資の被補助者である以上、ほかの女性との間に愛が生れやうと、結婚しようと自由である。姪は伯母のものを奪つたとは云へなかつた。小布施との交情について、せん子の伯母への遠慮は、たゞ表白の機会に達しないだけの慎しみに過ぎない。
「小布施さん此頃私に何か用で逢ひ度いと云つてゐなかつたかね」桂子は必死にさあらぬ態を装つて訊いた。
「いゝえ、別に――あゝ、さう/\近頃煎茶がとても好きになつたから、良い煎茶があつたら貰つて来て呉れつて――」
桂子は煎茶の箱を探して、それと当分の費用の金包みを添へてせん子に渡してやつた。せん子は小ぢんまりした若妻のやうな後姿を見せて帰つて行つた。
「せん子の帰らないうちに早く聴かせて頂戴。私はせん子にこんな話をちつとでも知せたくはないから」と桂子はいつた。小布施の病室である。桂子は思ひあまつて、忙しい中を訪ねて来た。せん子がいつも銭湯に行く習慣の夜更けを知つて来たのを、桂子はつく/″\自分も人の留守を覗ふ身分になつたかと情なく感じた。
「頭も悪くなつてるし、もう何も彼もどうでもいゝと思つてるし、返事をするがものはないが――」
小布施は枕を支へにやつと腹匍ひになつた。
「訊くなら云つてもいゝ。君と僕は昔から本当は愛し合つてたのだ。」
小布施はまるで他人事のやうに淡々といつた。
「私も急にそれに気がついたの。でも、どう考へても永い年月の間に結婚する気が起らなかつたの」
桂子も相手の調子に並んで声だけ淡々とさせていつた。
「不思議な同志さ。君には何か生れない前から予約されたとでもいふ、一筋徹つてゐる川の本流のやうなものがあつて、来るものを何でも流し込んで、その一筋をだん/\太らして行く。それに引き代へ、僕は僅かに持つて生れた池の水ほどの生命を、一生かゝつて撒き散らしてしまつた――」
小布施はいよ/\肉体さへ枯れて行くやうな嗄れ声で、番茶に咽喉を潤しながら語つた。
彼は人間の本能は悧巧のやうで馬鹿、馬鹿のやうで悧巧、何とも判らないといふ。彼は最初から桂子を愛しながら、桂子の生命の逞しい流れにたゞ降服してゐるだけだつた。根気よく寸断なく進んで川幅を拡めて行く生命の流れの響きを聞くものは、気が気でないものだ。まして、定り切つた水量を撒き散らす運命に在る人間に取つては、自分のものを端から減されるやうに、一層こゝろを焦立たされる。
「君が最初に描いた画は牡丹の絵だつた。僕はそれを見て、単なる画では現はし切れない不思議なものが欝勃としてゐるのにびつくりした。そこにはカンヴアスの上の絵画を越えた野心が、はげしい気魄となつて画面に羽搏つてゐた。そこで僕は思はずこれは画ぢやないと怒鳴つた」
「さう、花が青ざめて燃えてゐるやうな白牡丹の絵でしたね」
その絵の意図は根気よく追求したら絵画部門で将来性を見出すものかも知れない。或は全然芸術の方途を誤つてゐるものかも知れない。けれども、そこまで眼を通さないうちに小布施の本能は排撃してしまつたのであつた。
「仕方ないよ。人間には感情でもなく理智でもなく、むら/\としたものが湧き上つて、自分でおやと思つてるうちもう行動を起してゐることがあるよ」
小布施はせん子とのことで自分の命のコースから桂子を逐ひ除けて、ほつとしたと同時に、理由のない寂しさに充たされた。
「逞しい生命は」と小布施はまたいつた。
「弱い生命を小づき廻すものだ。小づき廻すといふに語弊があつたら寵《ちよう》して気にして弄《いぢ》くつて仕方のないものだ。ちやうど、こどもが銭亀を見つけたやうに、水に泳がしたり、桶の椽に匍はしたり、仰向けにしてみたり、自分と同じ大きさの人間でないのが気になるのだ」
小布施は欧洲の桂子から精力的に書き寄越した新興画派の紹介なり、自説の感想なり、意見なりに、どの位悩乱され衝動されたか知れないのであつた。桂子はそれ等を流行着として、着ては脱ぎ捨てる。小布施は一々それに肉体や精神を截ち直しては着合せようとする。結局、一定の定つた生命の水量を撒き散らす彼の運命に役立つことであつた。
「嘘、嘘です。私はあなたを、どうかして独自性のある立派な画家に仕立てたかつたのです」桂子は堪らなくなつて、思はず小布施の半ば剥いでゐた掛蒲団に手をかけて、「たゞそれだけだつたのよ。利己的や遊戯的の気持なんか微塵もなかつたのよ」
小布施はだん/\疲れて来た。
「嘘ぢやない本当です。そしてそれは擬装した愛なのだ。生命量の違ふものゝ間に起る愛は悲惨だ」
今は桂子も小布施のいふことが或ひは尤もかとも思へた。だが、それよりも何よりも、小布施がもはや自分に全く関係のない人間であるのに気付いて、俄かに泣き崩れて仕舞つた。
「けど、私はあなたのいふやうな強いばかりの女ではありません。もう何も張り合ひがなくなりました」
小布施は体に一つ大きく息を入れて起き上り、憐み深く桂子の肉付きのいい背を撫でながら、
「なんだ/\。大きな体をして、三十八にもなつて、美人の癖に。ちよつとの間は辛らからうが、君の弾力性が承知しないよ。君はまたぢきにむく/\と起き上るから」
桂子はいふべきことをいはねばならぬと思つた。
「せん子とのことは、あれは私に面当てなの?」
「いや、さうぢやない」と小布施は撫でゝゐた手をぴたりと止めた。暫くして、またそろ/\撫でながら、「云はゞ自然の意志に従つたといふのだらうな。すべてこの世で未完成だつた人間に、自然は一人の子供でも残させなけりや……」
小布施は疲れ切つて、またベツドへ横になり、爪先を立て、寝ながらいくらか反身になつた。そして額に手を組んで誰にいふともなく、
「僕の子供の育つ時分には、医術が発達して、結核なんかはたいして体の毒にはならんだらうな……」
Q――芸館借入れの不調や、小布施の事件で、桂子が無気力虚脱に過ぎてゐた一年の間に、桂子の信用や名声は高められ、Q――芸館からむしろ懇望の形で桂子の大会は迎へられた。
桂子自身はもはやその幸運にさほどの感動もうけなかつた。「出来るときは、もう要らないときだ」とは桂子がいつも物事の運びの上に感ずることだつた――が、結局桂子は無気力から立ち上る力が必要だつた。
丹花を銜みて巷を行けば、畢竟、惧れはあらじ。
友の書いて呉れた詞句に依るべく、桂子は花を銜むといふより、むしろ花に噛みつき、花へ必死に取り縋つた。
そこに必然性以上の気力が湧き、卓越した思考力が与へられた。
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茲で一応読者の前に桂子の花に対する愛と理解を原則的に纒めて見ると、大体かうである。
花の色はどれもみな花の生命から直接滲む精色である。人工で練つた絵の具より、より純粋な色飾、花をもつて桂子は自分の絵を描き度い。==人工の絵の具には反対色があり、往々不調和に反撥する。花に於ては花自体の物体色が取りも直さず太陽の光線が映す色光である。花の色一々が原色に於て濃淡のヴアリユーを出してゐる。二つのものに分けられない。分けたときはもう花ではない。そして混ぜ合された間色と見えるものもいつも最大色度の純度である。最純度なるものは、如何に混然雑然と組まれても、反撥、牴触、不調和等が無い。故に花は一つでも寂しくなく、沢山寄つても煩さくない。==花の姿と形、それは万有そのものゝ理想である。この世界では性器さへ荘厳され得る。桂子はバルザツクの「知られざる傑作」の主人公である画家が、絵画の絶対の完成を求めてその画布を人間の眼には何物とも判じ得られぬ狂的な形象に塗殺し尽して仕舞つた記述を読んで、悲涙を流した。その涙が止んだとき桂子は、切実にこの主人公に花といふものを知らせ度い欲望に駆られた。==夜中にふと眼を醒まして闇の中にまさぐつて見る花の姿、何といふデリカで秘密な感触の歓びであらう。==花には見るものゝホルモン線を芸術的に刺戟する作用がある。(だから私は若いのだらうかと桂子は思ふ)==茲でこの小説の作者は東洋の古い経典に花を説明して、「それは人生のあらゆる苦難を忍んで理想の種子を養ひ育て、やがてそこに開敷する完成の人格を宇宙が植物に於て象徴されたものだ」また一花を愛することは未就身が無意識に於て成就身を嘆慕することである」と書いてあつたのを、桂子が花に対する註解に付記する。そして、更に、また桂子自身の「たとへ小米の花の一輪にだに全樹草の性格なり荷担の生命を表現してゐる。地中のあらゆる汚穢を悉く自己に資する摂取として地上陽下に燦たる香彩を開く、その逞しき生命力。花は勁し」といふ主観をも書き足して置く。
[#ここで字下げ終わり]
さて、いよ/\桂子の花で描いた絵の公開展である。それはQ――芸館の階上階下、全部の室々を当てゝ開展されたのである。
その主なるものを茲に紹介すれば、
階下==玄関衝立代りとして、漆塗り大船型の器に截り据ゑた松の大幹、その枝々に揺れる藤浪。マホガニイ、白真鍮、鼠色大理石の材料で成層圏の印象を与へる炉を作り、マントルピースの上には紅木爪が寂しく一枝。窓際=如輪木の胴に赤銅の箍を嵌めた酒筒から、大小二本の蔓の根が窓框を捲いて延び上り、緊密な濃緑色の葉立ちの陰に、練絹へルビーを包んだやうな小花を綴るびなんかつら[#「びなんかつら」に傍点]。床の一隅、幽欝な鉛製の八つ橋の角々に、王朝時代の情熱を想はせる燕子花。
階上==階段を昇り詰めた取付きの右=小丘がある……否、小丘の如き素焼の大器に、それよりもなほ広い輪郭に枝葉を張つた樹齢幾十年の大紅椿の一株活け。同じく左=籐製の大鳥籠に鳥の代りに三彩の南洋花が囀つてゐる。円柱の陰=其処の菱提灯に薄紫のリラの一房が灯つてゐる。壁の一ヶ所に張り出たボツクスの上の几帳面な薄端に聖者風の枯葦とそれに献花してゐるやうな海竿三輪。と見る真正面の大花壇は、後に月の出の白光の照明、前は太陽のやうな牡丹花の大花群。
三階==黒書院の大床。百済観音の右手が施無畏の印を示しながら、尊式の口の麻の花に均衡《つりあ》つてゐる。背景には雪村軸の夏景山水。脇床=洒脱な松皮菱の花器に、鹿鳴館時代の華奢を偲ばせる黄ばら。紅ばら。
茶室==小床にたつた一つ、古油壺に莢になりかけた菜の花。背景=八大山人作蘭の光筆画。
とある廊下の一角==白磁の大水盤に紅白カーネーシヨンの群花入り乱れたる「戦ひの図」
食堂==ミユンヘン国立ビール飲用場の陶製ジヨツキーに石楠花、すかし百合、耳付一輪挿にマーガレツト、スヰートピー。ヴヱニス硝子大皿に金魚藻と水蓮。
花には一々表題がついてゐた。葦屋の宇奈比処女。竪琴。たゞごと歌。フアーストの沈思。わび栞り。白髪。文芸復興時代。放牧。ジヨルジユ・サンド。寧楽。ゴシツク。紫式部。初恋。大饗宴。押韻の詩。等まだ/\数へ切れない。
特別室がある。大広間。弟子達の諸作とやゝ離れた一場に、この大会中特に評判作になつた二作がある。一つの名は「揺籠」、一つは「柩」と題するもの。銑鉄と人造維質で可憐な揺籠が編まれ、縁にチユーリツプの莟の球が一つ挿され、一見至極単純に見えて雅純新鮮な効果を出し、大形の柩は、材に秩父産の蛇紋石を用ゐ、中を人型に開《あ》けて、底に軟い鈴蘭が安らかに活けてある。
この日桂子は殆ど純白とも見える薄青い洋装をしてゐた。その服装はどの活花の傍に桂子が立つても少しも色調に抵触しなかつた。桂子は絶えず微笑し乍ら、都会の諸方から集まつて来る観衆に交つてゐた。たま/\知人に逢つて褒祝の言葉に逢へば、桂子は頭を下げて謝辞を返した。桂子の勇気ある新興芸術の報道にあらゆる激励の辞を用意するといふ新聞記者達にも。
夜。会場に人は絶えた。自宅から自動車で迎へに来たせん子は、赤子を抱いたまゝ会場を廻つたので疲れて、今食堂で何か飲物を摂つてゐる――桂子はたゞ一人闇空の下に立ち現はれてQ――芸館の屋上庭園を靴の底に踏み締めた。
……………
……………
小布施さん……桂子はハンカチを眼に当てゝよゝ[#「よゝ」に傍点]と泣いた……小布施さん……
だが、死んだ小布施の名を呼びながら、桂子の涙は、実は桂子自身の異常な運命や悲痛な忍苦、はげしい潜情に向けて送られてゐる。
だが、ふと桂子は気づいた。
桂子の足下に在る全館の花々は、今一斉に上なる桂子を支へてゐる。
それこそは桂子自身の生命が、更に桂子の生命を支へ上げんとする健気な力、そして永遠に新しき息吹である。
桂子はもう泣いてゐなかつた。
「花は勁し」
と云つて、桂子は大きく頷いた。夜風が徐ろに桂子の服の裳を揺ると、桂子それ自身が一つの大きな花体となつて佇つてゐるのであつた。
定本:「岡本かの子作品集」沖積舎
1990(平成2)年7月20日初版発行
1993(平成5)年6月30日新装版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
《》:ルビ
(例)追放人《エキスパトリエ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)裁縫|鋏《ばさみ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符疑問符、1-8-78]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ぼつ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
-------------------------------------------------------
彼等自らうら淋しく追放人《エキスパトリエ》といっている巴里幾年もの滞在外国人がある。初めはラテン区が彼等の巣窟《そうくつ》だったが、次にモンマルトルに移り、今ではモンパルナッスが中心地となっている。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――六月三十日より前に巴里を去るのも阿呆、六月三十日より後に巴里に居残るのも阿呆。」
[#ここで字下げ終わり]
これは追放人《エキスパトリエ》等の口から口に伝えられている諺《ことわざ》である。つまり六月一ぱいまでは何かと言いながら年中行事の催物《もよおしもの》が続き、まだ巴里に実《み》がある。此の後は季節《セーゾン》が海岸の避暑地に移って巴里は殻《から》になる。折角《せっかく》今年流行の夏帽子も冠《かぶ》ってその甲斐はない。彼等は伊達《だて》に就いても効果の無いことは互にいましめ合う。
淀嶋新吉は滞在邦人の中でも追放人《エキスパトリエ》の方である。だが自分でそう呼ぶことすらもう月並《つきなみ》の嫌味を感じるくらい巴里の水になずんでしまった。いわゆる「川向う」の流行の繁華区域は、皮膚にさえもうるさく感じるようになって、僅かばかりの家財を自動車で自分で運び、グルネルの橋を渡り、妾町と言われているパッシイ区のモツアルト街に引移った。それも四年程前である。彼の借りた家の塀には隣の女服装家ベッシェール夫人の家の金鎖草が丈の高い木蔓を分けて年々に黄色に咲く。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――今年の夏は十三日間おれは阿呆になる積りだ。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉は訊かれる人があればそう答えた。諺を知っている追放人《エキスパトリエ》仲間は成程彼が珍らしく七月十四日のキャトールズ・ジュイエの祭まで土地に居残るつもりだなと簡単に合点《がてん》した。諺をまだ知らない同国人の留学生等には彼の方から単純に説明した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――今年はひとつ巴里祭を見る積りです。」
[#ここで字下げ終わり]
彼は彼が十五年前に恋したまゝで逢えなかったカテリイヌが此頃巴里の何処《どこ》かに居ると噂に聞き、そのカテリイヌを、夏に居残る巴里人の殆ど全部が街へ出て騒ぐ巴里祭の混雑のなかで見付けようとする、彼の夢のような覚束《おぼつか》ない計画などは誰にも言わなかった。
新吉が日本へ若い妻を残して、此の都へ来たのは十六年前である。マロニエの花とはどれかと訊いて、街路樹の黒く茂った葉の中に、蝋燭《ろうそく》を束ねて立てたような白いほの/″\とした花を指さゝれた。音に聞くシャン・ゼリゼーの通りが余りに広漠として何処に風流街の趣《おもむ》きがあるのか歯痒《はが》ゆく思えた。一箇月、食事附百フランで置いて貰った家庭旅宿《パンション・ド・ファミイユ》から毎日地図を頼りにぼつ/\要所を見物して歩いているうちに新吉にとっては最初の巴里祭が来てしまった。町は軒並に旗と紐と提灯《ちょうちん》で飾られた。道の四辻には楽隊の飾屋台が出来、人々は其のまわりで見付け次第の相手を捉えて踊り狂った。一曲済むまでは往来の人も車も立止まって待っていた。新吉はさすが熱狂性の強い巴里人の祭だと感心したが、それと同時に自分もいつか誘い込まれはしないかと、胸をわく/\させ踊りの渦のところは一々避けて遠くを通った。
一年足らずのうちに新吉はすっかり巴里に馴染《なじ》んでしまった。巴里は遂に新吉に故郷東京を忘れさせ今日の追放人《エキスパトリエ》にするまで新吉を捉えた。家庭旅宿《パンション・ド・ファミイユ》の留学生臭い生活を離れて格安ホテルに暫らく自由を味ってみたり、エッフェル塔の影が屋根に落ちる静かなアパルトマンに、女中を一人使った手堅い世帯持ちの真似をしてみたり、新吉は巴里を横からも縦からも噛みはじめた。巴里で若し本当に生活に身を入れ出したら、生活それだけで日々の人生は使い尽される。その上職業とか勉強とかに振り分ける余力はない。新吉はすっかり巴里の髄《ずい》に食い入ってモンマルトルの遊民になった。次の年の巴里祭前にも彼が留学の目的にして来た店頭装飾の研究には何一つ手を染めていなかった。その代りに二人の女が生活にもつれて彼のこゝろを綾取っていた。一人は建築学校教授の娘カテリイヌ。一人は遊《あそ》び女《め》のリサであった。それからまだその頃は東京に残して来た若い妻も新吉のこゝろに残像をはっきりさせていた。かえってそれが新吉の心にある為めに、フランスの二人の女の浸み込む下地が出来ていたとも言えよう。
七月一日の午後四時新吉は隣の巴里一流服装家ベッシェール夫人の小庭でお茶に招ばれていた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あなたに阿呆の第一日が来ましたわね。」
[#ここで字下げ終わり]
ベッシェール夫人は新吉の茶碗に紅茶をつぎながら言った。彼女は中年を過ぎていて、もう自分が美人であることを何とも思わなくなっているような女だった。この夫人にそういう淡泊な処もあるので随分突飛な事や執《し》つこい目に時々遇っても新吉は案外うるさく感じないで済んでいる。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――まったく七月に入って巴里にいると蒼空までが間が抜けたような気がしますね。」
[#ここで字下げ終わり]
彼女は漠然とした明るく寂しい巴里の空を一寸見上げて深い息をした。新吉は菓子フォークで頭を押えるとリキュール酒が銀紙へ甘い匂いを立てゝ浸み出るサワラを弄《もてあそ》びながら言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――一つは競馬が終ってしまったせいでしょうか。」
[#ここで字下げ終わり]
ロンシャンの大懸賞《グランプリ》も、オートイユの障害物競馬も先週で打ちどめになった。
ベッシェール夫人は藤のテーブルの上へ置いた紅茶の瓶口の下についている雫《しずく》止めのゴム蝶の曲ったのを、一寸《ちょっと》直し、濡れた指を手首に挟んだハンカチで拭くとその手をずっと伸して新吉の顎にかけて自分に真向きに向かせる。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――さあ、そんな他所事《よそごと》ばかり言ってないでもう仰《おっ》しゃいな。なぜ今年は巴里祭に残っているかって言うことを。あたしはどうもたゞの残り方じゃないと睨《にら》んでいるのよ。様子だってふだんと違っていらっしゃるわ。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉は気が付いて見ると成程此のテーブルへ来て二十分ほど経つのに顔をうつ向けてばかりいた。今更あわてゝ眼を二つ三つ瞬いて空や庭を見廻す。刈り込んだ芝生に紅白の夏花が刺繍《ししゅう》のように盛上っている。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――まるで子供ね。胡麻化すつもりでいらっしゃる。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人は狡《ずる》そうに微笑しながら暫らく新吉の顔を見詰めた。この青年に恋して居るというわけではない。然しこの青年がもし他の女に恋しているとでもなったら嫉妬から彼女の気持ちの向きがどう変るかも判らない。いびつな夫婦生活ばかりして来て、とうとうそれも破れて仕舞った此の老美人の悲運が他人の性愛生活にまで妙な干渉を始めるようになっていた。
新吉は巴里の女に顎をつまゝれる事位いには慣れ切って居る。新吉は落着いて煙草ケースから一本取出して投げやりに口に銜《くわ》えた。夫人にも一本勧めて、それからライターで二人の煙草に火をつける。二人の口から吐く最初の煙のテンポが同じだったので、それがおかしかった。二人は笑った。寛《くつ》ろげられた気持ちに乗って夫人はこんなことを言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――どうしてもあなたが言わないなら、あたし嫌味なことを言いますよ。あんたまさかあたしの為めに巴里にお残りになるんじゃないでしょうね。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉は折角さら/\と説明出来そうに思えていた今の一瞬の気持ちをこの言葉で閉じられてしまった。もし夫人のこの悪ふざけの言葉に応答えする調子で自分の企てを話したら気持ちの筋道は飲み込ませられるかも知れないがその実質はとても覚束ない。それほど今度の思い立ちは情緒の肌理《きめ》のこまかいものだ。いまはむしろ小説なら表題を告げて置くだけの方がこの女の親しみに酬いる最も好意ある方法だ。それで新吉は砂糖を入れ足すのを忘れている甘味の薄い茶を一杯飲み乾すとこう言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――マダム。僕はね。料理にしますとあまりに巴里の特別料理《スペシアリテ》を食べ過ぎました。それでね。普通の定食料理《ターブル・ドート》が恋しくなったんです。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人の調子は案の定、今口に出した思い付きの一言に煽《あお》られてそれ[#「それ」に傍点]者らしい飛躍を帯びて来た。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――じゃ。お祭りに出た女中さんでも引っかけ、世間並の若い衆になりたいとでもおっしゃるの。」
――まさかね。でも今あなたの仰しゃった世間並には何とかして帰り度いのです。この儘じゃ全く僕は粋な片輪者ですからね。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉のしんみりした物淋しさがあまり自然に感じられたので夫人の飛躍の調子がもとの地味にも落ち著けず、中途のところで鋭い鈍い浪を打った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――何にしても四年間金鎖草の花を分けて眺めさしてあげたあたしの好意に対しても万事打ち開けるものよ。いつでもいゝからね。」
[#ここで字下げ終わり]
そんなさばけたもの言いをしながら夫人はぐっと神経質になって、新吉が帰ろうと立上りかけるときに門番がわざ/\此所まで届けて来た日本からの手紙を見ると、差出人は誰だかとくどく訊いた。新吉はそれが国元の妻からのものだと、はっきり答えた。
新吉は部屋へ帰ると畳込みになって昼はソファの代りをする隅のベッドの上被《うわおお》いのアラビヤ模様の中へ仰向けにごろりと寝た。ベッシェール夫人のところで火をつけた二本目の煙草を挟んだ左の手に右の手を手伝わせて妻からの手紙の封筒を切った。いつもの通り用事だけが書いてあった。それは市会議員の選挙に関するもので、その人選は新吉の実家も中に含んで魚市場全体の利害に影響があった。
新吉の留守中両親も歿《な》くなったあとの店を一人で預って、営業を続けている妻のおみち[#「おみち」に傍点]に取っては永い間離れていてこころの繋《つなが》りさえもう覚束なく思える新吉でもやっぱり頼みにせずにはいられなかった。彼女はそれで故国の事情にはうとくなっている夫から明確な指図は得られないのを承知でしじゅう用件だけ報じて来た。うっかり感情的のことを書いて、西洋へ行ってひらけた人になっている夫に蔑まれはしないかという惧《おそ》れもあった。彼女は手紙の文体を新吉の返事に似通わせてだん/\冷たく事務的にすることに努めた。新吉もその方を悦んで兎《と》も角《かく》彼女の手紙に一通り目を通すことだけはした。
しかし今度の手紙には新吉に見逃されぬものがあった。それは文面の終《しま》いの方に同じ淡々とした書き方ではあるがこういうことが書いてあった。
[#ここから1字下げ]
わたくし、此頃髪の前鬢《まえびん》を櫛《くし》で梳きますと毛並の割れの中に白いものが二筋三筋ぐらいずつ光って鏡にうつります。わたくしは何とも思いません。然し強いて人に見せるものでもなし、成るだけ櫛でふせて置くようにしております。
[#ここで字下げ終わり]
新吉はめずらしく手紙の此の部分だけを偏執狂のように読み返えし読み返すのをやめなかった。おみち[#「おみち」に傍点]はいつまでも稚《おさ》な顔の抜け切らぬ顔立ちの娘であった。それ故にこそ親が貰って呉れた妻ではあったが日本に居るときの新吉は随分とおみち[#「おみち」に傍点]を愛した。新吉は一人息子であったので妹というものゝ親しみは始めから諦めていた。ところがおみち[#「おみち」に傍点]をめとって思いがけなくも妻と共に妹を得た。洋行前に新吉はおみち[#「おみち」に傍点]に実家から肩揚げのついた着物を取寄させてしじゅう着させたものだった。東京の下町の稲荷祭にあやめ団子を黒塗の盆に盛って運ぶ彼女の姿が真実、妹という感じで新吉には眺められた。
巴里に馴染むにつけて新吉は故国の妻の平凡なおさな顔が物足らなく思い出されて来た。
特色に貪慾な巴里。彼女は朝から晩まで血眼になって、特性《キャラクテール》! 特性《キャラクテール》! と呼んでいる。
妖婦、毒婦、嬌婦、瞋婦――あらゆる型の女を鞭打ってその発達を極度まで追詰める。
ミスタンゲット、――ダミヤ、――ジョセフィン・ベーカー、――ラッケル・メレール。「聖母マリアがもし現代に生れていたら」とカジノ・ド・パリの興行主は言った。「わたしは彼女を舞台へ誘惑することを遠慮しないだろう。」
始め新吉も女を見るにつけ、どの女からもおみち[#「おみち」に傍点]に似通うところを見付けて一つは旅愁を慰めもし、一つは強い仏蘭西女の魅力に抵抗しようとしていた。だがやがて新吉は一たまりもなく甲《かぶと》を脱がして巴里女に有頂天にならした出来事があった。新吉は建築学校教授の娘のカテリイヌに遇った。
秋もなかば過ぎた頃である。教授はその部屋には電気ストーヴが桃色の四角い唇を開けていた。それでいて窓の硝子戸は開け放されていた。うすい靄《もや》が月の光を含んで窓から部屋へ流れ込むと消えた。だいぶ馴染もついたからというので新吉が通って居た建築学校教授ファブレス氏が新らしい生徒だけを自宅の晩餐《ばんさん》に招いたのである。こんな古風な家が今でも巴里に残っているかと思えるようなラテン街の教授の家へ新吉は土産物の白絹一匹を抱えてはじめて行って見た。学課に身をいれなかったがまだ此の時分新吉は籍を置いた学校の教室へ表面だけは正直に通っていた。
主婦は歿《な》くなりでもしたと見え食事中も世話は娘のカテリイヌが焼いていた。新吉は此のカテリイヌのなかにもおみち[#「おみち」に傍点]を探そうとしてあべこべの違った魅力で射すくめられた。カテリイヌのあどけなさはおみち[#「おみち」に傍点]の平凡なあどけなさとは違った特色の魅力となって人にせまる。声は竪琴《たてごと》にでも合いそうにすき透っていた。そして位をもちつゝ行届いたしこなしに、斜に向い合った新吉は鏡に照らされるような眩《まぶ》しい気配《けは》いを感ずるばかりで、とてもカテリイヌの顔をいつまでも見つめて居られなかった。
食事が済んで客はサロンへ移った。西洋慣れない新吉がろく/\食後のブランデイの盃をも挙げ得ないのを見て教授はしきりに話しかけて呉れた。日本の建築の話も少しは出た。だが酔の深くまわるにつれ教授は娘の自慢話を始めた。教授は想像される年齢よりもずっと若く見える性質なので二十三、四にもなるらしい大きなカテリイヌを娘と呼ぶのが不似合に見えた。ましてその娘の自慢の仕方はいくら酔の上と見ても日本人の新吉をはら/\させた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――誰でも此の娘を見てシャルムされないものはないそうですよ。みんな、そう言いますよ。君もそう思いませんか。そしてよくこの娘は恋文を貰うのです。みんな真剣なものです。近頃も学校の卒業生でエジプトへ研究に行った男が二年間この娘に逢えないと思うと淋しくて仕方がないと手紙をよこして言って来ました。」
[#ここで字下げ終わり]
教授は娘を売りつけるつもりでこんなことを言うのか。それとも西洋人は妻や娘の自慢を露骨にするとかねて人から聴かされていたがこれは其の極端な現れなのか、新吉は返事に苦労しながら、一方それとなく教授の様子を探っていた。教授は、したゝるような父親の慈愛《じあい》の眼で娘の方を見やったが再び芸術家によくある美の讃美に熱中しているときの決闘眼《はたしめ》で新吉に迫った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――君は僕の言うことをまだ疑ってるようですね。そうだ。この娘の魅力は膝へ抱えてみると一層よく判るのだ。わたしは父としてよく知っている。君一つ抱いてみ給え。」
[#ここで字下げ終わり]
その前から父と新吉とのはなしを困惑と好奇心で顔を赧《あか》らめながら聴いていたカテリイヌは父の振り向いた顔に強いられて少し浮腰のまゝ、気まり悪るげに左肩へ首をすぼめて、一たん逃腰になったが、父親ののがさない命令に急激な決心を極めた。彼女は一足跳ねたダンス足の左の靴の踵に、床を滑って右の踵が追い迫り、あなやと思う間にひらりと新吉の膝の上に彼女は乗っかった。新吉は柔いものゝ無限の重量を感じ、体は華やかな圧迫で却《かえ》って板のように硬直して了った。
彼女は困惑から泌み出る自然の唐突さで言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――日本の娘さんは悲しそうに男の方にお逢いなさるそうですね。」
[#ここで字下げ終わり]
こういう場合に同席する西洋人等の態度も新吉には珍らしかった。そこにはルーマニアの男とカナダの男との他に五人の若いフランス人が居たが彼等は揃って、さも好もしいものを見るという幸福な顔をして二人の組合せ像を眺めた。
その夜新吉の膝に加えられたカテリイヌの柔い重圧が新吉のメランコリーに深く泌み込んで仕舞ったのを新吉はいまいましく思いながら、まぼろしのようにその夜教授の部屋の窓から眺めた月光を含む靄の中からサンミッシェル街の灯影を思い泛《うか》べて、秋の深まり行く巴里の巷《ちまた》を幸福と懊悩《おうのう》に乱れ乍《なが》らさまよい歩いた。斯《こ》うしてカテリイヌと二度会う機会を待っているうちに新吉は思いがけなく遊び女のリサと逢って仕舞った。
新吉は寝椅子の上でおみち[#「おみち」に傍点]の手紙を状袋にしまった。それから手を伸して貴金属商アンドレの店頭装飾写真の入っている額椽《がくぶち》のうしろへ挟んだ。十年以上も無視していたおみち[#「おみち」に傍点]が急に蘇って来たのはどうしたわけだろうか。たった二三行の手紙の文句で日本へ帰る思いが燃え立ったのはどうしたわけだろうか。おみち[#「おみち」に傍点]のあのおさな顔が其のまゝでちらほら白髪が額にほつれて来た。此の報告が巴里の生活で情感を磨《みが》き減らして無感覚のまゝ冴え返っている新吉の心に可なりのさびしみを呼び起した。おみちがたゞ年老いて行くことだけでは憐れとも思わない。あの眼も口も篦《へら》で一すくいずつ平たい丸みから土をすくっただけで出来上っている永遠に滑らかな人形のような顔。それに時が爪をかけはじめたのだ。ざまをみるがいゝ。滑稽だ。残忍な粋人の感情だ。妻に侮辱と嘲笑とに価する特色を発見出来るようになって始めて惻々《そくそく》たる憐れみと愛とが蘇るというのだ。淋しくしみ/″\と妻を抱きしめる気持になれたのだ。何たる没情。何たる偏奇。新らしい陶器《やきもの》を買っても、それを壊《こわ》して継目《つぎめ》を合せて、そこに金のとめ鎹《かすがい》が百足《むかで》の足のように並んで光らねば、その陶器《やきもの》が自分の所有になった気がしないといったあの猶太《ユダヤ》人の蒐集家サムエルと同じものを新吉は自分に発見して怖《おそろ》しくなった。あのとろんとして眼窩の中で釣がゆるんだらしく、いびつにぴょく/\動いている大きな凸眼、色素の薄くなった空色の瞳は黄ろい白眼に流れ散ってその上に幾条も糸蚯蚓《いとみみず》のような血管が浮き出ている。あのサムエルの眼はやがて自分の眼であるに違いない。
部屋の中の家具に塗ってあるニスが濡れ色になって来て、銀色の金具は冷たく曇った。もうたそがれだ。新吉はいつもの生理的な不安な気持ちに襲われ胃嚢《いぶくろ》を圧《おさ》えながら寝椅子から下りた。早くアッペリチーフを飲みたいものだ。八角テーブルの上に置いてある唇草《くちびるそう》の花が気になって新吉はその厚い花弁を指で挟んではテーブルの周囲を揃わない歩調でぶら/\歩いた。窓から見える塀の金鎖草の蔓の一むらの茂みが初夏の夕暮の空に蓬髪のように乱れ、その暗い陰の隙から、さっき茶を呑んだ隣のベッシェール夫人の庭の黄ろい草が下方に小さく覗かれる。あれから夫人はまた多少のヒステリーを起し、いつもよくやるようにピカ/\光る裁縫|鋏《ばさみ》の冷たい腹を頬に当てゝ、昔|訣《わか》れた幾人もの夫の面影を胸の中に取出し、愛憎|交々《こもごも》の追憶を調べ直しているのではあるまいか。夫人の最後の夫ジョルジュには夫人はまだ未練があるようだ。そのせいかジョルジュの話をするときに夫人は一番新吉に粘《ねば》りつく。
新吉は窓に近く寄ってみた。雲一つなく暮れて行く空を刺していた黒い鉄骨のエッフェル塔は余りににべも無い。新吉はくるりと向き直って部屋の中を見た。友達のフェルナンドが設計して呉れたモダニズムの室内装飾具は素っ気ないマホガニーの荒削りの木地と白真鍮の鋭い角が漂う闇に知らん顔をして冷淡そのものを見るようだ。フェルナンドは若くて死んだアルザス人だ。夭逝《ようせい》した天才の仕事には何処か寂しいエゴイズムが閃《ひら》めいているものだ。
新吉はこの部屋へ今にも訪ねて来る約束のリサに会い度くなってしまった。新吉は一応内懐の紙入れを調べて帽子を冠りドアーを開け放して来てから、椅子に腰掛けてリサを待ち受けた。いら/\した貧乏ゆすりが出た。そうしながらも新吉は残酷と思いながらしきりにおみち[#「おみち」に傍点]のおさな顔に白髪の生えた図を想像した。
家鴨料理のツール・ダルジャンでゆっくりした晩餐《ばんさん》をとった後、新吉とリサ[#「リサ」に傍点]とは直ぐ前のセーヌ河の河岸に沿って河下へ歩き出した。酔った新吉をリサは小児のようにいたわっていた。
リサは健康で牛のような女だった。新吉が彼女に逢ってから十年近くも経つのに彼女は相変らず遊び女を勤めている。リサに言わせると遊び女は母性的な彼女の性格には一番|相応《ふさわ》しい職業だといっている。彼女は巴里へ来たての外国人の男たちを何人となく巴里に馴染むまでに仕立て上げる。男達はそれまで彼女の厄介になると彼女から離れる。そしてもっと気の利いた面白い女へ移る。然し彼女はすこしも悪びれず男を離してやって、また次の初心《うぶ》な外国人を探し出す。離れてしまった男たちも時が経つとやっぱり彼女に懐しみを蘇えらせて来て彼女と交際《つきあ》うようになる。そのときは彼女をみんな「おばさん」と呼んでいる。彼女もそのときはおばさんの立前になっていろいろ親切に世話をやくのであった。
河堤の古本屋の箱屋台はすっかり黒い蓋をしめて、その背後に梢を見せている河岸の菩提樹《ぼだいじゅ》の夕闇を細《こま》かく刻《きざ》んだ葉は河上から風が来ると、飛び立つ遠い群鳥のように白い葉裏を見せて、ずっと河下まで風の筋通りにざわめきを見せて行く。ルーブル博物館を中心に肩を高低させている向う岸の建物の影は立昇る河霧にうっすり淡色の夕化粧を見せて空に美しい輪廊を際立たしている女の横顔《プロフィール》のようだ。その空はまた一面に紫薔薇色の焔を挙げて深まろうとしている。闇を掻き乱そうとしている。黄、赤、青のネオンサインは街の中空へ「夏はドウヴィルへこそ」とアルファベットを綴っている。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――…………
――まあお聞き……。というわけでね。さっきから言ったようにね。巴里祭《キャトールズ・ジュイエ》にはあたしが見つけてあげたその娘をぜひ一緒に連れてお歩るきなさい。」
[#ここで字下げ終わり]
リサはがっちりした腕で新吉の腕を自分の脇腹へ挟みつけながら言った。新吉はステッキも夏手袋も自分が引受けて持っている。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――…………
――いくら処女心《ヴァジン・ソイル》が恋しいからといって、その昔のカテリイヌの面影を探しながらお祭りを見て歩るこうなんて、そりゃあんまり子供っぽい詩よ。そんなことであんたのようなすれっからしに初心《うぶ》な気持ちの芽が二度と生えると思って。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉の酔って悪るく澄んだ頭をアレギザンドル橋のいかつい装飾とエッフェル塔の太い股を拡げた脚柱とが鈍重に圧迫する。新吉はそれらを見ないように、眼を伏せて言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――おい後生だから、もう一|音階《オクターヴ》低い調子で話して呉れないか。その調子じゃ、たとえ成程とうなずきたいことも先に反感が起ってしまうよ。」
――あら。そんなにひどい神経になっているの。まるで死ぬ前のフェルナンドのようだわ。」
[#ここで字下げ終わり]
リサは闇の中に顔を近づけて覗き込みながら言った。さも哀れに堪えないように中年近い女の薄髭の生えた、厚身の唇が新吉の頬に迫って来たので新吉は顔を避けた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――いよ/\もってあたしの探したあの娘をあなたのものにすることをお勧めするわ。何事も女で育って行く巴里では、たとえ女に中毒したものも、それを癒すにはやっぱり女よ。もしあたしがもう七ツ八ツ若かったらこんな手間暇は取らせませんのにね。」
[#ここで字下げ終わり]
リサは今しがた新吉に意見したのとはあべこべなことを平気で言った。二人はアレギザンドル橋を渡った。春秋に展覧会の開かれるグラン・パレーの入口は真黒く閉《しま》っていて、プチ・パレーの方に波蘭《ポーランド》の工芸品展覧会の雪の山を描いたポスターが白い窓のように几帳面《きちょうめん》な間隔を置いて貼られてある。婆娑《ばさ》とした街路樹がかすかな露気を額にさしかけ、その下をランデ・ヴウの男女が燕のように閃いてすれ違う。新吉は七八年前、五色の野獣派の化粧をしてモンマルトルのペットだったリサを想い泛べた。がっちりした彼女の顔立ちにそれがよく似合った。当時彼女はあるキャフェで新吉からカテリイヌに対する悩みを聴いたとき新吉の鼻をつまんで言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――そんな恋はありきたりよ。愛なんかちっとも無い二人同志の間に技巧で恋を生んで行くのが新しい時代の恋愛よ。」
[#ここで字下げ終わり]
彼女が裸に矢飛白《やがすり》の金泥を塗って、ラパン・ア・ジルの酒場で踊り狂ったのは新吉の逢った二回目の巴里祭《キャトールズ・ジュイエ》の夜であった。彼女は其の後だん/\奇嬌[#「嬌」に「ママ」の注記]な態度を剥いで持ち前の母性的の素質を現して来たが、折角同棲した若いフェルナンドに死なれてから男に対して全く憐れみ一方の女となった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――君もあの時分は元気だったなあ。」
[#ここで字下げ終わり]
そう言うと流石《さすが》に彼女も悵然《ちょうぜん》としたらしい様子のまゝしばらく黙った。二人は並木のシャン・ゼリゼーまで出たが闇一筋の道の両はずれに一方はコンコールドの広場に電飾を浴びて水晶の花さしのように光っている噴水を眺め、首を廻らして凱旋門通りの鱗《うろこ》のように立ち重なる宵《よい》の人出を見ると軽い調子になって彼女は言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――無理のようだがそうすると、あんた決めておしまいなさいね。きっと結果がいゝから。そしたらあたしその娘を巴里祭の日に、まったく自然のようにあなたに遇わせてあげますから。あなたは只その日お祭りを楽しむ町の青年になって、朝自分の家を出なさるだけでいゝのよ。」
[#ここで字下げ終わり]
そこでステッキと手袋を新吉に押しつけるとリサは簡単に、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ボン、ソワール。」
[#ここで字下げ終わり]
と行きかけた。新吉が、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ちょいと待って呉れ給え。国元の妻のことに就いてすこし話したいんだが。」
[#ここで字下げ終わり]
とあわてゝ言うと、リサは逞ましい腕を闇の中に振って指先を鳴らした。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――もう、あんたのことはみんなその娘に譲りましたよ。」
[#ここで字下げ終わり]
リサは男のように体を振り乍《なが》ら行って仕舞った。
明日の祭の用意に新吉も人並に表通りの窓枠へ支那提灯を釣り下げたり、飾紐《かざりひも》で綾《あや》を取ったりしていると、下の鋪石からベッシェール夫人が呼んだ。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――結構。結構。巴里祭万歳。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉は手を挙げて挨拶する。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あなたのところに綺麗な国旗ありまして。若しなければ――。」
[#ここで字下げ終わり]
そう言いさして夫人は門の中へ消えたが、やがて階段を上って来て部屋の戸をノックする。
新吉が開けてやると、しとやかに入って来て、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――剰《あま》ったのがありますから貸してあげますよ。」
[#ここで字下げ終わり]
それから屈托《くったく》そうに体をよじって椅子にかけて八角テーブルの上に片肘つきながら、新吉の作った店頭装飾の下絵の銅版刷りをまさぐる。壁の嵌《は》め込み棚の中の和蘭皿の渋い釉薬《うわぐすり》を見る。箔押《はくお》しの芭蕉布のカーテンを見る。だが瞳を移すその途中に、きっと、窓に身をかゞまして覚束なく働いている新吉の様子を油断なく覗っている。何か親密な話を切り出す機会を捉えようとじれているらしい。新吉はどたんと窓から飛下りて掌に握ったじゅう/\いう鳴声を夫人の鼻先に差出した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――小さい雀の子。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人は邪魔ものゝように三角の口を開けた子雀の毛の一つまみを握り取って煙草の吸殻入れの壺の中へ投げ込んでしまった。無雑作に銅版刷で蓋をする。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――おちついて、あなた、そこに暫らく坐って下さらない。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉はちょっと左肩をよじって不平の表情をしてみたが名優サッシャ・ギトリーの早口なオペレットの台詞《せりふ》を真似て、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――マダムの言いつけとあらば、なんのいなやを申しましょうや。茨の椅子へなりと。」
[#ここで字下げ終わり]
と言ってきょとんと其所へ坐った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――いよ/\明日巴里祭だというので、いやにはしゃいでいらっしゃるね。さぞお楽しみでしょうね。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉はぎくっとした。情事に就いては彼女自身はもうすっかり投げているのに他人の情事に対する関心はまたあまりに執拗だ。それにリサと夫人とは古い知り合いだから、ひょっとしたらリサの自分に対する明日のたくらみでも感づいたのではないか。新吉は油断をせずにとぼけた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あしたは世間並の青年になって手当り次第巴里中を踊り抜くつもりですよ。」
――そりゃ楽しみですね。国元の奥様のことを考えながら、その悩みをお忘れになりたい為めにね。」
[#ここで字下げ終わり]
鸚鵡《おうむ》返しのように夫人はこう言った。新吉は的が外れたと思った。自分の今の心を探って見るに、国元の妻からの手紙が来て以来、其のおさな顔に白髪のほつれかゝった面影が憐れに感じ出されたには違いない。然しそれと同時に今は明日はじめて逢う未知の娘、リサの世話して呉れる乙女にもまた憐れを催している。自分のように偏奇な風流餓鬼の相手になって自分から健康な愛情の芽を二度と吹かして呉れようとする無垢《むく》な少女。だがそれよりも新吉が一番明日に期待しているのはやっぱりあのカテリイヌに何処かの人ごみで逢うことだ。リサは子供っぽい詩と罵ったが今の自分としてはどうしても巴里祭の人込みの中で、ひょっとしたら十何年目のカテリイヌ――恐らく落魄《らくはく》しているだろうが――にめぐり遇《あ》っていつか自分を順[#「順」に「ママ」の注記]致して奴隷のようにして仕舞った巴里に対する憎みを語りたい。自分を今のようなニヒリストにしたのは今更、酒とか女とか言うより、むしろ此の都全体なのだ。
此の都の魅力に対する憎みを語って語り抜いて彼女から一雫《ひとしずく》でも自分の為めに涙を流して貰ったら、それこそ自分の骨の髄《ずい》にまで喰い込んでいる此の廃頽《はいたい》は綺麗に拭い去られるような気がする。そしたら此の得体の解らぬ自分の巴里滞在期を清算して白髪のほつれが額にかゝる日本の妻のもとへ思い切りよく帰れよう。だがそれはまったく僥倖《ぎょうこう》をあてにしている、まるで昔の物語の筋のように必然性のないものゝようだ。然しこの僥倖をあてにする以外に近頃の自分は蘇生《そせい》の方法が全く見つからなかった。こうなるとあの建築学校教授が建築場で不慮の怪我で即死して、娘はエジプトへ行ってあの卒業生と結婚したとかしないとか噂だけで、行方が判らなくなったり、近頃やっと巴里にまたいるらしいという噂を突きとめたそれ以上のことが判らないのがまだ自分の不運の続きのように思え、また判らないことが却《かえ》って折角たゞ一つ残って居る美しい夢を醒さないでいて呉れる幸福のように思えた。
新吉が金槌をいじりながら考え込んでいるのを見て夫人は意地悪くねじ込むような声で言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたったものだから黙っていらっしゃる。あたしは妙な女ですからそのつもりで聴いて下さいな。あたしあなたが只の遊び女と出来たのかなんかなら何とも思いませんの。けれど国元の奥さんを想い出すような親身な気持ちになった男の方にはお隣に住んでいて、じっとして居られませんの。あたしは寡婦《やもめ》ですからね。正直に白状すればとてもやきもちが妬《や》けますの。あなたのところへ奥さんの手紙が来た翌日からあなたの御様子が変ったように見えて。御免なさいな、病的でしょうか。でも仕方がないわ。正直に言わなけりゃ、もっとやきもちが、ひどくなりそうなの。つまりあなたは奥さんの所へ帰る前に最後の巴里祭を見て行き度いために巴里に今年は残ったのでしょう。喰いとめなけりゃ気が済まないわ。とても、明日の巴里祭をあなたに面白くして奥さんの所へなんか帰さない工夫をしなければならないわ。それで明日はあたしあなたと一緒について巴里祭に行くつもりよ。お婆さんと一緒じゃお気の毒だけれど。然しこうなれば目茶よ。だからどうぞ其のおつもりでね。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人は冗談の調子で言って居るのだけれど、此の冗談には夫人の新吉への病的な関心が充分含まれて居るのだ。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――兎に角、明日は私とお遊びなさい。私あなたの自由に遊んで上げます。気に入った女が見つかれば一緒に歩いても上げますわ。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人はこれも決定的な本心を含めた冗談で言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――どうぞ、まあ、よろしくおたのみします。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉はつい弱気に言ってしまった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――朝、お迎えに来るわ。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人は遂々冗談を本当に仕上げて満足そうに帰りかけたが蓋をした灰殻壺の中の憐れっぽい子雀の籠った鳴声に気付くと流石《さすが》に戻って、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――可哀想なことをしたのね。これあたし頂戴《いただ》いて行きますわ。」
[#ここで字下げ終わり]
壺のまゝ雀を持って夫人は出て行った。夫人の後姿を見送って新吉はひとり小声で「うるさい婆さんだな」と云った。だが新吉は美貌な巴里女共通の幽《かす》かな寂《さ》びと品格とが今更夫人に見出され、そして新吉はまた、いつも何かの形で人を愛して居ずにいられないこの種の巴里女をしみ/″\と感じられるのだった。
眼を半眼、開いたまゝ鉛の板のように重苦しく眠り込んでいた新吉は伊太利《イタリー》の牧歌の声で目覚めた。朝の食事が出来たので、通い女中ロウジイヌが蓄音器をかけて行って呉れたのだ。野は一面に野気の陽炎《かげろう》。香ばしい乾草の匂いがユングフラウを中心に、地平線の上へ指の尖《さ》きを並べたようなアルプス連山をサフラン色に染めて行く景色を、はっきりと脳裡に感じながら、新吉はだん/\意識を取戻して行った。牧歌が切れて濃いキャフェが室内の朝の現実のにおいとなって強く新吉の鼻に泌《し》みて来た。新吉は昨晩レストラン・マキシムで無暗にあおったシャンパンの酸味が爛《ただ》れた胃壁から咽喉元へ伝い上って来るのに噎《むせ》び返りながらテーブルの前へ起きて来た。吐気《はきけ》に抵抗しながら二三杯毒々しいほど濃い石灰色のキャフェを茶碗になみ/\と立て続けに飲んだ。吐気はどうやら納って、代りに少し眩暈《めまい》がするほどの興奮が手足へ伝わり出した。空は晴れている。昨日自分が張り渡した窓の装飾の綾模様を透して向う側の妾町の忍んだような、さゝやかな装飾と青い空の色と三色旗の鮮やかな色とが二つの窓から強い朝日に押し込まれて来たように、新吉の眼を痛いほど横暴に刺戟する。立たなければよくも見分けられぬが恐らくベッシェール夫人の屋根越しのエッフェル塔も装飾していることだろう。
新吉は此の装飾の下に雑沓《ざっとう》の中でカテリイヌを探す自分のひと役を先ず頭に浮べたが次にリサがまたどういう工夫で今日の祭の街で自分に新らしい娘を送り届けるのか。自分につきまとうベッシェール夫人とそれがどう縺《もつ》れるか。考えると頭がすこし憂鬱になった。
ゆうべはマキシムで偶然ベッシェール夫人の最後の夫ジョルジュに遇った。彼は新吉がベッシェール夫人の隣へ引越して来て間もなく夫人と喧嘩して出て行ったので、新吉とはたいした馴染《なじみ》もなかったが新吉を見付けると懐かしそうに寄って来て無暗と酒を勧めた。彼は夫人の家にいたときからみると、ずっと若返ったようだ。彼は新らしい妻だといって若い女を紹介した。その女はたゞ若くて十人並の器量で、はしゃいでいるような女だった。何処か間の抜けている性質のようにも見えた。それで二人は大ぴらでベッシェール夫人の話をした。ジョルジュは新吉を酔わせて夫人の悪口でも言わせようという企みが見えた。新吉は其の手には乗らなかった。すると遂々彼は夫人に未練を残していることを白状して、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あんな洒脱《しゃだつ》な女はありませんよ。あれと暮して居ると、本当に巴里と暮しているようですよ。六日間も自転車競争場の桟敷で、さばけた形《なり》をして酒の肴のザリ蟹を剥いてるところなぞ一緒にいてぞっとする程好かったですよ。」
[#ここで字下げ終わり]
こんな言葉を連発するようになった。だがしまいには彼は問わず語りにこんな事を言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――たゞあの女の鋏《はさみ》がね。あの鮫《さめ》の腹いろに光る鋏がね。あなたもお隣りなら随分気をおつけなさい。もっともあの鋏の冴えが、あの女の衣裳芸術の天才の光なんだが……なんにしても男をいじめては男に逃げられるのが気の毒な女さ。」
[#ここで字下げ終わり]
彼は終りを独言にして溜息をして訣《わか》れて行った。
そういうこともあったので、ゆうべ新吉は折角の自分の巴里祭を夫人に乱されることを恐れて、どうして夫人を出し抜いたものかと、うと/\考えながら寝た。家へ帰らずにしまえばそれまでだが、それもなんだか卑怯に思えるし、夫人に気づかれて後の祟《たた》りも恐ろしかった。出来ることなら男らしくきっぱりと断って、あすの朝は一人で自分の家を出て行きたいものだと考え定めながら、いつか眠りに陥ったのであった。だが、段々部屋中を華やかに照らしだす日の光を眺めるとカテリイヌも、リサの送る娘も、ベッシェール夫人も全《す》べて、そんな事はどうでもよくなって来た。たゞ早く町の割栗石の鋪道に固いイギリス製の靴の踵《かかと》を踏み立てゝ西へ東へ歩き廻りたい願いだけがつき上げて来た。
顔を洗って着物を着代えているとどこからともなく古風で派手なワルツが凪《な》いだ空気へ沖の浪のなごりのように、うねりを伝えて来る。後からそれを突除けて、ジャズが騒狂な渦の爆発の響を送る。祭は始まった。表通りを大人連のおしゃべりの声。子供達の駆けて行く足音。
白い帽子を手に取って姿鏡の前に立って自分の映像に上機嫌に挨拶して新吉は、其の癖やはり内心いくらか憂鬱を曳きながら部屋を出た。入口の門番《コンシェルジュ》の窓には誰も居なくて祭の飾りの中にゼラニウムの花と向いあって籠の駒鳥が爽《さわ》やかに水を浴びていた。
割栗石の鋪石[#「石」に「ママ」の注記]へ一歩靴を踏み出す。すると表の壁の丁度金鎖草の枝垂《しだ》れた新芽が肩に当《あた》るほどの所で門番《コンシェルジュ》のかみさんと女中のロウジイヌとがふざけて掴み合っていたのが新吉の姿を見ると急に止めて笑いながら朝の挨拶をした。それから隣のベッシェール夫人の家に向って、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――奥さん。うちのムッシュウがお出かけですよ。」
[#ここで字下げ終わり]
と声を揃えてわめいた。
ちゃんと打合せが出来ていたものと見え、すっかり着飾ったベッシェール夫人は芝居の揚幕の出かなんぞのように悠揚《ゆうよう》と壁に剔《く》ってある庭の小門を開けて現われた。黒に黄の縞の外出服を着て、胸から腰を通して裳へ流れる線に物憎い美しさを含めている。夫人は裏にちょっと鳥の毛を覗かせたパナマ帽の頭を傾げて空の模様を見るような恰好をした。飽《あく》まで今日の着附けの自信を新吉に向って誇示しているらしかったが、やがて着物と同じ柄の絹の小日傘をぱっと開くと半身背中を見せて左の肩越しに新吉の方へ豊かな顎を振り上げた。眼は今日一日のスケジュールに就いて何の疑いをも持っていない澄んだ色をしている。遂々掴まったか――。新吉はそう思いながら夫人の傍へ寄って行って思わずいつもの礼儀どおり左の腕を出す。夫人は顎を引き、初めて笑った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――若い奥さんではなくてお気の毒ね。」
[#ここで字下げ終わり]
と言ったが右の手を新吉の出した左の腕にかけるとまたさあらぬ態度になり、胸を張って歩き出した。新吉は夫人の顔にうっすり刷《は》いたほのかな白粉の匂いと胸にぽちんと下げているレジョン・ドヌールの豆勲章を眺めて老美人の魅力の淵の深さに恐れを感じた。
モツアルトの横町からパッシイの大通りへ突当ると、もうそこのキャフェのある角に音楽隊の屋台が出来ていて、道には七組か八組の踊りの連中が車馬の往来《おうらい》を止めていた。日頃不愛想だという評判のキャフェの煙草売場の小娘が客の一人に抱えられていた。まだ昼前なので遠くの街から集まって来た人達より踊り手には近所の見知り越しの人が多かった。それ等の中には革のエプロンの仕事着のまゝで買物包みを下げた女中と踊っている者もあった。彼等は踊りながら新吉と夫人に目礼した。キャフェの椅子は平常よりずっと数を増して往来へ置き出されていた。一しきり踊りが済むと狭く咽喉のようになった往来へ左右から止まっていた自動車や馬車がぞろ/\乗り出した。街路樹のプラタナスの茂みの影がまだらに路上にゆらめいた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――すっかりお祭りね。」
[#ここで字下げ終わり]
老美人は子供のようなはしゃぎかたさえ見せて、喧騒の渦の音が不安な魅力で人々を吸い付けている市の中心の方角へ、しきりに新吉を促《うなが》し立てた。
晴れた日と鮮かな三色旗と腕に抱えている老美人との刺戟に慣れて来ると新吉は少し倦怠《けんたい》を感じ出した。すると歩調を合せて歩いている自分等二人連れのゆるい靴音までが平凡に堪えないものになって新吉の耳に響いた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――しつこい婆につかまって今日一日無駄歩きしちまうのだ。」
[#ここで字下げ終わり]
弾力を失っている新吉の心にもこの憤りが頭を擡《もた》げた。キャフェの興奮が消えて来た新吉の青ざめた眼に稲妻形に曲るいくつもの横町が映った。糸の切れた緋威《ひおど》しの鎧《よろい》が聖アウガスチンの龕《トリプチック》に寄りかゝっている古道具屋。水を流して戸を締めている小さい市場。硝子窓から仕事娘を覗かしている仕立屋。中産階級の取り済ました塀。こんなものが無意味に新吉の歩行の左右を過ぎて行った。新吉は子供の時分奮い立った東京の祭のことを思い出した。店のあきないを仕舞って緋の毛氈《もうせん》を敷き詰め、そこに町の年寄連が集って羽織袴で冗談を言いながら将棊《しょうぎ》をさしている。やがて聞えて来る太鼓の音と神輿《みこし》を担ぐ若い衆の挙げるかけ声。小さい新吉は堪らなくなって新しい白足袋のまゝで表の道路へ飛び下りるのだった。縮緬《ちりめん》の揃いの浴衣の八ツ口から陽《ひ》にむき出された小さい肘に麻だすきへ釣り下げたおもちゃの鈴が当って鳴った。
気分というものは不思議に遇合することがあるものだ。ベッシェール夫人もこどもの時代のことを想い出した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたしね。九つの歳の巴里祭に母に連れられてルュ・ラ・ボエシイを通るとね。ベレを冠った鬚《ひげ》の削《そ》りあとの青い男に無理に掴まって踊らされてね。その怖ろしさから恋を覚え始めたのよ。今でもベレを冠った鬚の削りあとの青い男を見ると何んだかこわいような、懐かしいような気がするのよ。」
[#ここで字下げ終わり]
横町と横町の間を貫く中通りにはブウローニュの森の観兵式を見物した群集のくずれらしいかなり多勢の行人の影が見えた。その頭の上に抜きん出て銀色に光る兜《かぶと》のうしろに凄艶《せいえん》な黒いつやの毛を垂らしている近衛兵が五六騎通った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あんた、まさか奥さんの手紙を懐に持って出ていらしたのじゃないでしょうねえ。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人の想出話に対して新吉の返事がはかばかしくないので、夫人は急にこんなことを言い出した。新吉は危ないと思って、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あんたこそ、ジョルジュ氏のムウショワールでもバッグへ入れてやしませんかね。」
[#ここで字下げ終わり]
と逆襲した。すると夫人は新吉の腕から手を抜いて肩を掴え、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたし、そういう情味のはなし大好きですわ。」
[#ここで字下げ終わり]
と言って夫人は、更《あらた》めて新吉の頬に軽く接吻した。新吉は斯《こ》ういう馬鹿らしいほど無邪気な夫人に今更あきれて、やっぱり憎み切れない女だと思った。
目的もなく昼近い太陽に照りつけられながら、所々に道一杯になって踊る群衆に遮《さえぎ》られ、または好奇心から立止まってそれを眺めたりしている内に、二人は元へ戻るような気のする坂道を登りかけて居るのを感じた。道のわきに柵があって、その崖の下の緑樹の梢を越してトロカデロ宮殿の渋い円味のある壁のはずれを掠《かす》めて規則正しくセーヌへ向けてゆるやかな勾配を作っている花壇の庭が晴々しく眺められた。庭の勾配が尽きて一筋の長閑な橋になり、橋を跨《また》いでいる巨人の姿に見えるエッフェル塔は河筋の水蒸気のヴェールを越しているので、いくらか霞んで見える。振り仰いで見ると流石に大きかった。太い鉄材の組合せの縞が直《じ》きに平らな肌になり、細く鋭く天を衝《つ》く遥かな上空の針の尖《さき》に豆のような三色旗が人を馬鹿にしたようにひらめいていた。再び眼を地に戻して河筋を示す緑樹の濃淡に視線が辿りつくと頭がふら/\した。新吉は言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――まだ、やっと此所までしか来てないじゃありませんか、すこし休んで、それから、ちっとはスケジュールを決めて町を見物しようじゃありませんか。」
――子供のようになってアイスクリームを飲みましょうよ。」
[#ここで字下げ終わり]
白にレモン色の模様をとった屋台車を置いてアイスクリーム売りのイタリー人が燕のひるがえるのを眺めていた。
新吉と夫人が往来に真向きに立ちはだかって互に顔で、おどけ合いながらアイスクリームの麩のコップを横から噛みこわしていると、二人が上って来た坂の下から年若な娘が石畳の上へ濃い影を落しながら上って来た。娘は二人の傍へ来ると何のためらう色もなく訊いた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――バスチイユの広場へ行くのはどう行ったらいゝでしょう。」
[#ここで字下げ終わり]
娘の言葉にはロアール地方の訛《なま》りがあった。手に男持ちのような小型の嚢《ふくろ》を提げていた。
夫人は娘の帽子の下に覗いている巻毛にまず眼をつけ、それから服装《なり》を眼の一掃きで見て取った。夫人の顔には惨忍な好奇心がうねった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ははあ、おまえさん巴里祭を見物しなさるのね。此所からバスチイユなんて、まるで反対の方角よ。――あんた、いつ巴里へ出て来なさった。」
――半年ほどまえですの。」
――連れて歩るいて呉れるいゝ人はまだ出来ないの。」
――あら、いやだわ。」
――いやだわじゃないことよ。そんないゝきりょうをしている癖に。」
[#ここで字下げ終わり]
巴里祭といえば誰に何を言おうが勝手な日なのだ、そうすることが寧ろ此の日に添った伝統的な風流なのだ。
娘は白痴じゃないかと思われるほど無抵抗な美しさ、そして、どこか都慣れたところがあった。新吉はてっきりリサの送った娘と見て取った。そして夫人となれ合いの芝居ではないかと警戒し始めたが、夫人はどうしても娘に始めて逢った様子である。そして好奇心で夢中になっている。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――おまえさん、今日のお小遣いいくら持ってなさる。」
――八十フランばかり。」
――おまえさん恰好の娘さんの一人歩きには丁度いゝ額《たか》だね。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人は分別くさい腕組みをして娘を見下ろした。新吉は夫人に気取られる前に先手に出て娘に言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――もしよかったら僕達と今日一緒に遊んで歩かないか。勿論費用は全部こっち持ちだよ。」
[#ここで字下げ終わり]
娘が下を向いて考えてる間に夫人は新吉に奥底のある眼まぜをして見せた。新吉は度胸を極《き》めて、それに動ぜぬ風をした。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――奥さん僕は此の娘を連れて歩きますよ。あなたと二人では、ひょっと喧嘩でも始めるといけませんからね。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉の日本人らしい決定的な強さに圧された。その上夫人は娘の前で気前を見せる虚栄心も手伝って案外あっさり承知した。新吉は夫人のしつこさに復讐したような小気味よさを感じたが、年若な娘の放散する艶々《つやつや》しい肉体の張りに夫人の魅力が見る/\皺まれて行くのも気の毒だった。
タクシーでオペラの辻まで乗りつけて、そこからイタリー街へ寄った、とあるキャフェで軽い昼食を摂りながら娘に都大路の祭りの賑《にぎわ》いを見せていると、新吉はいろ/\のことが眼の前の情景にもつれて頭に湧いた。あのトロカデロの坂道の崖の下あたりにリサが潜んでいて娘に自分達の後を追わせたのではなかろうか。それにしても、よくもこう注文にふさわしい娘を探し出したものだ。娘はどういう風《ふう》にリサから話し込まれたか知らないが、芝居をしているとも見えぬ程の自然さでこの芝居をこなしている。芝居をしながら、ちっとも本質を覆《おお》わない身についている技巧はまったくフランス娘の代表とも思われるほど本能の味わいを持って居る。娘はフォークの尖にソーセージの一片と少しのシュークルートの酢漬けの刻《きざ》みキャベツをつっかけて口に運びながら食卓に並んだ真中の新吉を越して夫人に快濶《かいかつ》に話している。新吉はだんだん夫人と娘の様子を見て居るうちに夫人とも此の娘の出現がかねて何かの黙契《もっけい》を持って居たのではなかろうかとさえ思われ始めた。
リサと友達の此の夫人が、或いは昨日か昨夜かのリサとの謀計で此の娘が出現したのではなかろうか。それにしても娘は夫人に初対面のように語る。名をジャネットと言って巴里の近郊に沢山ある白粉工場で働いて居るはなし。国元はロアールの流れの傍で、飼兎の料理と手製の葡萄酒で育ったはなし。それを新吉にも聞えるように娘は話して居るのである。
娘は少しおかめ型の顔をしてマネキン人形のような美しさに整《ととの》い過ぎているようだが、頬や顎のふくらみにはやっぱり若さの雫《しずく》が滴《したた》っていた。彼女は食事中にやれ芥子《からし》の壺を取って呉れの、水が飲みたいのと新吉に平気で世話を焼かせ、あとはまた新吉を越してベッシェール夫人と話し続けて行く。新吉は苦笑した。
なりは大きいがまだ子供だ。此の子供の何処に感情の引っかゝりがあるのだ。リサは余りに若いのを選むのに捉われ過ぎた。新吉はジャネットの均一ものゝ頸飾りをちょっとつまんで、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――これよく似合うね。君に。」
――でも、これはほんの廉《やす》ものなの。こちらのマダムのなんか見ると、まったく悲しくなるわ。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉はこの娘はまだ十七に届いていない年頃なのに相当、人の機嫌をとることにも慣れて居るのに驚いた。夫人も上機嫌で娘に言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あんた、せい/″\此のムッシュウの気に入るように仕掛けて、あたしのような首飾りを買ってお貰いなさいよ。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉の日本の妻にさえ嫉妬する夫人が眼の前の此の娘の出現にこんなに無関心で居られる――娘といい、夫人といい、巴里の女の表裏、真偽を今更のように新吉は不思議がった。遊戯のなかに切実性があり、切実かと思えば直ぐ遊戯めく。それにしても上流中流の人達が留守にした巴里の混雑のなかに、優雅な夫人と、鄙《ひな》びて居ても何処か上品な娘を連れた新吉の一行は人の眼についた。
昼の食事の時刻も移ったと見えて店内の客はぽつ/\立上って行く。男女二人ずつ立って行く姿が壁鏡に背中を見せる。給仕《ギャルソン》がブリオーシュ(パン菓子)を籠に積み直してテーブルに腹匍《はらば》いになって拭く。往来の人影も一層濃くなって酒に寛《くつろ》げられた笑い声が午後の日射しのなかに爆発する。群衆の隙から斜めに見えるオペラの辻の角のカフェ・ド・ラ・ペイには双眼鏡を肩から釣り下げたり、写真機を持った観光の外人客が並んで、行人に鼻を突き合せるほど道路にせり出して、之れが花の巴里の賑いかと気を奪われたような、むずかしい顔をして眺めて居る。行ったり来たりして、しつこく附纏う南京豆売り、壁紙売り。角のカフェ・ド・ラ・ペイとこっちのイタリー街の角との間は小広く引込んだ道になっていて、其の突当りがグランド・オペラだが此所からは見えない。たゞその前の地下鉄の停留所の階段口から人の塊が水門の渦のようになって、もく/\と吐き出されるのが見える。
暫らく雲が途絶えたと見え、夏の陽がぎらぎら此の巷《ちまた》に照りつけて来た。キャフェの差し出し日覆いは明るい布地にくっきりと赤と黒の縞目を浮き出させて其の下にいる客をいかにも涼しそうに楽しく見せる。他の店の黄色或いは丹色の日覆いも旗の色と共に眼に効果を現わして来た。包囲した鬨《とき》の声のような喧騒に混って音楽の音が八方から伝わる。
新吉は向う側の装身具店の日覆いの下に濃い陰に取り込められ、却《かえ》って目立ち出した雲母の皮膚を持つマネキン人形や真珠のレースの滝や、プラチナやダイヤモンドに噛みついているつくりものゝ狆《ちん》や、そういう店飾りを群集の人影の明滅の間からぼんやり眺めて、流石に巴里の中心地もどことなくアメリカ人の好みに佞《おもね》ってアメリカ化されているけはい[#「けはい」に傍点]を感じた。けば/\しい虎の皮の外套を着たアメリカ女。早昼食《クイックランチ》。「御勘定は弗《ドル》で結構でございます。」と書いた喰べ物屋のびら[#「びら」に傍点]。筋向いのフォードの巴里支店では新型十万台廉売の広告をしている。
食後の胃のけだるさがそうさせるのか新吉の不均衡な感情は無暗に巴里の軽薄を憎み度くなってじれ/\して来た。その時ジャネットが彼を顧向《ふりむ》いて夫人との間の話に合図を打たせようと身体を寄せて言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――どう。そうじゃなくて。ムッシュウ。」
[#ここで字下げ終わり]
しぼり立ての牛乳にレモンの花を一房投げ入れたような若い娘の体の匂いが彼の鼻を掠めた。すると新吉の血の中にしこりかけた鬱悶《うつもん》はすっと消えて、世にもみず/\しい匂いの籠った巴里が眼の前に再び展開しかけるのであった。新吉はその場にそぐわない、妙にしみ/″\した声で返事をした。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ほんとうにね。そうだとも、マドモアゼル。」
[#ここで字下げ終わり]
そして彼の憧憬的になった心にまたしてもカテリイヌの追憶が浮ぶのだった。そうだ彼女に遇いたいものだ。今日という日はその為めに待ち焦《こが》れていた日ではないか。彼はそう思いながら、ひとりでにジャネットの丸い肩に手をかけた。何時《いつ》だったか、どの女だったか、彼の両肩に柔い手を置き、巴里祭のはなしをして呉れた感触を思い出した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ほんとにその日は若いものに取っては出合いがしらの巴里ですの。恋の巴里ですの。」
[#ここで字下げ終わり]
両肩の上に置いた其の女の柔い掌の堪《こた》え、そして、かつてカテリイヌを新吉が抱えたときのあの華やかな圧迫。触覚の上に烙《や》きつけられた昔の記憶が今、自分が手を置いて居る若い娘の潤《うるお》った肩の厚い肉感に生々しく呼び覚まされると新吉の心は急に掻きむしられるように焦立た[#「た」に「ママ」の注記]って来た。思わず呼吸が弾《はず》んで来るのだった。にわかに弾《はじ》いたように見ひらいた彼の瞳孔には生気の盛り上るイタリー街の男女の群の揉《も》み合う光景が華々しく映った。太陽の熱に脹《ふく》れ上る金髪。汗に溶ける白粉の匂い、かん[#「かん」に傍点]ばかりで受け答えしている話声。女達の晴着の絹の袖をよじって捲きつけている男の強い腕。――だが結局新吉の遠い記憶と眼前の実感は一致しなかった。新吉の頭は疲れて早くどこかの人群《ひとごみ》のなだれに押されて行って、其処で見出して思わず抱き合ってしまう現実のカテリイヌを見出したいと思った。傍の二人の女は其の時までの道連れだ。どれも向うからついて来た女達だ。自分の知ったことではない。この女達にあんまりこだわらないことにしよう。彼は弾んだ呼吸をすっかり太息《といき》に吐き出すと、ベッシェール夫人は冗談のように言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――レデーを二人も傍に置いときながら国元の奥さんの想い出に耽《ふけ》るなんて、あたしたちに失礼だわねえ、マドモアゼル。さあ、もう此のくらいで出かけましょう。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人は日傘とお揃いの模様の女鞄の中から手早く勘定を払った。
あたりの賑わしさを頭から叩き伏せるように力ずくの音楽が破裂している。それに負けまいとメリーゴーラウンドの台が浪を打って廻転する。此所ピギャールの角を中心に色々の屋台店が道の真中に軒を並べている。新吉と二人の女とはモンマルトルの盛り場の人混《ひとご》みへ互に肩を打当てゝ笑いさゞめきながら、なだれ込んだ。一軒の屋台では若者達が半身乗り出して、後へ上げた足に靴の底裏を見せながら、竿の糸でシャンパンの壜を釣ろうと競って居る。一軒の屋台では女を肩に靠《もた》せながら男が白い紙を貼った額《がく》を覗っている。鉄砲が鳴って女がぴくっとする刹那に額の白紙は破れて二人の写真が撮れているのだ。泣き出しそうな憂鬱な顔をして棒のように立っている運命判断の女。ルーレット球ころがし。その間にけばけばしい色彩で壁に淫靡《いんび》な裸体女と踏み躙《にじ》られた黒人を描いて、思わせ振りな暗い入口が五六段の階段の上についている|食しんぼう小屋《ラ・バラック・ド・グウルユ》のようなものが混っている。
人々が此所へ来ると野性と出鱈目をむき出しにして、もっと/\と興味を漁《あさ》るために揉み合う。球を投げ当てゝ取った椰子《やし》の実をその場で叩き割り、中の薄い石鹸色の水をごぼごぼ咽喉を鳴らして飲みながら職人風の男が四五人群集を分けて行く。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ちょいと気を付けてよ。汁が跳ねかえってよ。まさかあんたがいゝ人になってあたしのよごれた靴下を買い直して呉れるわけでもなし――。」
――はい、はい、気を付けますよ。抱《だ》き堪《ごた》えのあるお嬢さん――。」
[#ここで字下げ終わり]
ジャネットは此の人混《ひとご》みにあおられるとすっかり田舎女の野性をむき出しにしてロアール地方の訛《なま》りで臆面もなく、すれ違う男達の冗談に酬いた。白いむきだしの腕を張り腰にあて誇張した腰の振り方をし、時に相手によってはみだりがましくも感じられる素振りさえ見せて笑った。曲げた帽子の鍔《つば》の下からかもじ[#「かもじ」に傍点]の巻毛の尖きを引っぱりおろして右眉のすれすれに唾で貼りつけた。流石のベッシェール夫人も大ように見ていられなくなり嫌な顔して黙ってしまった。然しジャネットはそんなことぐらいを気にとめる様子もなくいよ/\発揮した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――HEY《ヘイ》!。」
[#ここで字下げ終わり]
何処で覚えたか下等な人を呼びかけるアメリカ語を使い、口笛を嚠喨《りゅうりょう》と吹いた。これほどの喧騒も混み合いも新吉がカテリイヌを追い求める心をまぎらわすことは出来なかった。午後になり時間がせまればせまるほど気があせり、まわりの形色も物音もぼっとなって夢の中を歩いているようで、広い巴里のなかの何処に居るとも知れぬカテリイヌの面影が却って現実のように眼の前にちらついた。其の面影は面長で、たゞ真白な顔――黒とも藍ともつかぬ睫《まつげ》のなかに煙っている二つの瞳で、じっと見入られる、――言おうようない香りの高い、けだるい感じが新吉の手足の神経の末梢まで、浸み透り、心の底にふるえている男としての恥かしさと、妙な諧調を混え、新吉はやがて恍惚とした無抵抗状態になるのだった。花弁のように軽くて、無限の重さのあったカテリイヌの体重さえも太陽に熱くなったズボンの下の膝に如実に感じられるのだった。そしてだん/\新吉は疲れて行った。
新吉は堪らなくなった。彼を無意識に疲れさすその面影から逃れるためには現実のカテリイヌが早く出て来て呉れるか、もっと違った強力な魅惑が彼の注意を根こそぎ奪うかして呉れるのでなければならなかった。新吉は早くこの二人の女に別れて、カテリイヌを探す為めに今日の巴里祭の雑沓の中を駆け廻りたいような衝動にかり立てられた。また心の一方ではあまり空漠とした欲望を広い巴里に持ちあぐむ自分にあきれ返って、やけに酒でも飲みに連れの二人を誘うと立止まった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――此の|老ぶれ《ビューコン》餓鬼!。」
[#ここで字下げ終わり]
まだ初心《うぶ》な娘の声をわざと蓮《はす》ッ葉《ぱ》にはしらせてジャネットが一人の男に叫んでいるのだった。そして其の男の手に持っていた風船玉を引ったくった。男は風船玉を奪い返すようなふりをしながらジャネットの手首を掴え、それから強い力で自分の方へ、くるりと廻して左に抱えてしまった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――およしってば、連れがあるんだよ。」
[#ここで字下げ終わり]
流石に人中を憚《はばか》ってジャネットは羽がいじめの下でわめいた。――わめき乍らジャネットが新吉の方へ救いを求めるように手を出したので、その方向を辿って男は新吉を見つけると、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――青二才だな。」
[#ここで字下げ終わり]
そう言って女を離した。それから新吉の傍まで来るとちょいと顔を覗いて、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――おまえ西班牙人《スパニッシュ》か、しっぽりとやんな。」
[#ここで字下げ終わり]
巌丈な手で新吉の肩を痛いほど叩いて彼は行き過ぎた。中年過ぎた鬚《ひげ》の削《そ》りあとが青い男で、頬や眉の附根に脂肪の寄りがあり、瘤《こぶ》の寄ったような人相だが、どこか粋《いき》でどっぷりと湛《たた》えた愛嬌があった。新吉はわれを忘れて見送った。あれ程の年をしながら青年のように女に対して興味が充実してる男が羨《うらや》ましかった。新吉のようにもう夢のほか感情の歯の力を失ったものは彼のような男にすれ違っただけで自分の青白い寂寥《せきりょう》が感じられた。
ジャネットはと見ると人混みに紛《まぎ》れ行く男の姿をいつまでも見送りながら群集に押されて新吉のそばまで来た。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたし今日、モンマルトル一のジゴロに声をかけられたのよ。」
[#ここで字下げ終わり]
そう言って彼女はやっぱり人に押されながら鏡を取り出して自分の風姿を調べた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あんたさえ居なかったら今日一日、あの人に遊ばせて貰えたかも知れなかったわよ。」
[#ここで字下げ終わり]
彼女の声には真実少し卑しい恨みがましい調子があった。すると彼女から遊離して居た新吉に急に反撥心が出て来た。彼は手荒くジャネットの露出《むきだ》しの腕を握って二三度|揺《ゆす》ぶった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたしと仲好くするんだ。またと他の男に振り向きでもすると承知しないよ。」
[#ここで字下げ終わり]
すると不思議にジャネットは素直になり手に風船玉を持ち乍ら新吉の腕に抱えられにっこり彼の顔を見上げて笑った。
其所へ一人で行き過ぎて、はぐれてしまったベッシェール夫人が戻って来た。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あら、まだこんな所に居たの。仲好くするのもいゝが、あたしに内緒の相談だけは御免よ。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉は夫人がひどく突然に自分の前に現れたのに眼を見張った。平常の巴里の優雅さを埋めかくして居る今日の祭の馬鹿騒ぎの中にベッシェール夫人は本当の巴里其のものゝ優雅さで新吉について歩いて居るのだ。新吉は夫人の心根がいとおしくなって来た。
人々の気の付かないうちに空は厚く曇ってしまって雲の裾とも思える柔かい雨が降り出した。バスチイユの広場に、やゝあわてた混雑が起る。並んでいる小さい屋台店が急いで店をしまいかけるのもあれば、どうしようかと判断し兼ねて居るのもある。香具師《やし》の力持ちの夫婦は肥った運動服のかみさんを先に立てゝ、のそ/\キャフェの軒の下に避難しに行く。その後に残した道のはたの大きな鉄唖鈴《てつあれい》を子供達が靴で蹴っている。
広場の中央と、遥か離れた町の片側とに出来ている音楽隊の屋台では却ってじゃん/\激しい曲を吹奏し出した。其の前で踊っている連中も雨を結局よい刺戟にして空を仰いで馬鹿笑いしたり、ひょうきんに首を縮めたりして調子づいて揉み合っている。傘をさして落着いて踊っている一組に、通りかかりの人がまばらに拍手を送る。
電車の軋《きし》る音、乱れ足で行き違う群集の影。たそがれの気を帯びて黒い一と塊りになりかけている広場を囲む町の家々に燦爛《さんらん》と灯がともり出した。
また疲れて恐迫症さえ伴う蒼ざめた気持ちになって新吉は此処まで来た。新吉のもはや何を想い、何に心をひかれる弾力も無くなって見える様子にベッシェール夫人は惨忍な興味を増した。老女の変態愛は自分も相当に疲れて居ながら新吉を最後の苧《お》がらのように性の脱けたものにするまで疲れさせねば承知出来なくなって居た。それにはジャネットの肉体的にも遊び廻るほど愈々《いよいよ》冴えて来る若さを一層強く示嗾《しそう》して新吉をあおりたてることに努める必要があると思った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――どう※[#感嘆符疑問符、1-8-78] この先きの貧乏街へ入って最後に飲んだり、踊ったりしない※[#感嘆符疑問符、1-8-78] すっかり平民的になって。」
[#ここで字下げ終わり]
ジャネットに取ってもリサの言い付けで今日一日新吉について廻った使命の果ての結局の舞台が入用だった。彼女は猶予なく返事した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――奇抜ね。それが本当に面白いわ。」
[#ここで字下げ終わり]
彼女は新吉の腕を引き立てゝ人を掻き分けながらルュ・ド・ラップの横町へ入って行った。
ただ燻《くす》ぼれて、口をいびつに結んで黙りこくってしまったような小さい暗い家が並んでいた。漆喰壁《しっくいかべ》には蜘蛛の巣形に汚点《しみ》が錆《さ》びついていた。どこの露地からも、ちょろ/\流れ出る汚水が道の割栗石の窪《くぼ》みを伝って勝手に溝を作って居る。それに雨の雫《しずく》の集りも加わって往来にしゃら/\川瀬の音を立てゝいた。ベッシェール夫人は後褄を小意気に摘《つま》み上げ、拡げた傘で調子を取り、二人から斜めに先に立って歩いて行った。立籠めた泥水の臭いとニンニクの臭いとを彼女の派手な姿がいくらか追い散らした。此の垢でもろけた家並の中に、まるで金の入歯をしたようにバル・デ・トロア・コロンヌだとか、バル・デ・ファミイユだとか、メイゾン・バルとか言うような踊り場が挟まっていた。ニスで赧黒く光った店構えに厚化粧でもしたような花模様が入口のまわりを飾っていた。毒々しいネオンサインをくねらせた飾窓の硝子には白墨で「踊り無料」と斜に走り書きがしてあった。之れは巴里祭の期間中これ等の踊り場がする、お得意様への奉仕であった。其の代りに彼等は酒で儲けた。どの踊り場の前にも吐き出す、乱曲を浴びながら肩を怒らしてズボンへ両手を突込んだ若者と、安もので突飛に着飾った娘達とが、ごちゃ/\していた。
よく見ると彼等はふざけ合ったり、いじめ合ったり、どこへ行こうか迷ったりしている。斯《こ》んな場所に不似合な程、見優りのするベッシェール夫人がその踊り場の一つのブウスカ・バルへ傘をつぼめてつか/\と入って行くと彼等は話声を止めて振返った。そうして眼につく美少女のジャネットが物慣れた様子で新吉を引張るようにして次に入って行くと彼等の中の二三人は物珍らしさにあとを蹤《つ》けて入った。
中はあんまり広くなかった。酒台《スタンド》に向き合って二列ほど裸テーブルと椅子の客席が取ってあった。其所を通って奥の突当りに十三坪ほどの踊り場があった。その周囲にも客テーブルが一列だけ並んでいた。三人の楽師《がくし》が狭いので壁の上方の差出しの窪みに追い上げられ、そこにおさまって必死になって景気をそえて居た。其の窮屈そうな様子は燕の巣へ人間を入れたようだった。巴里慣れた新吉にも斯ういうところは始めてだった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あの音楽家たちは一々梯子をかけて上《あが》り降りするのかね。」
――そんな呑気なことを言っているの。それよりも……。」
[#ここで字下げ終わり]
と歯痒ゆそうに返事をしながらジャネットは目につくほど踊り場の空気に呼吸を弾ませていた。三人は入口の通路から踊り場へ移る角のテーブルへ坐った。安酒のにおい、汗のにおい、食料脂のにおい、――、そういうものが雨で立籠められたうえ、靴の底から蹴上げられる埃と煙草の煙に混《まじ》り合って部屋の中の空気を重く濁した。天井近く浮んだ微塵物にシャンデリアの光が射して桃色や紫色の横雲に見えた。よく見るとその雲は踊りのテンポと同じ調子に慄《ふる》え、そして全体として踊りの環と同じ方向にゆる/\移っていた。布の端がこわばってめくれた新しい小型の万国旗が子供の細工のように張り渡されていた。それに比較して色紐やモールは、けば/\しく不釣合に大きい。
流石に胸もとがむかつくらしく白いハンケチを鼻にあてながら酸味の荒い葡萄酒を啜《すす》って居たベッシェール夫人も、少し慣れて来たと見えて、思い切ってハンケチをとった。すると彼女は忽ち鼻をすん/\させて言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――おや、茴香《ういきょう》の匂いがするよ。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉の耳へ口を寄せて言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――こういう家にはアブサンを内緒に持っているという話よ。あなたギャルソンにすこし握らせてごらんなさい。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人の言う通り給仕はいかにも秘密そうに小さいコップを運んで来た。夫人はそれを物慣れた手附きで三つの大コップへ分けて入れ角砂糖と水を入れた。禁制の月石色《ムーンストーン》の液体からは運動神経を痺らす強い匂いが周囲の空気を追い除けた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――忘れるということは新しく物を覚えるということよ。酔うということは失った真面目さを取り戻すことよ。こういうことを若い人達は知らないことね。」
[#ここで字下げ終わり]
夫人は酒を悦《たの》し相《そう》に呑み乍《なが》ら、こんな判らないことをジャネットに言いかけコップを大事そうに嘗《な》め眼をつぶっている。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたし酔ったら此のムッシュウをあなたに譲らなくなるかも知れないわ。」
[#ここで字下げ終わり]
本気とも病的な冗談ともつかない斯《こ》んな夫人の言葉も、ジャネットには気にかゝらない――ジャネットの若い敏感性がベッシェール夫人の人の好さを、すっかり呑み込んだらしかった。それよりか、つき上げて来る活気に堪えないとでもいうようにジャネットは音楽の変る度びに新吉を攫《さら》って場に立った。新吉はジャネットを抱えていて暫くは弾んで来る毬《まり》のように扱っていた。新吉にはもう今日一日のことは全て空しく過されて、たゞ在るものは眼の前の小娘を一人遊ばせて居るという事実だけだった。俺をニヒリストにした怪物の巴里奴が、此のニヒリストの蒼白《あおじろ》い、ふわ/\とした最後の希望なんか、一たまりもなく雲夢のように吹き飛ばすのさ。とうとう今日の祭にカテリイヌにも逢わせては呉れなかった巴里だ。――新吉は恨みがましく眼を閉じて、ともすれば自分を引き入れようとする娘の浮いた調子をだん/\持て扱い兼ねて外《は》ずしつゝ、外ずしつゝ、踊りは義理に拍子だけ合せるようになって仕舞った。こゝろに白《しら》けた以上に白け切って眼の裏のまぼろしに、不思議と魚の浮嚢《うきぶくろ》、餅の青黴《あおかび》、葉裏に一ぱい生みつけた小虫の卵、というようなものが代る/\ちらちら見え出して、身慄いが細い螺旋形《らせんけい》の針金にでもつき刺されるように肩から首筋を刺した。彼は首を仰向けにして、ぼんの窪《くぼ》で苦痛を押えていると悲しい涙が眼頭《めがしら》から瞼へあふれずにひそかに鼻の洞へ伝って行った。「我が世も終れり。」というような感慨じみた嘆声がわずかに吐息と一緒に唇を割って出ると今度は眼の裏のまぼろしに綺麗な水に濡れた自然の手洗石《ちょうずいし》が見え南天の細かい葉影を浴びて沈丁花が咲いて居る。日本の静かな朝。自分の家の小庭の手洗鉢の水流しのたゝきに五六条の白髪を落して、おさな顔のおみち[#「おみち」に傍点]が身じまいをしている姿が見える。おみち[#「おみち」に傍点]ばかりか自分も老の時期が来たのか。今宵《こよい》かぎり潔《いさぎ》よく青春を葬ろうか。
新吉が幻覚の中をさまよっているのにも頓着なくジャネットは、しきりに元気で未熟な踊りの調子で新吉を追い廻していた。新吉がやっと気がついて、その調子に合せようとすると、案外|狡《ずる》く調子を静め、それからステップの合間/\[#「/\」に「ママ」の注記]に老成《ま》せたさゝやきを新吉の耳に聞かせ始めた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あんた。あたしと今日もう此所だけで訣《わか》れるつもり。」
――しかたがない。」
――やっぱりカテリイヌのこと忘れられないと見えるのね。」
――おや、どうして、君、それ、知ってるの。」
――あたしがリサから送られた娘だということ、始めからあんた気が付いたでしょう。」
――ああ、そうとも。」
――あたし、ほんとはカテリイヌの秘密知って居るのよ。」
――秘密※[#感嘆符疑問符、1-8-78] どうして。どんな。」
――あたしは、カテリイヌの私生児よ。そしてカテリイヌは、もうとっくに死んじゃったわ。」
――そりゃほんとか。ほんとのことを言ってるのか。」
[#ここで字下げ終わり]
ジャネットは返事をしないでかすかに鼻をすゝった。新吉は娘をわしづかみのように抱いて席へ帰ったが何も言わなかった。たゞまじ/\と娘を前に引据えて眺めて居た。ベッシェール夫人はほの/″\とした茴香《ういきょう》の匂の中で、すっかり酔って居る。そしてまたなにか新吉にしつこく云い絡《から》まろうとして、真青な顔色を引締めてジャネットを見詰めて居る新吉の様子に気が付くと黙ってしまった。
新吉が巴里に対して抱いて居た唯一のうい/\しい[#「うい/\しい」は底本では「うろ/\しい」]追憶であるカテリイヌも、新吉が教授の家で会った時には、もう三つにもなる娘の子を生んで居たのであった。其の子は恋愛というほどでもなく、ただちょっとした弾みから彼女の父の建築場の職工の間に出来て仕舞った。だから生むと直ぐその子をロアール川沿いの田舎村へ里子に遣《や》り、縁切り同様になった。ジャネットに物心がついて母を慕う時分にはカテリイヌは埃及《エジプト》へ行って居た若い建築技師と結婚したものゝ間もなく病死してしまった。彼女の父は職工とだけで誰だか解らなかった。ジャネットは全くみなし児の田舎娘として年頃近くまでロアール地方で育ったのであった。
リサがこれを新吉にすっかり話したのは祭の翌日だった。天気は前夕の雨で洗われて一層綺麗に晴れ、何を考えても直ぐ蒸発してしまうような夏の日であった。新吉はセーヌ河の「中の島」で多くの人に混って釣をして居た。リサは其の後でベンチに腰かけて、ほどきものをして居た。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――そういう娘をあたしが見つけたというのも私の郷里がやっぱりロアールの田舎だからなのよ。今年の春あたしが国へ帰って、偶然あの娘の世話人に頼まれて、巴里へ連れて来たのよ。いつもあなたからカテリイヌのことを聞かされてたあたしとして何かの折に一趣向して見たくなったのも無理ないでしょう。だからあなたには昨日まで絶対にあの娘のことを秘密にしといたの。ところで、あなたは案の条《じょう》あたしの考え通り、あの娘のために元気を恢復なさったわね。あなた何か希望を持ちだしたように顔の表情まで生々して来たわ。」
――おれはあの娘にこれから世話をしてやると約束したよ。」
――やっぱり堅い乳房を持った娘は男にとって魅力があるのね。」
――そんなじゃないんだ。すこし言葉に気をつけて呉れ。」
――じゃ父親にでもなった気で昔の恋人の忘れがたみを育てようというおつもり。」
――そうでもないんだ。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉は釣り竿を引き上げ水中で魚にとられた餌を取りかえて、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――兎も角、おれが巴里で始めて出会った初恋娘のカテリイヌの本当の事情は大分おれの想像と違っていた。あの女はそれほどうい/\しい女でもなければ神聖な女でもなかった。いわば平凡な令嬢だった。それでおれは十何年間も彼女に実は自分の夢を喰わされていたわけさ。自分の不明とはいいながら相当腹が立つわけさ。そこでおれはあの娘を見つけたのを幸い、是非自分の想像していたカテリイヌのように彼女を仕立て上げて見ようというわけさ。」
[#ここで字下げ終わり]
リサはちょっと狡《ずる》そうな顔をして訊いた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――仕立て上げたところで、あらためてカテリイヌの代りに愛して行こうとなさるの。」
――違う。おれの想像していたカテリイヌのようにあの娘を仕立て上げる。其の事だけで復讐は充分じゃないか。僕の想像を裏切った死んだカテリイヌにも、僕自身の不明に対しても。それから先は誰でも気に入った男と一緒になるがいゝ。」
――けど、あの娘、随分田舎|擦《ず》れがしてゝ仕立て憎いわね。」
――田舎擦れてゝも巴里擦れていない。中味は生の儘《まま》だね。まだ……だから巴里の砥石《といし》にかけるんだ。生《う》い/\しい上品な娘に充分なりそうだよ。」
[#ここで字下げ終わり]
熟し切った太陽の下でセーヌ河のうす赫《あか》い土色の水が流れて居た。流れは箱型の水泳船の蔭へ来て涼しい蘆の中で小さい渦を沢山こしらえる。渦と渦と抱き合ってぴちょんぴちょんと音を立てる。「中の島」の基点になるポン・ド・グルネルの橋の突き出しに立っている自由の女神の銅像が炎天に※[#「赭のつくり/火」、第3水準1-87-52]《に》えて姿態《ポーズ》の角々から青空に陽炎を立てゝいるように見える。橋を日傘が五ツ六ツ駈けて行く。対岸の石垣の道の菩提樹の間に行列の色がゆらめく。予定が今日に伸びた女店員《ミジネット》の徒歩競争が通って行くのだ。一人一人叩いて行く太鼓の音がまばらに聞える。「中の島」を跨《また》いでいるポン・ド・パッシイの二階橋の階上を貨物列車が爽やかな息を吐きながらしず/\パッシイ街の方へ越えて行く。昨日の祭日の粗野な賑わいを追っ払ったあとから本然の姿を現わして優雅に返った巴里の空のところどころに白雲が浮いて居る。新吉の竿の先にもおもちゃのような小さい魚が一つ釣り上げられて、それでも魚並みに跳ねている。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あなたも渋くなったわね。すっかり巴里を卒業したのよ。」
[#ここで字下げ終わり]
リサは感に堪えたように言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――どうしてだ。何を。」
――いままでのあなたの経験しなさったのはやっぱり追放人《エキスパトリエ》の巴里ね。誰でもすこし永く居る外国人が、感化される巴里よ。でも本当の巴里は其の先にあるのよ。噛んでも噛み切れないという根強い巴里よ。あなたはそれを噛み当て初めたのね。死んだフェルナンドは其の事を巴里の山河性と言ってましたよ。」
[#ここで字下げ終わり]
リサは編物をちょいと新吉の背中に当てがって寸法を見て、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ちょうどいゝ。これフェルナンドのを、あなたのジャケツに編み縮めてあげるのよ。」
[#ここで字下げ終わり]
新吉はリサの手に持つ編物を見た。リサの情人で、死ぬのを嫌がり抜いて死んで行った天才建築家フェルナンドはまた新吉の親友だった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あいつが生きてたら、今時分エッフェル塔をピューリズムで改築するって騒いでいるだろう。」
[#ここで字下げ終わり]
こんなことを独言のように言いながら新吉は、自分は今はリサの息子にでもなってしまったような気がした。丁度遠く河上の方から展けて来た青空が街の屋根に近づいて卵黄色に濁りかけている境に小形の旅客飛行機がゆったり小さな姿を現わした。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ときに日本の奥さんの事はどうなさるの。――」
――ベッシェール夫人の忠告を入れてこっちへ呼ぶことにしたよ。夫人はもう実物を見ないと気になって仕方が無いと言うのだ。」
――しつこい気狂い婆さんね。だからあたしあの婆さんにはあんたがカテリイヌを探す話なんかしなかったのさ。あの婆さん、あの娘が巴里祭の時あんたと一緒に遊んだのは、たゞ其の場だけの事だと安心して居るのよ。婆さんは今のところあんたが国元の奥さんを真実に思い出してるのばかり気になって仕方ないのよ。ジャネットをあんたが、うんと気に入って今後も世話するなんてことがわかればそれこそあの婆さん、大変よ。」
[#ここで字下げ終わり]
リサは自分の言うことだけ言ってしまうともとの実直な姿勢に直ってせっせとジャケツを直しにかゝった。
黙って河に向いて居た新吉の眼から、いつか涙が湧いて頬を流れて居た。新吉は其の涙がセーヌ河の底まで落ちて浸み入るように思えた。新吉は其の涙があの病的天才服飾家の老美女ベッシェール夫人の為めに流れた涙であるのを暫らく後に意識した。だが涙が新吉の頬から乾いてセーヌの河風が一しきり涼しく吹き渡る頃、新吉の心はしん[#「しん」に傍点]と確かな底明るさに静まった。新吉はおもむろに内心で考え始めたのであった――巴里はあらゆる刺戟を用いて一旦人の心を現実世界から遊離させる。極端なニヒリストにもする。しかし其の過程の後に巴里が人々を導く処は、人生の底の底まで徹底した現実世界、または真味な生活境ではなかろうか。フェルナンドが「巴里の山河性」と言ったのは其処なんだな、俺もどうやら人生の本当の味を、これから巴里に落ち付いて、味って行けるようになるらしいぞ――。[#「。」に「ママ」の注記]」
底本:「巴里祭・河明り」講談社文芸文庫、講談社
1992(平成5)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第四巻」冬樹社
1974(昭和49)年3月発行
※以下の修正箇所は、底本の親本を参照しました。
○うい/\しい[#「うい/\しい」は底本では「うろ/\しい」]
《》:ルビ
(例)河波《かわなみ》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今月|一《いっ》ぱい
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ふん[#「ふん」に傍点]らしい
-------------------------------------------------------
セーヌの河波《かわなみ》の上かわが、白《しら》ちゃけて来る。風が、うすら冷たくそのうえを上走り始める。中の島の岸杭がちょっと虫《むし》ばんだように腐《くさ》ったところへ渡り鳥のふん[#「ふん」に傍点]らしい斑《まだら》がぽっつり光る。柳《やなぎ》が、気ぜわしそうにそのくせ淋《さみ》しく揺《ゆ》れる。橋が、夏とは違ってもっとよそよそしく乾くと、靴《くつ》より、日本のひより[#「ひより」に傍点]下駄《げた》をはいて歩く音の方がふさわしい感じである。巴里に秋が来たのだ。いつ来たのだろう、夏との袂別《べいべつ》をいつしたとも見えないのに秋をひそかに巴里は迎えいれて、むしろ人達を惑《まど》わせる。そうなると、街路樹《がいろじゅ》の葉が枯葉《かれは》となって女や男の冬着の帽《ぼう》や服の肩へ落ち重なるのも間のない事だ。
ハンチングを横っちょにかむり、何か腹掛《はらが》けのようなものを胸に当てたアイスクリーム屋のイタリー人が、いつか焼栗《やきぐり》売りに変《かわ》っている。とある街角《まちかど》などでばたばたと火を煽《あお》ぎながら、
――は、いらはい、いらはい、早いこと! 早いこと! アイスクリームの寒帯から早く焼栗屋の熱帯へ……は、いらはい、いらはい。
空には今日も浮雲《うきぐも》が四抹《しまつ》、五抹。そして流行着のマネキンを乗せたロンドン通《がよ》いの飛行機が悠長《ゆうちょう》に飛んで行く。
――いよいよね。今月|一《いっ》ぱいで店を畳《たた》んで、はあ、ツール在の土となるまでの巣を見つけて買い取りましたよ。巴里にも三十年、まあ三十年もまめに働けばもう、楽に穴にもぐって行く時節《じせつ》が来たというものですよ。
パッシー通りで夫婦|揃《そろ》って食料品店で働き抜いた五十五、六の男の自然に枯《か》れた声も秋風のなかにふさわしい。男は小金《こがね》を貯《た》めた。多くの巴里人のならわし通りこの男も老後を七、八十|里《り》巴里から離れた田舎《いなか》へ恰好《かっこう》な家を見付けて買取《かいと》り、コックに一人の女中ぐらい置いて夫婦の後年を閑居《かんきょ》しようという人達だ。
――店の跡《あと》を譲《ゆず》った人も素性《すじょう》はよし(もちろん売り渡したのだが)安心して引込《ひっこ》めますよ。この秋は邸《やしき》のまわりの栗の樹からうんと実もとれますし、来秋から邸についた葡萄《ぶどう》畑で素敵な新酒を造りますよ。どうぞおひまを見てお訪ね下さい。
相手になっているのは、これも勤勉な隣街《となりまち》の大きな靴店のおやじだ。
ひるひとときはひっそりとする巴里《パリ》。ひるのひとときが夜のひそけさになる巴里。秋は殊《こと》さらひそかになる昼だ。
何処《どこ》か寂然《せきぜん》として、瓢逸《ひょういつ》な街路便所や古塀《こべい》の壁面にいつ誰が貼《は》って行ったともしれないフラテリニ兄弟の喜劇座のビラなどが、少し捲《めく》れたビラじりを風に動かしていたりする。
ブーロウニュの森の一処《ひとところ》をそっくり運んで来たようなショーウインドウを見る。枯れてまでどこ迄《まで》もデリカを失わない木《こ》の葉のなかへ、スマートな男女|散策《さんさく》の人形を置いたりしている。オペラ通りなどで、そんなデリカなショーウインドウとは似てもつかないけばけばしいアメリカの金持ち女などが停《た》ち止《どま》って覗《のぞ》いているのなどたまたま眼につく。キャフェのテラスに並んでうそ寒く肩をしぼめながら誂《あつら》えたコーヒの色は一《ひと》きわきめ[#「きめ」に傍点]こまかに濃く色が沈んで、唇《くちびる》に当《あた》るグラスの親しみも余計《よけい》しみじみと感ぜられる。店頭に出始めたぬれたカキのから[#「から」に傍点]のなかに弾力のある身が灯火《あかり》に光って並んでいる。路傍《みちばた》の犬がだんだんおとなしくしおらしく見え出す。西洋の犬は日本の犬のように人を見ても吠《ほ》えたりおどしたりしない、その犬たちが秋から冬はよけいにおとなしく人なつこくなる。
公園で子を遊ばしている子守《こもり》達の会話がふと耳に入る。
十八、九なのが二つ三つ年上の編物《あみもの》を覗《のぞ》き込みながら、
――あんた、まだそれっぽっち。
――だってあのおいたさんを遊ばせながらだもの。
なるほど、傍《そば》で砂いじりしている子はおいたさんと呼ばれるほどの一くせありげないたずらっ子の男児《おとこのこ》だ。
――だけど、その帽子の色|好《よ》いね、ほんとに。あんた毛糸の色の見立てがうまいよ。
――うん。
――あら、やに無愛想《ぶあいそう》だね。またあの兄《あ》んちゃんのことでも考えてるんだろ。
――からかうにもさ、リヨン訛《なまり》じゃ遣《や》り切れないよ、このひと、いいかげんにパリジェンヌにおなりよ。
十八、九のは少し赧《あか》くなりながら、
――大きなお世話さ。
――だってさ、お前さんのあの人だって、いつまでもリヨン訛じゃやり切れまいさ。
――大きなお世話さ。
十八、九のはてれ隠《かく》しに自分の守《も》り児《こ》のかぼそい女の児を抱き上げて、
――芝居季節《セーゾン》が近づいたんでこの子のお母さん巴里《パリ》へ帰って来るってさ。
――あのスウィツルの女優かえ、又《また》違ったお父さんの子でも連れて帰るんだろ。
夕ぐれ、めっきり水の細った秋の公園の噴水が霧《きり》のように淡い水量を吐《は》き出している傍《そば》を子守《ナース》達は子を乗せた乳母車《うばぐるま》を押しながら家路《いえじ》に帰って行く。
底本:「愛よ、愛」メタローグ
1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
1976(昭和51)年発行
※「瓢逸《ひょういつ》」の表記について、底本は、原文を尊重したとしています。
《》:ルビ
(例)訣《わか》れて
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大声|挙《あ》げて
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)どういうとき[#「とき」に傍点]
-------------------------------------------------------
巴里の北の停車場でおまえと訣《わか》れてから、もう六年目になる。人は久しい歳月という。だが、私には永いのだか短いのだか判《わか》らない。あまりに日夜《にちや》思い続ける私とおまえとの間には最早《もは》や直通の心の橋が出来《でき》ていて、歳月も距離も殆《ほとん》ど影響しないように感ぜられる。私たち二人は望みの時、その橋の上で出会うことが出来る。おまえはいつでも二十《はたち》の青年のむす子で、私はいつでも稚純《ちじゅん》な母。「だらしがないな、羽織《はおり》の襟《えり》が曲《まが》ってるよ、おかあさん、」「生意気いうよ、こどもの癖《くせ》に、」二人は微笑《びしょう》して眺め合う。永劫《えいごう》の時間と空間は、その橋の下の風のように幽《かす》かに音を立てて吹き過ぎる。
二人の想《おも》いは宗教の神秘性にまで昂《たか》められている。恐《おそ》らく生を更《か》え死を更えても変《かわ》るまい。だが、ふとしたことから、私は現実のおまえに気付かせられることがある。すると無暗《むやみ》に現実のおまえに会い度《た》くなる。巴里が東京でないのが腹立たしくなる。
それはどういうとき[#「とき」に傍点]だというと、おまえに肖《に》た青年の後姿《うしろすがた》を見たとき、おまえの家へ残して行った稽古《けいこ》用品や着古《きふる》した着物が取出《とりだ》されるとき。それから、思いがけなく、まるで違ったものからでもおまえを連想させられる。ぼんの窪《くぼ》のちぢりっ毛や、の太《ぶと》い率直《そっちょく》な声音《こわね》、――これ等《ら》も打撃だ。こういうとき、私は強い衝動に駆《か》られて、若《も》し許さるるなら私は大声|挙《あ》げて「タロー! タロー!」と野でも山でも叫《さけ》び廻《まわ》り度い気がする。それが出来ないばかりに、私は涙ぐんで蹲《うずくま》りながらおまえの歌を詠《よ》む。おまえがときどき「あんまり断片的の感想で、さっぱり判りませんね。もっと冷静に書いて寄越《よこ》して下さい」と苦《にが》り切った手紙を寄越さなければならないほどの感情にあふれた走《はし》り書《がき》を私が郵送するのも多くそういうときである。だが、おまえが何といおうとも、私はこれからもおまえにああいう手紙を書き送る。何故《なぜ》ならば、それを止《や》めることは私にとって生理的にも悪い。
おまえは、健康で、着々《ちゃくちゃく》、画業《がぎょう》を進捗《しんちょく》していることは、そっちからの新聞雑誌で見るばかりでなく、この間来たクルト・セリグマン氏の口からも、または横光|利一《りいち》さんの旅行文、読売の巴里《パリ》特派員松尾|邦之助《くにのすけ》氏の日本の美術雑誌通信でも親《した》しく見聞きして嬉《うれ》しい。健気《けなげ》なむす子よと言い送り度《た》い。年少で親を離れ異国の都で、よくも路《みち》を尋《たず》ね、向きを探って正しくも辿《たど》り行くものである。辛《つら》いこともあったろう。辱《はずか》しめも忍《しの》ばねばならなかったろう。一《いっ》たい、おまえは私に似て情熱家肌の純情屋さんなのに、よくも、そこを矯《た》め堪《こら》えて、現実に生きる歩調に性情を鍛《きた》え直そうとした。
「おかあさん、感情家だけではいけませんよ。生きるという事実の上に根を置いて、冷酷《れいこく》なほどに思索《しさく》の歩《あゆ》みを進めて下さい。」
お前は最近の手紙にこう書いた。私はおまえのいうことを素直に受容《うけい》れる。だが、この言葉はまた、おまえ自身、頑《かたくな》な現実の壁に行き当《あた》って、さまざまに苦しみ抜いた果ての体験から来る自戒《じかい》の言葉ではあるまいか。とすれば、おまえの血と汗の籠《こも》った言葉だ。言葉は普通でも内容には沸々《ふつふつ》と熱いものが沸《わ》いている。戒《いまし》めとして永く大事にこの言葉の意味の自戒《じかい》を保《も》ち合って行こう。
私たちがおまえを巴里へ残して来たことは、おまえの父の青年画学生時代の理想を子のおまえに依《よ》って実現さすことであり、また、巴里は絵画の本場の道場だからである。しかし、無理をして勉強せよとも、是非《ぜひ》偉《えら》くなれとも私たちは決して言わなかった。ただ分相応《ぶんそうおう》にその道に精進《しょうじん》すべきは人間の職分《しょくぶん》として当然のことであるとだけは言った。だのに、おまえはその本場の巴里で新画壇の世界的な作家達と並んで今や一《ひと》かどのことをやり出した。勿体《もったい》ない、私のような者の子によくもそんな男の子が……と言えば「あなたの肉体ではない、あなたの徹《てっ》した母性愛が生んだのです」と人々もお前も、なおなお勿体ないことを言って呉《く》れる。
私たちの一家は、親子三人芸術に関係している。都合《つごう》のいいこともあれば都合の悪いこともある。しかし今更《いまさら》このことを喜憂《きゆう》しても始まらない。本能的なものが運命をそう招いたと思うより仕方《しかた》がない。だが、すでにこの道に入った以上、左顧右眄《さこうべん》すべきではない。殉《じゅん》ずることこそ、発見の手段である。親も子もやるところまでやりましょう。芸術の道は、入るほど深く、また、ますます難かしい。だが殉ずるところに刻々《こっこく》の発見がある。本格の芸術の使命は実に「生」を学び、「人間」を開顕《かいけん》して、新しき「いのち」を創造するところに在《あ》る。斯《かか》るときに於《おい》てはじめて芸術は人類に必需《ひつじゅ》で、自他《じた》共に恵沢《けいたく》を与えられる仁術《じんじゅつ》となる。一時の人気や枝葉《しよう》の美に戸惑《とまど》ってはいけない。いっそやるなら、ここまで踏み入《い》ることです。おまえは、うちの家族のことを芸術の挺身隊《ていしんたい》と言ったが、今こそ首肯《しゅこう》する。
私は、巴里《パリ》から帰って来ておまえのことを話して呉《く》れる人|毎《ごと》に必ず訊《き》く、
「タローは、少しは大きくなりましたか。」
すると、みんな答えて呉れる。
「どうして、立派な一人前の方です。」
ほんとうにそうか、ほんとうにそうなのか。
私が訊いたのは何も背丈《せた》けのことばかりではない。西洋人に伍《ご》して角逐《かくちく》出来る体力や気魄《きはく》に就《つい》て探りを入れたのである。
「むすこは巴里の花形画家で、おやじゃ野原のへぼ絵描《えか》き……」
こんな鼻唄《はなうた》をうたいながら、お父様はこの頃、何を思ったかおまえの美術学校時代の壊《こわ》れた絵の具箱を肩に担《かつ》いでときどき晴れた野原へ写生に出かける。黙ってはいられるが、おまえの懐《なつ》かしさに堪《た》えられないからであろう。
底本:「愛よ、愛」メタローグ
1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
1976(昭和51)年発行
※「ちぢりっ毛」の表記について、底本は、原文を尊重したとしています。
《》:ルビ
(例)落付《おちつ》か
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)随分|傷《いた》んで
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#感嘆符疑問符、1-8-78]
-------------------------------------------------------
春は私がともすれば神経衰弱になる季節であります。何となくいらいらと落付《おちつ》かなかったり、黒くだまり込んで、半日も一日も考えこんだりします。桜が、その上へ、薄明の花の帳《とばり》をめぐらします。優雅な和《なご》やかな、しかし、やはりうち閉《とざ》された重くるしさを感じます。日本の春の桜は人の眉《まゆ》より上にみな咲きます。そして多くは高々と枝をかざして、そこにもここにもかしこにも人を待ちうけます――時にはあまりうるさく執拗《しつよう》に息づまるようななやましさをして桜は私の春の至るところに待ちうけます。こんな神経衰弱者の強迫観念や憂鬱《ゆううつ》感は桜にとって唯《ただ》迷惑でありましょう。しかしそれらは却《かえ》って私が桜を多くめでるのあまり桜の美観が私の深処に徹《てっ》し過ぎての反動かもしれません。かりに桜のない春の国を私は想像して見ます、いかに単調でありましょう。あまり単調で気が狂《くる》おう(※[#感嘆符疑問符、1-8-78])そして日本の桜花の層が、程《ほど》よく、ほどほどにあしらう春のなま温い風手《かざて》は、徒《いたずら》に人の面《おもて》にうちつけに触り淫《みだ》れよう。桜よ、咲け咲け、うるさいまでに咲き満《み》てよ。咲き枝垂《しだれ》よかし。
だが、まだ私は、桜花に就《つ》いての憂鬱感や強迫観念を語りやめようとするのではありません。
十年前、私は或《あ》る出来事のために私の神経の一部分の破綻《はたん》を招いたことがありました。私の神経がそのために随分|傷《いた》んでしまいました。その春、私が連れて行かれたその狂院《きょういん》に咲き満ちて居《い》た桜の花のおびただしさ、海か密雲《みつうん》に対するように始め私は茫漠《ぼうばく》として美感にうたれて居るだけでした。が、やがて可憐《かれん》な精神病患者が遊歩《ゆうほ》するのを認めて一種|奇嬌《ききょう》な美の反映をその満庭《まんてい》の桜から受け始めました。無意味ににやにや笑うもの、天を仰《あお》いで合掌《がっしょう》するもの、襦袢《じゅばん》一つとなって、脱いだ着物を、うちかえしうちかえしては眺《なが》むるもの、髪をといたり束《たば》ねたりして小さな手鏡にうつし見るもの、附《つ》き添いに、おとなしく手をとられて常人のごとく安らかに芝生《しばふ》等の上を歩《あゆ》むもの、すべて老若《ろうにゃく》の男女《なんにょ》を合《あわ》せて十人近い患者の群《むれ》が、今しも、病房《びょうぼう》から昼餉《ひるげ》ののちの暫時《しばらく》を茲《ここ》へ遊歩に解放されて居るのだと分《わか》りました。桜花が、しっきりなしにそれらの上へ散りかかります。患者のうちのあるものは、うるさそうにそれを髪から払いのけ、あるものは手を振ってよけました。が多くは、細かい花びらが頬《ほお》を掠《かす》めて胸に入っても、一向《いっこう》無関心でありました。無関心が一層《いっそう》あわれを誘いました。私は、診察の順番を待つ間――一時間近く――うかうかとその場景《じょうけい》に見入って居《お》りました。先刻《せんこく》から、殊《こと》に私の眼をひいた一人の四十前後の男の患者がありました。日露戦争の出征《しゅっせい》軍歌を、くりかえしくりかえし歌っては、庭を巡回《じゅんかい》して居《い》ました、その一回の起点が丁度《ちょうど》私達の立って見て居る廊下《ろうか》の堅牢《けんろう》な硝子《ガラス》扉《とびら》の前なのです。男は其処《そこ》へ来る毎《ごと》に直立して、硝子扉|越《ごし》の私達を見上げ莞爾《かんじ》としては挙手《きょしゅ》の礼をしました。私達もだまって素直に礼を返してやりました。男はそれに満足しまた身を返して広い桜庭を円形に歩み出すのでありました。軍歌は、幅の広いバスで、しかもところどころひどくかすれるのです、それは気のふれたひとの声の特長だとあとで聞きましたが、まことに悲痛に聞《きこ》えました。男は日露戦争中負傷の際に気が狂って以来ずっと茲《ここ》の病房《びょうぼう》の患者であるそうですが、病状は慢性な代《かわ》りに挙措《きょそ》は極めて温和で安全であると聞きました。その可憐《かれん》な男が、私達の前の一回の起点へ来る度《たび》に、一度は一度より増して桜の花片《はなびら》を多く身に着けて来るのでした。とりわけ男の頭へ沢山《たくさん》に散りかかって居る花片の間からところどころ延びた散髪に交《まじ》って立つ太い銀色の白髪《しらが》が午後の春陽に光って見えるのでありました。私はそれを見つけて見る見る憂鬱《ゆううつ》になってしまいました。私に附《つ》き添って居た者が気がついて私を診察室の方へ連れて這入《はい》ろうとした時に、廊下の突き当《あた》りの中庭を隔てた一棟の病房から、けたたましい狂女のあばれ狂《くる》う物音が聞《きこ》え始めました。茲にもたわわに咲きたわんだ桜の枝の重なる下――その病房の一つの窓が真黒く口を開けて居《お》りました。そこからかすかに覗《うかが》われる井の中の様《よう》な病房の奥に二人三人の人間の着物の袖《そで》か裾《すそ》かが白くちらちらと動いて見えました……私はあわてて目を逸《そ》らしました。あわてた視線が途惑《とまど》って、窓辺《まどべ》の桜に逸れました。私はぞっとしました。その桜の色の悽愴《せいそう》なのに。
ずっと前の或《ある》夜、私は友の家の離れの茶室《ちゃしつ》に泊《とま》りました。私は夜中にふと目をさましました。戸の外を、桜|樹立《こだち》がぐるりと囲む……桜が……しんしんと咲き静まった桜樹立が真夜中に……棟《むね》を圧《あっ》して桜樹立が……桜樹立がしんしんと……私は、ぞっとして夜具《やぐ》をかぶった。
私はあくる日の朝日がたけて、その部屋のまわりの桜樹立が明るくあたりにかがやくころ目をさました。私の体は夜具の底にかたく丸まり、じっくりと汗になって居《い》ました。
底本:「愛よ、愛」メタローグ
1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
1976(昭和51)年発行
※「奇嬌《ききょう》」「しっきりなし」「じっくりと汗に」の表記について、底本は、原文を尊重したとしています。
※底本の「聞《きこ》こえ始めました」を「聞《きこ》え始めました」に改めました。
《》:ルビ
(例)拳《こぶし》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一二尺|掠《かす》り除《のぞか》れて
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「水/(水+水)、第3水準1-86-86]
[#…]:返り点
(例)汝所[#レ]居山、
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人間も四つ五つのこどもの時分には草木のたたずまいを眺めて、あれがおのれに盾突くものと思い、小さい拳《こぶし》を振り上げて争う様子をみせることがある。ときとしては眺めているうちこどもはむこうの草木に気持を移らせ、風に揺ぐ枝葉と一つに、われを忘れてゆららに身体を弾ませていることがある。いずれにしろ稚純な心には非情有情の界を越え、彼《ひ》と此《し》の区別を無《な》みする単直なものが残っているであろう。
天地もまだ若く、人間もまだ稚純な時代であった。自然と人とは、時には獰猛《どうもう》に闘い、時には肉親のように睦《むつ》び合った。けれどもその闘うにしろ睦ぶにしろ両者の間には冥通する何物かがあった。自然と人とは互に冥通する何者かを失うことなしに或は争い或は親しんだ。
ここに山を愛し、山に冥通するがゆえに、山の祖神《おやのかみ》と呼ばるる翁《おきな》があった。西国に住んでいた。
平地に突兀《とつこつ》として盛り上る土積。山。翁は手を翳《かざ》して眺める。翁は須臾《しゅゆ》にして精神のみか肉体までも盛り上る土堆と関聯した生理的感覚を覚える。わが肉体が大地となって延長し、在るべき凸所に必定在る凸所として、山に健やけきわが肉体の一部の発育をみた。
翁は、時には、手を長くさし出して地平の線に指尖を擬する。地平の線には立木の林が陽を享けて薄《すすき》の群れのように光っている。翁は地平のかなたの端から、擬した指尖を徐《おもむ》ろに目途《めじ》の正面へと撫《な》で移して行く。そこに距離の間隔はあれども無きが如く、翁の擬して撫で来る指の腹に地平の林は皮膚のうぶ毛のように触れられた。いつまでも平《たいら》の続く地平線を撫で移って行く感覚は退屈なものである。人間の翁がそう感ずると等しく、自然自体も感ずるのであろうか、翁の指尖が目途の正面を越して反対側へ撫で移るまもないところから地平は隆起し、麓《ふもと》から中腹にさしかかり、ついに聳《そび》え立つ峯巒《ほうらん》となる。遠方から翁の指尖はこつ[#「こつ」に傍点]に嵌《はま》ったその飛躍の線に沿うて撫で移って行くと音楽のような楽しいリズムを指の腹に感ずる。地の高まりというものは何と心を昂揚さすものであろう。人を悠久に飽かしめない感動点として山は天地間に造られているのであろう。
火の端《はた》で翁は、つれづれであった。翁は腕を動かして自分の肉体の凸所を撫でまわす。肩尖、膝頭、臀部、あたま――翁の眼中、一々、その凸所の形に似通う山の姿が触覚より視覚へ通じ影像となって浮んで来た。
[#ここから2字下げ]
山処《やまと》の
ひと本すゝぎ
朝雨《あささめ》の
狭霧《さぎり》に将起《たゝん》ぞ
[#ここで字下げ終わり]
翁は身体を撫でながら愛に絶えないような声調で、微吟した。
山又山の峯の重なりを望むときの翁は、何となく焦慮を感じた。対象するもののあまりに豊量なのに惑喜させられたからだった。翁は掌を裏返しに脇腹を焦《じ》れったそうに掻いた。
峯々に雲がかかっているときは、翁は憂《うれた》げな眼を伏せてはまた開いて眺めた。藍墨の曇りの掃毛目《はけめ》の見える大空から雲は剥《はが》れてまくれ立った。灰いろと葡萄《ぶどう》いろの二流れの雲は峯々を絡み、うずめ、解けて棚引く。峯々の雲は日のある空へ棚引いては消え去る。消え去るあとからあとから、藍墨の掃毛目の空は剥離して雲を供給する。峯はいつまで経っても憂愁の纏流《てんりゅう》から免れ得ないようである。それを見ている翁は、心中それほどの苦悩もないのだが、眼だけでも峯の愁いに義理を感じて、憂げに伏せてはまた開くのであった。そのうち翁は眼が怠《だる》くなって草原へごろりと臥《ね》てしまった。雲の去来は翁の眠っている暇にも続けられていた。だが、やがて雲は流れ尽き、峯は胸から下界へ向けて虹をかけ渡していた。
西国にて知れる限りの山々を翁はみな自分の分身のように感じられた。翁は山々を愛するがゆえに、それ等の山々の美醜長短を、人間の性格才能のように感じ取った。事実、山には一目見ただけでも傲慢であったり、独りよがりのお人好しであったりしそうな性格に見立てられるものがある。翁がみるところによると、どの山の性格でも翁自身の性格の中に無い性格はなかった。中には自分に潜んでいて、却《かえ》って山に現れ出て、逆に自分に気付かせられるようなこともあった。翁は山を愛するが、しかし山を惧《おそ》れ、そして最後に山を信じた。
翁は妻との間にたくさんこどもを生んだ。こどもが生れて一人動きできるようになると、翁はこれを山に持って行って置いて来た。
山の麓にこどもを置去りにして来て、果してそれで育つものかどうか危ぶまれた。しかしどこへ置いたところでその幸《さち》のないものは、育った方が却って面白からぬことになるような育ち上りをしてしまうかも知れない。それなら一っそ、こどもを好きな山に賭けよう。山が育つべく思うほどのこどもなら山は育てよう。少くともこれほど信頼する山が悪しゅうは取計う筈はあるまい。もしこの上にして育たぬようだったら、山よ、わたしは諦める。だが、山よ、出来得べくはなる丈《た》け育てて呉れ。翁はこどもを山の方に捧げ、ひょこひょこひょこと三つお叩頭《じぎ》をして、置いて帰った。愛別離苦の悲しみと偉大なものに生命を賭ける壮烈な想いとで翁の腸は一ねじり捩れた。こどもを山にかずける度びに翁の腹にできたはらわたの捻纏《ねんてん》は、だんだん溜って翁の腹を縲《にな》の貝の形に張り膨らめた。それに腹の皮を引攣《ひきつ》られ翁はいつも胸から上をえび[#「えび」に傍点]蔓《づる》のように撓《たわ》めて歩いた。
こどもの中には餓え死んだり、獣の餌になるものもあったが、大体は木の実を拾って食い、熊、狼の害を木の股、洞穴に避けて育った。山は害敵とそれを免れるものと両方を備え無言にして生命それ自ら護るべき慧智を啓発した。
こどもたちは父親の翁に似て山が好きだった。その性分の上にあけ暮れ馴染む山は、はじめは養いの親であり、次には師であり、年頃になれば睦ぶ配偶でもあった。老年には生みの子とも見做される情愛が繋がれた。死ぬときには山はそのまま墓でもあった。しかし、生涯、山に親しみ山に冥通する何ものかを得たこどもたちは、老年に及び死を迎えるまえに生命を自然の現象に置き換える術を学び得ていた。彼等は死の来る一息まえ、わがいのちを山の石、峯の雲に托した。それゆえ彼等は悠久に山と共に鎮《しずも》り、峯に纏《まと》って哀愛の情を叙することができる。
翁はその多くのこどもを西国の名だたる山に、ほぼ間配《まくば》りつけた。比叡、愛宕、葛城、鈴鹿、大江山――当時はその名さえ無かったのだが、便利のため後世の名で呼んで置く――山ほどの山で翁のこどもの棲付かぬ山もなかった。
山に冥通を得たこどもたちは、意識に於て「妙」というほどの自在を得た。離れたときには山と自分と相対した二つとなり、融ずるときには自分を山となし、或は山を自分とする一致ができた。山におのおの特殊の性格があることは前の条で説いた。こどもたちは育った山の性その如き人間となった。身体つき容貌まで何やら山の姿、峯の俤《おもかげ》に似通って見えた。西国の山は冬は脱ぎ夏は緑を装った。こどもたちも亦《また》冬は裸に夏は藤ごろもを着た。緑の葉に混る藤の花房が風にゆらいで着ものから紫の雫《しずく》を撥《は》ねさした。
もとより山のことにかけては何事でも暗《そら》んじているこどもを、麓の土民たちはその山の神と呼んだ。そして侍《かしず》き崇むる外に山に就ての知識を授けて貰った。たつきの業《わざ》を山からかずけられて生活する麓の土民は、山の秘密や消息を苦もなく明す人間を、感謝し、惧《おそ》れ、また親しんだ。ときどきは神秘に属する無理な人間の願事《ねぎごと》をも土民はこどもに山へ取次ぐよう頼んだ。こどもは苦笑しながら、しかし引受けた。冥通の力によって山に土民たちの望むことを聴き容れさしてやった。土民たちは助った。
山の祖神《おやのかみ》の翁は西国の山々へはほとんどこどもを間配り終り、その山々の神としての成長をも見届けた。いまは望むこともないように思われた。ただ東国に目立った二つの山があって神々を欠くという噂を聞いていた。それは、どんな容貌性格の山だろうか、その性格は自分如きには無い性格の山だろうか。まだ見ぬ東国の山は翁に取っていま、一層に、慕《した》わしいものとなった。それへも骨肉を分けて血の縁を結んだなら自分の性格の複雑さも増す思いで、分身を雲の彼方にも遺す思いで、自分はどのようにかこの世に足り足らいつつ眼が瞑れることだろう。翁に、末のこどもの姉と弟があった。深く寵愛していたのでまだどこの山へも送らず、手元で養っていたのであるが、翁はとうとう決心した。翁は姉と弟を取って東路《あずまじ》へ帰る旅人の手に渡した。翁は眷属《けんぞく》の繁栄のため、そのおもい子を遥なるまだ見ぬ山の麓へおもい捨てた。
自然に冥通の人間の上に、自然が支配する時間の爪の掻き立て方は人間から緩急調節できた。翁の上に幾たびかの春秋が過ぎた。けれども、翁の齢《よわい》の老《おい》に老の重なるしるしらしいものは見えなかった。翁は相変わらず螺の腹にえび[#「えび」に傍点]蔓の背をしてこそおれ、達者で、あさけ夕凪には戸外へ出て、山々の方を眺めた。そして心の中で、わが眷属は、分身は、性格の一面は、と想った。想う刹那《せつな》に、山々の方から健在のしるしの応《うけ》答えが翁の胸をときめかすことによって受取られた。翁は手をその方へ掲げて、彼等を祝福した。
ただ東国の方へ遺った、まだ見ぬ山に棲める筈の姉と弟の方からは、翁のこれほどの血の愛の合図をもってしても何の感応道交も無かった。翁は白い眉を憂げに潜め
「除汝《なおきて》、除汝《なおきて》、はや」
そういって力なく戸の中に戻った。
空間といえども自然の支配下のものであろう。自然に冥通を得た翁の、僅にあずまと離れた空間の隔りに在る二人のいとし子に冥通の懸橋をさし懸けられぬいわれはなかった。だが翁の心に於て、まず最初に、こどもの存否を気遣う疑念があった。懐疑、躊躇《ちゅうちょ》、不信、探りごころ――こういう寒雲の翳は、冥通の取持つ善鬼たちが特に働きを鈍らす妨げのものであった。この翳が心路の妨げをなすことはただ[#「ただ」に傍点]人同志の間にもあることであろう。危む相手にまごころをば俄《にわか》にはうち出しにくい。
翁は謙遜《けんそん》な人であった。たとえ長寿を保つことに自在を得ているにしろ、翁は人並を欲した。翁はこの時代の人寿のほどを慮《おもんばか》っておよそこれに做《なら》おうとした。その目安をもって計るに、もはやわが期すべき死は生き行きつつあるいまの日よりだいぶ前に過ぎ越している。翁は苦笑しながら直ちにも雲を変じ巌に化しても大事ないとは思った。しかし人間に居し人情を湛えた生涯を尽す最後の思い出にはどうか東国に送った二人のこどもの身の上を見定めてからのことにしたいと考えた。すでに死を期しては月色に冴えまさり行く翁の心丹に一ひら未練の情がうす紅色に冴え残った。翁は意識にこれを認めると、ぽたりぽたりと涙を零した。
翁は、螺の腹にえび蔓の背をしたまま旅の餉《かれいい》を背負い、杖を手にして東路に向った。妻は早く死に、陽のさす暖い山ふところの香高い橘の木の根方に泰《やす》らかに葬ってある。もはやうしろ髪ひかるる思いのものは西国には何ものも無かった。
鶏《とり》が鳴いて東《あずま》の国の夜は開けかけた。翁はきょうこそ見ゆれと旅路の草の衾《ふすま》から起上がった。きょうもまた漠々たる雲の幕は空から地平に厚く垂れ下り、行く手の陸の見晴しを妨げた。風は※[#「水/(水+水)、第3水準1-86-86]々《びょうびょう》たる海面から吹き上げて来て空の中で鳴った。風の仕業《しわざ》か雲の垂幕は無数の渦を絡み合せながら全体として、しずかにしずかに、東の方へ吹き移されて行く。いくら吹き移されても雲の垂幕は西のあとから手繰《たぐ》られて出た。翁は目あての山の一つが見える筈の東国へ足を踏み入れてから毎日この雲の垂幕に向って歩んでいる。山の祖神《おやのかみ》の翁はその冥通の力をもって、これはこの山は物惜しみする中年女の山なのではあるまいかと察した。また恥かしがりやの生娘の山なのではあるまいかとも思った。西国の山にかけては冥通自在な翁も、東国へ足を踏み入れ東国の山に対するとき、つい不勝手な気がしてその冥通の働きをためらわした。そこに判断を二亙《ふたわた》らす障《さわ》りがあった。
季節は初冬に入っていた。旅寝の衣には露霜が置いていた。翁は湿り気をふるって起上った。僅かに残っている白い鬢髪からも、長く垂れた白い眉尖からも雫が落ちた。雨風に曝され見すぼらしくなった旅の翁をどこでも泊めようとしなかったのだ。翁は煩わしく雫を払いながら朝餉《あさがれい》を少し食べた。持ち亙って来た行糧ももはやほとんど無くなっていた。翁は朝餉を食べ終ると冷えた身体を撫でさすりいささかの暖味に心を引立たして貰って、きょうの旅路の踏出しにかかった。
鶏はおちこちで鳴き盛って来たが、行く手の垂れ雲は晴れようともしなかった。捲き返す浪打際のいさごを踏んで翁はとぼとぼと辿《たど》って行った。海上の霧のうすれの明るみに松の生え並ぶ白州の浜が覗かれた。翁は島かとも見るうちにまた霧に隠れた。
その日の夕近く、翁は垂れ雲を左手にした、垂れ雲の幕の面を平行する行路の上を辿るようになった。落日の華やかさもなく、けさがたからの風は蕭々《しょうしょう》と一日じゅう吹き続けたまま暮れて行くのであるが、翁には心なしか、左手の垂れ雲の幕の裾が一二尺|掠《かす》り除《のぞか》れて行くように思われた。あたりが闇に入る前に、翁はその幕の掠り除れた横さまの隙より山の麓らしい大ような勾配を認めたように思った。
草枕、旅の露宿に加えて、夢も皺《しわ》かく老の身ゆえに、寝覚めがちな一夜であるのはもっとものことだが、この夜は別けて翁をして寝付かれしめぬものがあった。翁は興奮に駆られて自ら歓びをたしなめる下からまた盛り上る歓びにうたた反側しながら呟いた。
「山近し、山近し」
と。
あくる日は翁は一日歩いて、また一二尺掠り除かれた雲の裾から山の麓《ふもと》を、より確かに覗き取ったが、歩めども歩めども山の麓の幅の尽きらしい目度《めど》を計ることができなかった。
年寄の歩みはたどたどしいにしても翁は次いで三日も歩んだ麓の幅を計ることはできなかった。
これはひょっとしたらいくつかの山の麓が重り合っているのではないかと翁は疑った。でなければ、麓の丸の縁《へり》に取り付いてぐるぐる廻りをしているのではあるまいかとも思った。
雲の裾は、今度は数間の丈けに掠り除られ、そのまま止まって少しも動かなくなった。その拡ごりの隙より、今や見る土量の幅は天幅を閉《ふた》ぎて蒼穹は僅かに土量の両|鰭《ひれ》に於てのみ覗くを許している土の巨台に逢着した。翁は呆《あき》れた。これが普通いう山の麓であることか、おおらおおら。
翁は、慄えながら行き合せた野の人に訊ねた。そして、山は福慈岳《ふくじのたけ》、います神は福慈神《ふくじのかみ》というのであると教えられた。
たそがれは天地に立籠め、もの皆は水のいろに漂いはじめたが、ただ一つ漂わされぬものがあって山ふもとの薄明りの野に、一点の朱を留めていた。それは庭の祭りのかがり火であった。神楽《かぐら》の音も聞えて来る。
かがり火は、薪木の性と見え、時折、ぷちぱちと撥ね、不平そうに火勢をよじりうねらすが、寂莫たる天地は何の攪《か》き乱さるる様子もなく、天地創ってこのかた、たそがれちょうものの待つ、それは眠るにも非ず覚めたるにも非ざる中間に於て悠久なるものを情緒に於て捉《とら》えようとするかれ持前の思惟の仕方を続けている。水のいろをかがり火のまわりに浸して静に囲んでいる。
かがり火も張合いがなく、まもなく火勢をもとの蕊《しべ》立ちの形に引伸し焔《ほのお》の末だけ、とよとよとよとよと呟かしている。神楽の音が聞えて来る。
晩秋の夕の露気に亀縮《かじか》んだ山の祖神《おやのかみ》の老翁は、せめてこのかがり火に近寄ってあたりたかったが、それは許されないことである。今宵のこの庭のかがり火は純粋な神のみが使う資格のある聖なる祭の火であった。一点の人情をつけて恋々西国より東国へ娘の生い立ちにを見に下った螺の如き腹にえび蔓のような背をした老翁は、たとえ自然には冥通ある超人には違いないが、なお純粋の神とはいわれなかった。生きとし生けるものの中では資格に於ていわば半人半神の座に置かるべきものであった。
娘の福慈《ふくじ》の神もそれをいい、純粋の神の気を享けて神の領から今年、神がはじめてなりいでさせ給うた神のなりものによって純粋の神を餐《あえ》まつることのよしを仲立に、一元に敏《と》く貫くいのちの力により物心両様の中核を一つに披《ひら》いて、神の世界をまさしく地上に見ようとする純粋にも純粋を要する今宵の祭に、鶏の毛ほどでもこと[#「こと」に傍点]人の気のある生けるものは、たとえ親でも遠慮して欲しいといった。娘の神が神としていちばん大事な修業をする間、少しでも娘の気を散らさないよう、爪の垢《あか》ほどの穢《けが》れを持来さしめぬよう心懸けて呉れるのがほんとの親子の情だといった。
山の祖神は、山の裾野へさしかかって四日目にもう一日歩いて、たそがれ、かがり火を認めてたずね寄ったのではあったが――
東の国のまだ見ぬ山へ、神として住みつきもやすると思い捨てた覚悟のもとに旅人に托けて送った末の娘が、思い設けたより巨岳の山の女神となって生い立ちなりわいつつあるのに、山の祖神は首尾よくめぐり会ったには違いないが――
その夕は相憎《あいにく》とこの麓の里で新粟を初めて嘗むる祭の日であり、娘の神の館は祭の幄舎《あくしゃ》に宛てられていた。この祭には諱忌《きき》のあるものは配偶さえ戸外へ避けしめる例であった。生みの親の、その肉親の纏白《てんぱく》の情は、殊に老後の思い出に遥々たずね当った稀《まれ》なる歓びは心情の捻纏を一層に煩わしくしよう。娘の神は父の老翁に、こういう慮りから、宿は村里の誰かの家へ取ってあげますから、祭の今夜一夜だけは自分の家をば遠慮して欲しいと頼んだのであった。
翁のふる郷の西国の山々にも新粟を初めて嘗むる祭はあった。しかしかかる純粋と深刻さで執り行う祭を、修業としての心得を、翁は東国へ来て生い立った娘の神からして始めて聞いた。
翁は娘の神が口にしたこと[#「こと」に傍点]人という言葉をしきりに気にした。遥々尋ねて来た生みの親に向ってこと[#「こと」に傍点]人だという。何という薄情な娘なのだろう。しかしわけを聞いてみればその道理もないことはない。ふる郷を立つときから紅色に萌し始めた人情の胸の中の未練のほむらは子の慕わしさにかき立てられ旅の憂さに揺り拡げられ、こころ一面に燃え盛っている。福慈の神に出会い一目それをわが娘と知るや無我夢中になってしまって、矢庭《やにわ》に掻き抱こうとした旅塵の掌で、危うく白妙《しろたえ》の斎《いつき》の衣を穢《けが》そうとして、娘に止められて気が付いたほどである。これからしてみれば、一夜の間は心を静め澄さねばならない女神の斎《いつき》の筵《むしろ》にかかる動きゆらめくものが傍におることは親とはいえ娘の神の為めにならないことは判り切った話だ。ならば娘の神のいう通り村里へ下って娘の神のいい付けて呉れた誰かの家へ行って泊ってもやり度い。だが翁にはそれはできなかった。
娘の神が自分をこと[#「こと」に傍点]人といったのは今夜の神聖に対し一夜だけのことにしていったのであろうか、それとも幼くして遥な国へ思い捨てた父に対しての無情の恨みの根を今も深く持ち添えそれでいったのであろうか、それが気になった。前の方の理由からならば一夜ぐらい離れていることはとかくに辛棒はしてもいい。しかし後の方の理由からとしたならこれは卒爾《そつじ》には済まされんことだ。そうしたことには山の祖神として自分にわけも気持もあってしたことの解き開きを娘の神にとくと諾《うなず》かして、根に持つ恨みを雪解の水に溶き流さすまではかの女の傍からは離れられない。そのことで今世の親子の縁は切られ度くない。そう思ってかさにかかって翁の娘の神に詰め寄りなじりかかろうとする刹那に神楽の音が起り祭が始ってしまった。本意なくも庭外まで退いたのであったが。腹はむしゃくしゃすると同時に堪えぬなつかしさの痛み、悔いないでよいことへの悔い――そういったことでごちゃごちゃになっていた。せめて娘の姿の望まれるところでしばらく心を宥《なだ》めよう。それにしても子というものは、しばらく離れてめぐり会った子というものは何と人間のような血の気を神の胸にも逆上さすものであろう。これが大自然に対しては冥通自在を得た山の祖神ともいわれるものの心行かよ。翁は庭のはずれの台のところに来て蹲《うずくま》りながら苦笑した。
台の傾斜からは麓の野を越して、たそがれの雲の帳《とばり》が望まれた。上見ぬ鷲の翔らん天ぎわから地上へかけて雲の帳は相変らずかけ垂れていたが、深まり来るたそがれの色にあらがうように帳の色は明るく薄れ行きつつある。それにつれて帳の奥の福慈岳《ふくじのだけ》の姿はいまや山の祖神の前に全積を示しかけて来た。祖神の翁は片唾《かたず》を呑んだ。
およそ山を見るほどのものの胸には山の高さに対して心積りというものがある筈である。見るほどのものはあらかじめの心積りの高さを率て実山に宛嵌《あては》め眺めるのであった。実山の高さが見るものの心積りの高さにかなりの相違があっても、全然見るものの心積りを根底から破却し去らない限り、そこに観念なるものと実在なるものと比較し得られる桟《かけ》はしがあってその上に立ち見るものをして両端の距りを心測して愕《おどろ》きの妙味を味い得しめるよすががある。ここにもし実在が観念と別な世界ほどの在りようで比較の桟はしを徹し去らるるときわれ等の心路は何によって味覚に達すべき。かかるとき愕きもない平凡もない。強いていおうならば北斗南面して看るという唐ようの古語にでも表現を譲《ゆず》るより仕方はあるまい。
さて、山の祖神の老翁は、雲の帳に透く福慈岳の全積を、麓の方から目途を攀らして頂《いただき》へと計って行った。麓の道を横に辿《たど》ってその幅によりこれは只事でないと感じ取った翁の胸には、福慈岳の高さに就ても、その心積もりに相当しんにゅう[#「しんにゅう」に傍点]をかけたものを用意していた。翁はそれを目度《めど》に移して山の影を見上げて行った。翁は息を胸に一ぱい吸い込み思い切り見上げたつもりでそこで眼を止めた。山の峯はまだそこで尽きようともせぬ。翁の息の方が苦しくなった。翁はそこであらためて息を肺に吸い更え、もそっと上へ目度を運び上げて行った。
また息の方が苦しくなったけれども山の高さは尽きようともしない。螺の腹でえび蔓の背をした老いの身体は後の丘の芝にいまや倒れるばかりに仰向いて天空を見上ぐるのであった。
それかあらぬか、翁は天宙から頭上へ目庇《まびさし》のように覆い冠って来る塩尻の形の巨きな影を認めたかに感じた。そのときもはや翁の用意していた福慈岳に対する高さの心積りはあまりの見込み違いに切って数段に飛ばし散らされていた。翁は身体を丘の芝に上から掴み押えられた窮屈な形を強いて保ちながら愕き以上のものに弄《なぶ》られている。翁に僅に残っている頭の働きはこういうことを考えている。これが同じ地上に在って眺めらるものの姿であるのか。この仰ぎ見る天空の頂は麓の土とどういう関係に在るのか。麓はよし地上の山にしろ、頂はそれに何の縁もない雲に代って空から湧くまた一つの気体の別山なのではあるまいか。南の海の※[#「虫+亢」、279-10]螺《ごうら》が吐くという蜃気が描き出す幻山のたぐいではあるまいか。幻山を証拠立てるよう塩尻がたの尖から何やら煙のようなものの燻《くすぶ》り出るのが見えるようでもある。
薄れ明るむ雲の垂れ幕とたそがれる宵闇の力とあらがう気象の摩擦から福慈岳の巨体は、巨体さながらに雲の帳の表にうっすり浮出で、または帳の奥に潜って見えたりする。何という大きな乾坤《けんこん》の動きであろう。しかも音もなく。呆れた夢に痺《しび》れさせられかけていた翁の心は一種の怯えを感ずるとぶるりと身慄いをした。翁の頭の働きはやや現実に蘇《よみがえ》って来る。
翁は西国に於て、山ちょう山により自然と人間のことはほとんど学び尽し、性情にもあらゆる豊さを加えたつもりでいた。また永い歳月かかって体験から築き上げた考えと覚悟はもはや何物を持って来ても壊せず揺ぎないものと思っていた。ところがいま、模索した程度に過ぎないものの、福慈岳の存在に出遇ってみると、それ等のものは一時にけし飛び、自分なるものを穴に横匍う蘆間の蟹のように畸形にも卑小に、また、経めぐって来た永い歳月を元へ投げ戻されてただ無力の一|孩児《がいじ》とにしか感じられない。
「これは何ということだ。上には上があるものだ」
翁は人の世の言葉ではじめてこういった。物の絶大の量と絶大の積は説明なくしてそれが一つの力強い思想として影響するものであることを翁は悟らせられた。
「負けたよ」
翁はこうもいった。
山と山神とは性格も容貌も二つに分つべからざる関係を持つことは翁が西国の諸山に間配って諸山の山神に仕立てた自分の子供たちによって知れるところのものである。この山の岳神となったわが娘福慈神の性格が果してこの山の如くならば、自分がこの娘に対して抱く考えも気持もまるで見当外れである。およそ桁《けた》が違っていよう。そしてまた西国の諸山と諸山に間配った自分の子どもたちの性格はおよそ山の祖神自身の性格の中に在るものであり、たとえ無かったものにしろそれは新に嚥《の》み入れて自分の性格の複雑さを増し得た程度の積量のものであった。それゆえ自分はかれ等を分身と思い做され、総ての上に臨んで自分は山の祖神であったのだが、いまこの山の娘の神に向ってはまるでそういうこともそうすることも覚束《おぼつか》なくも思われる。
「この山は嚥み切れない。もしもそうしたなら、自分の性格の腹の皮の方が裂けよう」
翁はいまにもそれを恐れるように大事そうに螺の如き自分の腹を撫でた。
夕風が一流れ亙った。新しい稲の香がする。祭の神楽の音は今|将《まさ》に劉喨《りゅうりょう》と闌《たけなわ》である。
翁が呆然眺め上げる福慈岳の山影は天地の闇を自分に一ぱいに吸込んで、天地大に山影は成り切った。そう見られる黝《くろず》み方で山は天地を一体の夜色に均《なら》された。打縁流《うちよする》、駿河能国《するがのくに》の暮景はかくも雄大であった。
神の道しるべの庭のかがり火は精気を増して燃えさかっている。
山の祖神の翁は、泣いていいか笑っていいか判らない気持にされながら、かがり火越しに幄舎《あくしゃ》の方を観る。
わが子でありながら超越の距《へだた》りが感じられる福慈の神は、白の祭装で、※[#「木+若」、第3水準1-85-81]机《しもとづくえ》に百取《ももとり》の机代《つくえしろ》を載せたものを捧げ、運び行くのが見える。
長なす黒髪を項《うなじ》の中から分けて豊かに垂れ下げ、輪廓の正しい横顔は、無限なるものを想うのみ、邪《よこしま》なる想いなしといい放った皎潔《きょうけつ》な表情を保ちながら、しら雲の岫《くき》を出づる徐《おもむろ》なる静けさで横に移って行く。清らかな斎《いつき》の衣は、鶴の羽づくろいしながら泉を渡るに似て爽かにも厳《おごそ》かである。
蛍光のような幽美な光りが女神の身体から照り放たれ、その光りの輪廓は女神の身体が進めば闇に取り残され、取残されては急いで、進む女神の身体に追い戻る。
常陸《ひたち》の国の天羽槌雄神が作った倭文布《しずり》の帯だけが、ちらりと女神の腰に艶なる人界の色を彩《あやど》る。
翁はわが子ながら神々しくも美しいと見て取るうち、女神の姿は過ぎた。
娘の神が捧げて過ぎた机代のものの中で、平手《ひらて》に盛った宇流志禰《うるしね》の白い色、本陀理《ほだり》に入れたにいしぼり[#「にいしぼり」に傍点]の高い匂いが、自分に絶望しかけて凡欲の心に還りつつある翁の眼や鼻から餓えた腸にかぐわしく染みた。
翁はから火を見ながらかさかさ乾いて亀縮《かじか》む掌を摩り合わせて「娘が子というものは」と考えた。
「手頃の育て方をして置くものだ」
と、これは口に出していった。
「あの娘は、あまり偉くなりすぎたよ」
口惜しさと悔いがぎざぎざと胸を噛んだ。
「あれじゃ、まるで取り付くしまもありはしない」
ふと、翁にふる郷の西国の山と山神が懐しまれた。あれ等のものにはつんもりとした、ちょうど愛の掌で撫で廻される手頃なものがある。それ等の山には背があれば必ず山隈や谷があった。そのようにこどもの山神たちにも秀でた性格の傍、叱りたしなめはするがそれによってまた憐れみがかかり懐き寄せられもする欠点なるものがあるのだったが。
この山の娘にはそれが無い。美しく偉いだけで親さえ親しめる隙が無さそうである。
「この娘を東国へ旅人の手に托《かず》けて送ったときの気持に戻って、いっそ、この娘を思い捨てるか。それにしてはこれだけになったものを、あまりに惜しい気もする。第一、山神の眷属の中からこれ程の女神を出したことは、山の祖神としていかなる気持の犠牲を払っても光栄とすべきではないか」
そう思うまた下から、親ごころの無条件な気持でもって「娘よ」と呼びかけても、かの女の雪膚の如き玲瓏《れいろう》な性情に於て対象に立ち完全そのものの張り切り方で立ち向われて来るときの、こなたの恥さえ覚えるばかりの手持無沙汰を想像するとき、やはり到底、親子としては交際《つきあ》い兼ねる女なのではあるまいかと、懸念がすぐ起って来るのでもあった。
とつおいつ思いあぐねるうち、いよいよ無力の孩児《がいじ》としての感じを自分に深めて来た老翁は、いまは何もかもかなぐり捨て、ひたすら娘に縋《すが》り付き度くなった。それは福慈神に向って娘としてよりも母らしいものへの寄する情に近かった。偉れて立優っているこの女神に対しこの流れの方向の感情に心を任せるとき、却って気持は自然に近いことを老翁は発見した。
女神が捧げものを徹して持ち帰る姿が望まれた。
翁は堪られなくなって声をかけた。
「娘よ。福慈神よ」
それは始めから哀訴の声音だった。
女神の片眉が潜められたが声は美しく徹っていた。
「あら、まだ、そこにいらっしゃいますの。お寒いのに、なぜ、おとり申上げた村里の宿へお出でになりませんの」
翁は頑是《がんぜ》ない子供が、てれながら駄々を捏ねるように、掌に拳を突き当てつつ俯向《うつむ》き勝ちにいった。
「寂しいんだよ」
「では、どうして差上げたらよろしいのでございましょう」
「どんな端っこでもいい、おまえの家へ泊めとくれよ」
翁の声は小さかったが強訴の響は籠っていた。「おまえの居ると同じ屋の棟の下にいれば気が済むのだから、決して祭りの邪魔はしないのだから」
「それが、おさせ申上られないことは、お出でにすぐ申上げたではございませんか。無理を仰《おっ》しゃっては困りますわ」
娘の声は美しく徹ったまま、山が頂より麓へ土を揺り据えたように、どっしりとした重味が添わって来た。その気勢に圧せられた翁は、却ってあらがう気持を二つ弾のような言葉で、あと先立て続けに女神へ向けて放った。
「情のこわい女だぞ」「何をまだ、この上、親を断っても修業の祭をしようというのだ。いやさ、これほど出来上った山やおまえに何の力や性格を増し加えようというのだ、慾張り」
女神は、しばらく黙って父の翁のいう言葉の意味の在所を突き止めていたが、やがて溜息をついたのち、静にいった。
「結局、おとうさまは、山の祖神の癖にこの福慈神だけはお知りになっていないことに帰着いたしますわね。よろしゅうございます、暁の祭までにはまだ間の時刻もございます。お話いたしましょう」
といって、ちょっと美しく目を瞑り考えを纏《まと》めているようだったが、こう語り出した。
「おとうさま、この福慈岳は火を背骨に岩を肋骨《ろっこつ》に、砂を肉に附けていて少しの間も苦悩と美しさと成長の働をば休めない大修業底の山なのでございますわ。見損じて下さいますな」
雨気が除かれたかして星が中天に燦《きら》めき出した。天空より以下巨大な三角形の影をもちて空間を阻み星が燦めきあえぬ部分こそ夜眠の福慈岳の姿である。頂の煙のみ覚めてその舌尖は淡く星の数十粒を舐《ねぶ》っている。
「わたくしが」
と福慈の女神は静に言葉をついだ。女神の顔は氷花のように燦めき、自然のみが持つ救いのない非情と、奥底知れない泰らかさとが、女神の身体から狭霧のようにくゆり出す。
岳神が変貌して、そしてこういうふうに言い出すとき、その「わたくし」は、最早岳神みずからのことを指すのではなかった。岳神が冥合しているところの山そのものを岳神の上で語らしめるその「わたくし」であった。
山の祖神はさすがに、それとすぐ感じ取り、啓示を聴く敬虔《けいけん》な態度で、両の掌を組み合せ、篝火《かがりび》越しに聴こうとする。組んだ指の一二本だけ、組み堅め方を緩めて、ひょくひょく蠢《うご》めかしているのは、娘が何を言い出すことやらと、まだ、親振った軽蔑の念と好奇心と混ったものを山の祖神がいささか心に蓄えていることの現れと見れば見られる。
「わたくしが、わたくし自身を知ったということの誇らしさ、また、辛さ。それを何とお話したらよいでございましょう。判って頂ける言葉に苦しみます。ここでは、ただそれが、いのちを張り裂くほどの想いのもので……而《し》かも、たとえ、いのちが張り裂けようとて、心は狂いも、得死ぬことすら許されず、窮極の緊張の正気を続けさせられるという気持のものであるというぐらいしか申上げられないのを残念に思います」
と言って、女神は、ここで溜息を一つした、白い息が夜気に淡くにじんだ。
「わたくしが、物ごころついた時分からでも、この大地の上に、四たびほど、それはそれは永く冷たい歳月と、永く暖かい歳月が、代る代る見舞うたのでありました」
冷たい時期の間は、鈍《おぞ》く寒い大気の中に、ありとあらゆるものは、端という端、尖という尖から、氷柱《つらら》を涙のように垂らして黙り込んでいた。暖かい時期の間は、このわたりの林の中にもまめ[#「まめ」に傍点]桜が四季を通して咲き続け、三光鳥のギーッギーッという地鳴き一年じゅう絶間なかった。
「そして只今、この大地は、四度目に来た冷い時期の、そのまた中に幾たて[#「たて」に傍点]もこまかく冷温のきざみのある、ちょうどその二つ目の寒さの峠を下り降った根方の陽気の続いている時期にあるのでございます」
まめ[#「まめ」に傍点]桜はひと年[#「ひと年」に傍点]の五月に一度咲き、同じその頃、三光鳥はこの裾野の麓へ来て鳴く。生けるものにはここしばらく住み具合のよい釣合いのとれた時期の続きであるだろう。
「この大地は、島山になっております。蜻蛉《あきつ》の形をしたこの島山の胴のまん中に、岩と岩との幅広い断《き》れ目の溝があって、そのあわいから、わたくしは生い立たせられつつあるのを見出したのでした」
西の海を越えて、うねって来た二つの大きな山の脈系、それは島山の胴の裂け目を界にして南北に分けられる。そのおのおのには、内側のものと外側のものとの脈帯の襞《ひだ》が違《たが》っている。それすら、複雑|蟠纏《ばんてん》を極めているのに、下より突き上げ上から展《の》し重なるよう、十一の火山脈が縦横に走る。
かくて、この島山は、潮の海から蜻蛉型に島山の肩を出すことが出来たのであった。重ね重ねの母胎の苦労である。その上、重く堅い巌《いわお》を火の力により劈《つんざ》き、山形にわたくしを積み上げさせたということは、仇《あだ》おろそかのすさびに出来る仕事ではない。非情の自然が、自らその頑《かたくな》な固定性に飽いて、抗《あらが》い出た自己嫌悪の旗印か、または非生の自然に却って生けるものより以上の意志があって、それを生けるものに告げようとする必死の象徴ででもあるのであろうか。
あるべきもののある理由は、そのものになり切ったものにしてはじめて頷《うなず》けるほど、深刻なものであるのであった。山一つさえその通り――
「まだそのときのわたくしは、きしゃな細火を背骨にし、べよべよ撓《しな》るほどの溶岩を一重の肋骨として周りに持ち、島山の中央の断《き》れ目から島地の上へ平たく膨れ上っただけの山でした」
世の中は、ただうとうとと、あま葛の甘さに感じられた。ただひとりぽっちが寂しかった。
幼い青春が見舞った。「環境《わたり》」と「誰《た》」を感じた。突き上げて来た物恋うこころ。自らによって他を焼き度く希う情熱をはじめて自分は感じた。
自分は眩暈《めまい》がして裂けた。息を吹き返して気が付いたときに、自分は見る影もない姿に壊れていた。胸から噴き流れて凝った血が、岩となって二枚目の肋骨としてまわりに張っていた。
自分は泣く泣く砂礫を拾って、裸骨へ根気よく肉と皮を覆うた。
しばらく、爽かで湛えた気持の世の中が見廻わせた。自分は第二の青春を感じた。
同じく物恋うるこころ、それには、「疑い」と「恥かしさ」が、厚い殻となって冠っていた。それをしも押しのけて、自らによって他を焼き尽そう情熱、自分はまたしても眩暈《めま》いがした。裂けた。息を吹き返して気が付いたときに、自分は醜い姿に壊れていた。けれども自分の胸から噴き流れて凝った血は、三枚目の肋骨となって、まわりに張っていた。自分は泣く泣く砂礫を拾って裸骨へ根気よく砂礫の肉と皮を覆った。
しばらく、物|憂《う》く、嫉《ね》たく、しかも陽気な世の中が自分に見《まみ》えた。自分は娯しい中に胸迫るものを感じ続けて来た。
第三の青春を感じた。
同じく物恋うるこころに変りはないけれども、自分はそれにも増して、「知る」ということの惧《おそ》ろしさとうれしさを始めて感じ出した。これほどに壊れても裂けても、また立上って来る自分。蘇っては必死に美しさに盛返そうとするちから[#「ちから」に傍点]。これは一体何だろう。他と競いごころを起すこの自分は一体何だろう。自分を自分から離して、冷やかに眺めて捌《さば》き、深く自省に喰い入る痛痒《いたがゆ》い錐揉《きりも》みのような火の働き、その火の働きの尖は、物恋うるほど内へ内へと執拗《しつこ》く焼き入れて行き、絶望と希望とが膜一重となっている胸の底に触れたと思ったとき、自分はまた裂けた。蘇って壊れた自分を観ると、そこにはまた第四の肋骨が出来上っていた。
自分はそれに砂礫の肉と皮をつけた。
しばらく、明暗が渦雲のように取り組む世の中に眺められる。自分を剖《さ》き分けて、近くへ寄ってみれば、焼石、焼灰の醜い心と身体、それは自分ながら吐き捨ててしまい度いようである。けれども、やっと取り纏めて、離れて眺めみれば、芙蓉のように美しく、「誰《た》」を魅する力があるもののようでもある。それにつれて、希望《のぞみ》という虹がうつらうつら夢みられて来る。
美しくも力強い希望《のぞみ》。だが果して、その希望を実現し得られる力が自分の中にあるのだろうか。その力としてありそうに思える火の背梁だけは確に逞しくなっている。
しかしまたこの大きな虹のような希望を捉えようと考え出したことがおおそれた想いのようでもあり、身体に激しい慄えが来る。かくてまたもや自分は裂けた。
「わたくしは只今、最初から数えて八枚目の肋骨まで出来ております。わたくしの身体の根は、この島山の北の海岸にひき、また南は遠い南の海の硫黄を吐く島までひいています。わたくしの身体の続きの上で同じく火を吐く幾つかの眷属。この島山に小さいながらも姿は等しい三十余の山々。それ等はみなわたくしを母のようにしております。わたくしに較ぶ山はございません。わたくしは確かに選まれたという自覚を今更どう取り消しようもございません。それにつれて、幼ない競い心も除かれました。選まれたということの孤独の寂しさ、また晴れがましさ、責任の重苦しさと権利の娯しさ。
ですが、折角ここまで育ち上ったものに、またもや成長の破壊が来て、これからさき何度も死ぬような思いをするのはまだしものこと、女の身として、一度々々あの醜さになるのを自分の眼でまざまざと見なければならないということは、考えてもぞっといたしますわ」
可哀そうに唖《おし》のような自然、それでいて、意志だけは持っている。その意志を人によって表現したがっている。一体、人というものは懶《なま》けもので、小楽《こらく》をしたがる性分である。驚異を与えないでは動かない。この島山に住む人は、山のわたくし同様、驚異でいのち[#「いのち」に傍点]に傷目をつけられ、美しさにいのち[#「いのち」に傍点]の芽を牽出され、苦悩に扱《しご》かれて、希望へと伸び上がらせられなければならない。
「わたくしは、それを人に伝えるために選まれました。
父よ。あなたが、山の神の眷属としてわたくしを、ただ眷属中での褒められ者として育つのを望んだ娘は、この福慈岳に籠れる選まれた偉大ないのち[#「いのち」に傍点]の中に綯《な》い込められ、いまや天地大とも久遠劫来のものとなってしまいました。いまや娘はあなたの望まれる程度に程良くなることも、娘子として可愛らしくあることも出来ません。それはどんなにか悲しいことでしょうが、運命です。仕方ありません。おとうさま、あなたはもう一度娘を東国へ思い捨てた気持になって、わたくしを思い捨てて下さい。さあ、暁が白みかけました。わたくしは、暁の祭りにいそしまねばなりません。早く、取って差上げた村の宿屋へおいでになって、お寝《よ》って下さいまし。いつでもそうしておいでては身体にお毒ですわ。あしたは、もっとゆっくり、これに就てのお話も出来ましょうから」
「わしゃ、偉大なものへ生命を賭けることは大好きなのじゃよ。わしは最愛のこどもでそれをした。その愛別離苦の悲しみや壮烈な想いで、わしの腸はこんなに螺の貝のように捻じ巻いたのじゃないか」と山の祖神の翁は負けん気の声を振り立てていった。「だが、親子の縁は切り度くないもんじゃよ」
とその言葉の下から縋り声で寄り戻した。
「あなたは生みの親、わたくしのいのちの親は、このあめつちと、この島山の人々。もはやあなたとわたくしを継ぐとか切るとかいうせきは放れております」と女神は淡々としていった。
「あなたが、わたくしを思い捨てなさるほど、わたくしはあなたに親しい愛娘になりましょう。その反対に、あなたが一筋でも低い肉親の血をわたくしにおつなぎのつもりがあったら、それは却ってわたくしから遠ざかりなさることになるのです。お判りになりませんか」
「わしが、おまえを東国へ思い捨てた歳からいま娘になるまでの歳月を数えてみるのに、いくら山の神々の歳月は人間の歳月と違うにしろ、数えて額《たか》が知れている。それを何十万年何百万年の生い立ちの話をするなんて、あんまり親をばかにし過ぎるぞ。……いくらこの山の座り幅が広いたって、三国か四国に亙っているに過ぎまい。それを海山遠く取入れた話をするなんて、あんまり大袈裟《おおげさ》だぞ。女の癖に」
山の祖神のこういうたしなめ方に対し福慈の女神はもう何ともいわなかった。
「おい、娘、何とかいわんかい」
と催促されてもうそ[#「うそ」に傍点]寒そうに袖の中に手を入れ合して立っているだけだった。
山の祖神は
「こいつ氷のように冷たいおなごじゃねえ」
といった。
「よし、きさまがそういう料簡《りょうけん》なら、こっちにもこっちの料簡がある」
といい放った。
山の祖神の翁に、噎返《むせかえ》るような怒りと愛惜の念、また、不如意の口惜しさ、老いて取残されるものの寂しさがこもごも胸に突き上げて来た。
翁はじっとしていられなくなって廻された独楽《こま》のように身体のしん[#「しん」に傍点]棒で立上った。娘をはたっ[#「はたっ」に傍点]と睨《にら》み、焦げつく声でいった。
「よし、こうなったら、やぶれかぶれ。おれはきさまを詛《のろ》ってやる。金輪際《こんりんざい》まで詛ってやる。今更、この期になってびくつくまいぞ」
娘の冴えまさる美しい顔を見ると、その毒心もつい鈍るので翁は眼を娘から外らしながら声を身体中から振り絞るべく、身体を揉み揺り地団太《じだんだ》踏みながら叫んだ。
「福慈の山、福慈の神、おまえは冷たい。骨の髄に浸みるまで冷たい。えい、冷たいままで勝手におれ、年がら年中冷たい雪を冠っておるのがいいのさ。草木も懐かぬ裸山でおれ。凍るものから、餌食を見出して来やがれ」
ぺっぺっぺっと唾を三度、庭に吐き去りかけたが、ふとそこに落ちている小石の一つを拾って手早く懐に納め、
「ざまを見よ。やあいやあい」
といって出て行った。
この山の祖神の福慈の神に対する呪詛の言葉を常陸風土記では、
汝所[#レ]居山、生涯之極、冬夏雪霜、冷寒重襲、人民[#レ]不登、飲食勿[#レ]奠者
という文字で叙している。またこれにより富士は常に白雪を頂き、寒厳の裸山になったのだ、と古常陸地方の伝説は構成している。
東国へ思い捨てたこどもに邂逅《めぐりあ》う望みを、姉の福慈岳の女神に失望した山の祖神は、せめて弟に望みを果し度いものだと、なおも東の方を志して尋ね歩るき出した。姉に訊いたら、あるいは消息を知ったかも知れないが、薄情を怒るどさくさ紛れに、つい訊くのを忘れたのを今更残念に思うものの、取って返して訊き直すこともならない。山の祖神の翁は行き合う人に訊ねることを唯一の手がかりにしてひたすら東の方にある山を望んで足を運ばせた。
行糧の料はすでに尽き、衣類、履ものも旅の責苦に破れ損じた。この身なりで物乞うては餓を満たして行く旅の翁を誰も親切には教えて呉れなかった。
足柄の真間の小菅を踏み、箱根の嶺《ね》ろのにこ草をなつかしみ寝て相模《さがみ》へ出た。白波の立つ伊豆の海が見ゆる。相模|嶺《ね》の小嶺《おみね》を見過し、真砂|為《な》す余綾《よろぎ》の浜を通り、岩崩《いわくえ》のかげを行く。
東の国へ行くには二手の道があった。一つは山寄りの道を辿るのと、一つは海を越えて廻って行く道とであった。
山寄りの道を行く方が山の岳神を探すに便利は多いようなものの、それ等の山は多く未開の山で、ちょっと人に訊いただけでも、山の主は、百足《むかで》であるとか、猿であるとか、鷲であるとか、気の利いた山の神ではなかった。これでは訪ねずとも判っている。翁は身に疲れも出たことなり、漸く舟人に頼み込み、舟の隅に乗せて貰って浪路を辿った。
海路は相模国三浦半島から、今の東京湾頭を横断して房総半島の湊へ渡るのが船筋だった。
土地不案内に加えて、右往左往した上、乗った船もここにはやて[#「はやて」に傍点]を除け、かしこに凪ぎを待つという進み方なので山の祖神の翁の上に人間の歳月の半年以上は早くも経ってしまった。
夏麻《なつそ》挽く、海上潟《うみかみがた》の、沖つ州に、船は停《とど》めむ、さ夜更けにけり。
しとしとと来た雨の夜泊の船中で、寝《い》ねがてた苫《とま》の雫の音を聞いていると翁の胸はしきりに傷んだ。翁は拾って来た娘の家の庭の小石を懐から取出して船燈のかげで検めみる。普通の石とは違っている。
すべすべして赤く染った細長く固い石である。頭と尾は細く胴は張っている。背及び腹に鰭《えら》のようなものが附いている。魚の形と見られぬこともないが、より多く涙が結晶した形と見る方が生きて眼に映る石の形であった。それは福慈岳が噴き出した火山弾の一つであるのだった。
「娘が変っているだけに、庭の小石も変っていら」
翁はそういって、なおも燈のかげで小石を捻っていた。
傷むこころに、きらりと白銀の丸のような光りが刺した。
「おれはいま娘の涙を手に弄んでいるのではあるまいか」
すると、娘がいったことであのときは不服のあまり胸に受けつけなかった意味のことが、まざまざと暗んじ返されてく来るのだった。
「庭の小石まで涙の形になってやがる。ひどい苦労は確にしたのだな」
それに凝りずに、娘はなおも苦労を迎えてそれを支えた成長の肋骨を増やす積りでいる。凍るほど冷く感じられたおんなだったが、執拗《しつこ》く逞しく激しい火の性を籠らしている。その現れのようにこの涙型の石が血の色に赤く染っていることよ。石が尾鰭まで生やして、魚になっても生き上らんいのちの執拗さを示している。娘が何度も青春を迎えるといった言葉が思い出される。
翁は掌の上に載せた火山弾にだんだん切ない重みを感じながら、その娘に対し氷にもなれというような呪詛をかけたことのおよそ見当違いでもあり、無慈悲な仕打ちであることが悔まれた。
今頃、娘はどうしているだろう。福慈岳には夏に入るので白雪でも頂いていやしないか知らん。
翁はすごすごと小石をまた懐へ入れた。苫に当る雨音を聞きながら一夜を寝苦しく船中に明した。
房総半島に上り、翁は再び望多《うまぐさ》の峰《ね》ろの笹葉の露を分け進む身となった。葛飾《かつしか》の真間の磯辺《おすひ》から、武蔵野の小岫《ぐき》がほとり、入間路《いりまじ》の大家が原、埼玉《さきたま》の津、廻って常陸の国に入った。
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筑波|嶺《ね》に、雪かも降らる、否諾《いなを》かも、愛《かな》しき児等が、布乾《にぬほ》さるかも
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山の祖神は、平地に禿立《とくりつ》している紫色の山を望み、それは筑波という山であって、それには人身の形をした山神が住んでいることを聞き知った。
その山は全山が森林で掩われて鬱蒼としていた。麓の方は樫《かし》の林であり、中腹へかかるとそれが樅《もみ》の林に代る。頂に近いところは山毛欅《ぶな》となった。山の祖神《おやのかみ》の翁はまだ山に近付かないさきから山の林種はこれ等で装われていることを、陽《ひ》に映《は》ゆる山緑の色調で見て取った。この様子の山なら草木の種類はまだ他にたくさん宿っている筈だ。
「豊な山だな」
翁は手を翳してほほ笑んだ。
山の頂は二つに岐れていた。尋常な円錐形の峯に対し、やや繊細《かぼそ》く鋭い峯が配置よく並び立っている。この方は背丈けは他より抽んでているが翁には女性的に感じられる。翁はこの山には人身の岳神が住み守ると聞いたが、それにしたら、その岳神は結婚していて、恐らくその妻は良人より年長のいわゆる姉女房であるであろうと山占いをした。
東国の北部の平野は広かった。茅草《ちがや》・尾花の布き靡《なび》く草の海の上に、櫟《なら》・榛《はり》の雑木林が長濤のようにうち冠さっていた。榛の木は房玉のような青い実をつけかけ、風が吹くと触れ合ってかすかな音を立てた。丸く見渡せる晴れ空をしら雲が一日じゅうゆるく亙《わた》って過ぎた。
その山は北の方から南へ向けて走る大きな山脈の、脈端には違いないのだが、繋がる脈絡の山系はあまりに低いので、広い野に突禿《とつとく》として擡《もた》げ出された独立の山塊にしか見えない。母体の山脈は、あとに退き、うすれ日に透け、またはむれ雲の間から薔薇色に山襞《やまひだ》を刻んで展望図の背景を護っていた。
平野のどこからも眺められるその山は、朝は藍に、昼はよもぎ色に、夕は紫に色を変えた。山の祖神の翁は、夕の紫の山をいちばん愛した。
翁が、草の茵《しとね》に座って、しずかにその暮山を眺めやるとき、山のむらさきから、事実、ほのかで甘く、人に懐き寄る菫の花の匂いを翁の嗅覚は感じた。
翁は眼を細めて
「山近し、山近し」
と呟いた。
その言葉は、翁が福慈神に近付くとき胸に叫んだと同じ言葉ではあるが、翁はただ呟いただけで山に急ぐこころは無かった。その山は急いで近寄らなければ様子が判らないというような山容ではなかった。離れて眺めているだけでも懐しみは通う山の姿、色合いだった。むしろ近付いたら却って興醒めのしそうな懸念もある遠見のよさそうな媚態《びたい》がこの山には少しあった。
広野の中に刀禰《とね》の大河が流れていた。薦《こも》、水葱《なぎ》に根を護られながら、昼は咲き夜は恋宿《こいする》という合歓《ねむ》の花の木が岸に並んで生えている。翁はこの茂みの下にしばらく憩って、疲れを癒やして行こうと思った。何に疲れたのか。もちろん旅の疲れもある。しかしもっと大きいのは娘に対する疲れであった。
福慈岳で女神の娘と訣れてから旅の中にすでに半歳以上は過ぎた。訣れは憤りと呪いを置土産にいで立ったものの、渡海の夜船の雨泊中に娘の家の庭から拾って来た福慈岳の火山弾を取出してみて、それが涙痕の形をしており、魚の形をしており、また血の色をしているところから福慈岳神としての娘の苦労を察し、決意のほどもほぼ覗《うかが》えた。それにつれて一時それなりに呵《か》し去れたと思えた娘の主張が再び心情を襲うて来て、手脚の患い以上に翁を疲らすのであった。
娘のいったことは自然の意志としたならあまりに生きて情熱に過ぎている。もちろん人間の考えだけであれだけの超越の霜は帯ばれない。娘はいのちということをいったがそれは自然と人間を合せて中から核心を取出したそのものをいうのであろうか。翁は今までの生涯に生きとし生けるものの逃れず考えることは生活と幸福と生死ということであると思っていた。そしてこれ等のことは人間が山に冥通する力を得て二つの山の岳神となり得たとき総ては解決されるとまた思っていた。山の生活、山の幸福、そこに何一つ充ち足らわぬものがあろうか。命終せんとして雲に化し巌《いわお》に化す。そこに生死を解脱《げだつ》して永世に存在を完うしようとする人間根本の欲望さえ遂げ得られるのではないか。
それに引代え娘はいくたたびの生死を語り、その生死毎に苦悩と美への成長を語り、生活とも幸福ともいわない。強《し》いてそれらしいものを娘の言葉の中から捕捉するなら娘がいったいくたたびか迎える辛くも新鮮な青春、かくて遂《つい》に老ゆることを知らずして苦しくも無限に華やぎ光るいのち。娘にしたらこれをこう生活とも幸福ともいうのだろうか。おう!
山と人間を冥通するところの力に座して世に経るを岳神という。岳神も神には神である。だがこの程の生き方を望もうとも経られようとも思わぬ。
それは人界の理想というものに似ている。現実に遠く距るほど理想である。しかもあの娘はその遠く距るものを現実に享《う》け生かそうとするものではなかろうか。
娘は祭の儀を説いて神の中なる神に相逢うといった。
思えば思うほどひとり壁立|万仭《ばんじん》の高さに挺身《ていしん》して行こうとする娘の健気《けなげ》な姿が空中でまぼろしと浮び、娘の足掻《あが》く裳からはうら哀しい雫《しずく》が翁の胸に滴《したた》って翁を苦しめた。
取り付きようもない娘の心にせめて親子の肉情を繋ぎ置き度い非情手段から、翁は呪《のろ》いという逆手《ぎゃくて》で娘の感情に自分を烙印《らくいん》したのだったが、必要以上に娘を傷けねばよいが。
「どうしたらいいだろうなあ」
山の祖神の翁は螺の如き腹と、えび蔓のように曲がった身体を岸の叢《くさむら》に靠《もた》せて、ぼんやりしていた。道々も至るところで富士の嶺は望まれたが見れば眼が刺されるようなので顧ってみなかった。
岸の叢の中には、それを着ものの紐《ひも》につけると物を忘れることができるという萱草《わすれぐさ》も生えていたが、翁はそれも摘まなかった。せめて悩んでいてやることが娘に対する理解の端くれ[#「くれ」に傍点]になりそうに思えた。
前には刀禰《とね》の大河が溶漾《ようよう》と流れていた。上つ瀬には桜皮《かにわ》の舟に小※[#「楫+戈」、第3水準1-86-21]《おがい》を操り、藻臥《もふじ》の束鮒《つかふな》を漁ろうと、狭手《さで》網さしわたしている。下つ瀬には網代《あじろ》人が州の小屋に籠《こも》って網代に鱸《すずき》のかかるのを待っている。
翁はときどき、ひょん[#「ひょん」に傍点]なところで、ひょん[#「ひょん」に傍点]な憩い方をしていると、苦笑して悩みつつある一人ぼっちの自分を見出すのであったが、なかなか腰は上げ悪《にく》かった。
東国のこのわたりの人は言葉や気は荒かったが、根は親切だった。餓えて憩っている老翁のために魚鳥の獲ものの剰ったのを持って来て呉れたり、菱の実や、黒慈姑《えぐ》を持って来て呉れたりした。雨露を凌ぐ菰《こも》の小屋さえ建てて呉れた。
昼は咲き夜は恋宿《こいする》という合歓の木の花も散ってしまった。翁は寂しくなった。翁がこの木の下にしばし疲れを安めるために憩うたのは、一つは、葉の茂みの軟かさにもあるのだろうが一つは微紅《とき》色をした房花に、少女として自分の膝元に育て上げていた時分の福慈の女神の可憐な瞳の面かげを見出していたのではあるまいか。ぱっと開いてしかも煙れるような女神の少女時代の瞳を、翁は娘の成長に伴う親の悩みに悩まされるほど想い懐しまれて来るのだった。
刀禰《とね》の流れは銀色を帯び、渡って来た、秋鳥も瀬の面《も》に浮ぶようになった。筑波山の夕紫はあかあかとした落日に謫落《たくらく》の紅を増して来た。稲の花の匂いがする。
「山近し、山近し」
山の祖神の翁は今は使い古るしになっているこの言葉を呟いた。そしてやおら立上った。その山は確に葉守《はもり》の神もいそしみ護る豊饒な山に違いない。そしてまた、そこに鎮まる岳神も、嘗《かつ》て姉の福慈の女神と共に、東国へ思い捨てたわが末の息子が成長したものであろうという予感は沁々《しみじみ》とある。それでいてなお急ぐこころは湧き出でない。
河口に湖のようになっている入江の秋水に影を浸《ひた》すその山の紫をもう一度眺め澄してから翁は山に近付いて行った。
山麓《ふもと》の端山の千木《ちぎ》たかしる家へ山の祖神の翁は岳神を訪ねた。
一年は過ぎたが不思議とその日は翁が福慈岳の女神を訪ねたと同じ頃で、この辺の新粟を嘗むる祭の日であった。岳神の家は幄舎《あくしゃ》に宛てられていた。神楽《かぐら》の音が聞えて来る。
山の祖神の予感に違わず、この筑波の岳神は、自分の息子の末の弟だった。
しかし息子は、父親の神の遥々の訪れをそれと知るや、直ちに翁を家の中へ導き入れ、紹介《ひきあわ》せたその妻もろとも下へも置かない歓待に取りかかった。そうしながら祭の儀も如才《じょさい》なく勤めた。
その妻は翁の山占い通り、いささか良人より年長で良人の岳神を引廻し気味だった。彼女はいった。
「ふだん、どんなにか、お父上のことを二人して語り暮らしておりましたことでしょう。有難いことですわ。これで親孝行をさして頂けますわ」
家の中のいちばんよい部屋を翁のために設けて呉れた。この山に生《な》るものの肥えて豊なさまは部屋の中を見廻しただけでも翁にはすぐそれと知れた。
黒木の柱、梁、また壁板の美事さ、結んでいる葛蔓の逞しさ、簀子《すのこ》の竹材の肉の厚さ、翁は見ただけでも目を悦ばした。敷ものの獣の皮の毛は厚く柔かだった。
壁の一側に※[#「木+若」、第3水準1-85-81]机《しもとづくえ》を置き、皿や高坏《たかつき》に、果ものや、乾肉がくさぐさに盛れてある。一甕の酒も備えてある。
狩の慰みにもと長押《なげし》に丸木弓と胡※[#「たけかんむり/録」、第3水準1-89-79]《やなぐい》が用意されてあった。
息子の夫妻は朝夕の間候を怠らず、食事どきの食事はいつも饗宴のような手厚さであった。
息子夫妻のそつ[#「そつ」に傍点]の無い歓待振りはまことに十二分の親孝行に違いなかった。普通にいえばこれで満足すべきであろう。だが父の祖神の翁には物足りないものがあった。
息子夫妻が父の祖神の翁に顔を合すとき、大体話は山の生産の模様、山民の生活の状況、それ等を統《たば》ねて行く岳神としての支配の有様、そのようなものであった。それは誰が聴いても円満で見上げたものであった。山民間に起った面白そうな出来事を噂話のように喋っても呉れた。だが、それだけだった。
親子関係を離れて誰に向っても話せる筋合いの事柄ばかりである。折角、親子がたまにめぐり合うのは、もっと心情に食い込んだ、親子でなければできないという気持の話はないものか。人知れない苦労というものが息子の岳神にはないのか、囁いて力付けて貰ったり、慰めて貰ったりしたい秘密性の話はないのか。
気を付けてみるのに、息子の岳神のこの公的な円満性は、妻に対してでもそうであった。
夫妻は睦《むつまじ》くて仲が良い。良人を引廻し気味に見える才女の姉女房も、良人を立てるところには立派に立てた。岳神の家としての事務の経営は少しの渋滞もなく夫妻共に呼吸は合っている。それでいて何となく夫妻の間に味がない、お人良しでしかも根がしっかり者の良人の岳神が少しにやにやしながら、
「働けそうな女なので、共稼ぎにはいいと思いましてね、この奥地の八溝《やみぞ》山の岳神の妹だったのを貰《もら》って来ましたのです。これでも求婚の競争者が相当ございましてね」
という意味のようなことを話しかけると、妻は
「まあまあ、そんなお話、どうでもいいじゃございませんか」
「それよりかまだ山の中でおとうさまがお見残しのとこもございましょう。幸いよい天気でございますから、あなたご案内して差上げたら」
と、とかくに事物の歓待の方へ気を利かして行くのであった。
翁の方からは何もいい出せなかった。いい出せる義理合いではないと翁は思っていた。すでに東国へ思い捨てた子である。それが自力でかかる豊饒な山の岳神ともなっていて呉れてるのだから何もいうことはない。山の祖神としては、この分身によって自分にも豊かさという性格を附け加え得られ、眷属《けんぞく》の繁栄を眼に見ることである。感謝すべきだ。
姉娘に対してはとかく恋々たる山の祖神の翁も弟の岳神に対してはどういうものかこの点は諦めがよかった。
ただ一言この弟の岳神の口から聞かして貰い度いのは姉娘の福慈岳の女神の批評だった。翁はそれを聞いて、もし悪罵《あくば》の声でも放って呉れるなら不思議に牽かれる娘の女神への恋々の情を薄めてでも貰えるようにさえ感ずるのだった。
翁はここに於てはじめて姉娘に就いての口を切った。
「来る道で、実は福慈岳へも寄ってみたよ」
弟の岳神は顔の色も動かさず
「それは何よりでございました。姉さんもお歓びでございましたでしょう」
「ところが生憎《あいにく》と祭の日だったのでね。泊めて貰うこともできなかったよ」
翁はこういって弟の岳神の顔を見た。弟は諾《うなず》いたが声はあっさりしていた。
「そりゃお気の毒なことでございました。あちらはこちらと違って諸事、厳しいところもございましょう」
翁は焦《いらだ》つように訊いた。
「おまえ等は、福慈とは交際《つきあ》っていないのかい」
すると弟の岳神は言訳らしく
「なにしろ自分の持山のことで忙しく、ついついご無沙汰をしております」
そのとき岳神の妻が傍から、ちょっと口を入れた。
「前にはお姉さまのところへも、ときどき伺ってみましたのですが、ああいうお偉い方のことですから、すぐこっちに話の接穂《つぎほ》が無くなってしまう場合も多く、それにああいうご勉強家のことですから、お邪魔しましても、何かお妨げするような気もいたしますので、ついついご無沙汰勝ちになってしまったのでございますわ」
それからちょっと間を置き、
「ずいぶん、普通の女の子とは変っていらっしゃいますわね」
その言葉につれて良人の岳神も
「どういうものか、あの人の前へ出ると、威圧される気がするところから、つい心にもない肩肘の張り方をしてしまう。どうも姉弟ながらうち解けにくい」
と零《こぼ》した。
山の祖神が息子夫妻から衷情を披瀝したらしい言葉を聴いたのは、この姉娘に対する非難めく口振りを通してだけだった。
山の祖神はこれを聴くと、息子夫妻と一しょになって姉娘を非難したい気持なぞは微塵《みじん》もなくなった。腹の中で、「この平凡な若夫婦に、何であの福慈の女神のことなぞが判るものか」と想いながら、こういう言葉で姉娘に関る話は打切りにした。
「なに、あれで、なかなか女らしいところもあるんだよ」と。
この山は人間が昵《なじ》み易い山だった。水無《みなの》川を越えて山腹にかけ山民の部落があった。石も多いがしかしそれに生え越して瑞々《みずみず》と茂った、赤松、樅《もみ》、山毛欅《ぶな》の林間を抜けて峯と峯との間の鞍部に出られた。そこはのびのびとしていて展望も利いた。
二つに分れている峯にはどちらにも登れた。岳神の息子夫妻の象徴のように一方は普通の峯かたちで、一方はいくらか繊細《きゃしゃ》で鋭く丈《た》けも高かった。山の祖神の老いの足でも登れた。
東の国の平野が目の下に望まれた。その岸に寝た刀禰の川水がうねうねと白く光って通っている。河口の湖のような入江。それから外海の波が青く光っている。
西北の方には山群が望まれて、翁の心を沸き立たした。も少し自分の齢が若かったらこどもをあれ等の岳神に送るのにと思わしめた。山郡のところどころに高い山が見えた。煙りを噴いてる山も望まれる。遠く福慈岳が翁の眼に悲しく附き纏《まと》う。
奇妙な形をしたいろいろの巨きな岩、滝――女体の峯から戻って来る道には、そういう目の慰みになるものもあった。虫を捉えて食べるという苔、実の頭から四つの羽の苞《つと》が出ている寄生木《やどりぎ》の草、こういうものも翁には珍らしかった。
息子の岳神は暇な暇な、父の祖神を山中に案内して見せて廻るうち、ある日、山ふところの日当りの小竹《ささ》原を通りかかり、そこに二坪近くの丸さに、小竹之葉《ささがは》が剥げ、赤土が露《む》き出ているのを見付けると、息子の岳神は指して笑いながらいった。
「猪が仔猪をつれて来て相撲《すま》って遊ぶところです」
赤土は何度か猪の蹄《ひづめ》に蹴鋤かれたらしく、綿のように柔かに、ほかほか暖そうであった。
「なるほど、この辺は人里離れて、猪の遊ぶのに持って来いだ」
翁はそういって、傍の保与《ほよ》(寄生木)のついている山松を見上げた。その日は何心なくそれで過ぎた。
岳神の父親が滞在すると聞き付けて、配下の土民たちはところところの産物を父の祖神に差上げて呉れと持って来た。
加波山で猟れた鹿らしく鹿島の猟で採れた鰒《あわび》、新治《にいばり》の野で猟れた、鴫《しぎ》、那珂の川でとれたという、蜆貝《しじみがい》。中にははるばる西北の山奥でとれたのをまた貰いに貰って来たといって、牟射佐妣《むささび》という鳥だか、獣だか判らないものをお珍らしかろうと贈りに来た。老衰を防ぐにはこれが第一だといって武奈岐《むなき》を持って来て呉れるものもある。
夜の奥の綾むしろは暖く、結燈台の油|坏《つき》に油はなみなみとしている。
翁は衣食住の幸福ということも考えないではいられなかった。
それで常陸風土記《ひたちふどき》によると一応はこうも事祝《ことほ》いでやった、
「人民集賀、飲食富豊、代々無[#レ]絶、日々弥栄、千秋万歳、遊楽不窮」と。
しぐれ降る頃には、裳羽服《もはき》の津の上で少女男が往き集う歌垣が催された。
男列も、女列も、青褶《あおひだ》の衣をつけ、紅の長紐を垂れて歌いつ舞った。歌の終り目毎に袖を挙げて振った。それは翁の心に僅かに残っている若やぐものに触れた。
岳神の妻は、笑って冗談のようにして、
「この中に、もし、お気に入りの娘でも見当りましたら、お身のまわりのお世話に侍かせましょう」
といって呉れた。
しかし翁は寂しかった。
ある日、土民の一人が瓜《うり》わらべを拾って持って来て呉れた。それは猪の仔で、生れて六七月になる。筒形をしていて柔かい生毛の背筋に瓜のような竪縞が入っていた。それで瓜わらべと呼び慣わされていた。
「これはよいものを貰った。肉は親の猪より軟かでうまいものです」
息子の岳神はそういって、父の祖神に食べさすように妻に命じた。
翁は、ういういしく不器用な形の獣の仔を見ると、何か心の喘ぎが止まるような気がした。とても殺して食べさせて貰う気なぞ出なかった。
「ちょっと待って呉れ。これはそのままでわしが貰おう」
翁は、瓜わらべを抱えて戸外へ出た。瓜わらべはくねくね可憐な鳴声を立てて鼻面を翁の胸にこすりつけた。翁は何となく涙ぐんだ。
翁は螺の腹にえび蔓の背をした形で、瓜わらべを抱え、いつの間にか、いつぞや、息子の岳神に教えられた山ふところの猪の相撲場に来ていた。蹄で蹴鋤いた赤土はほかほかしている。
山の祖神は、あたりを見廻した。見ているものは保与《ほよ》のついた山松ばかりだった。翁は相撲場の中へ入り瓜わらべを土の上へ抱き下した。
螺の腹にえび蔓の背の形をした老翁と、筒形の瓜わらべとは、猫が毬《まり》を弄ぶように、また、老牛が狼に食《は》まれるように、転びつ、倒れつ千態万状を尽して、戯れ狂った。初冬の風が吹いて満山の木が鳴った。翁は疲れ切って満足した。瓜わらべにちょっと頬ずりして土に置いた。瓜わらべの和毛《にこげ》から放つらしい松脂の匂いが翁の鼻に残った。
翁はしばらく息を入れていた。瓜わらべは小竹の中へ逃げ込みそうなので片手で押えた。
膝がしらがちくちく痛痒い。翁が検めみると獣の蝨《だに》が五六ぴき褌《はかま》の上から取り付いていた。猪の相撲場の土には親猪が蝨を落して行ったのだった。
「こいつ」
といって翁は、膝頭の蝨を、宝玉を拾うように大事に、一粒ずつ摘み取る。老いの残れる歯で噛み潰した。獣の血臭いにおいがして翁の唇の端から血の色がうっすりにじんだ。満山の風がまた亙る。
翁にはもう何の心もなくなった。手を滑った瓜わらべは逃れて小竹の茂みに走り込んだ。代りに親猪の怒れる顔面を翁は保与《ほよ》のついた山松の根方に見出した。
山の祖神の事である、山に棲めるほどのものを自由に操縦できないいわれはない。けれども、翁は、
「命終のとき」
といって、従容とその親猪の牙にかけられて果てた。
初夏五月の頃、富士の嶺の雪が溶け始めるのに人間の形に穴があく部分がある。「富士の人型」といって駿南、駿西の農民は、ここに田園の営みを初める印とする。その人型は螺の腹をしえび蔓の背をした山の祖神の翁の姿に、似ている。いやそれにやや獣の形を加えたようでもある。
ここにまた筑波の山中に、涙明神という社がある。本体には富士の火山弾が祭ってある。
山の祖神《おやのかみ》が没くなるとまもなく子が無いことを託《かこ》っていた筑波の岳神夫妻の間にこれをきっかけに男女五人ほどのこどもができた。
風の便りに聞けば、山の眷属の西国の諸山にも急にこどもの出生の数を増したという。
老いたるは、いのちを自然に還して、その肥田から若きものの芽を芽出たしめるという。
生命の耕鋤順環の理が信ぜられた。
水無瀬女は、豊かな山に生れ、しかも最初に生れた総領娘なので、充分な手当と愛寵の中で育てられた。ふた親は常に女《ひめ》にいって聴した。「東国では、あなたが、あの偉大な山の祖慫神《おやのかみ》さまの一番の孫なのですよ」と。孫娘はおさな心に高い誇りを感じた。
ふた親は、なお、祖父の神の偉大さを語るにこういう言葉を使った、「なにしろ、西国の山々はもちろんのこと、東国でも、福慈とか、この筑波とかいう名山には必ず、こどもをお遺しになり、山を拓かすと共に、眷属の繁栄《さかえ》をお図りになった方なのだから」と。
祖父の偉れた点を語ることは、また、その孫娘に偉れることを慫慂《しょうよう》することでもあった。
ふた親は、自分たちのことに就ては「わたし達は、何ということはない平凡なものさ。けれども、山を拓くことにかけては、これでも人知れない苦労はしたものさ」
女《ひめ》は、幼いときから、礼儀作法を仕込まれた。女の嗜《たしな》みになる遊芸の道も仕込まれた。しかし最も躾《しつ》けに重きを置かれたのは生活の調度の道だったことは、ふた親の性格からして見易き道理であった。麻野には麻を蒔《ま》き、蚕時《こどき》には桑子《くわこ》を飼う。――もし鯛が手に入ったら蒜《ひる》と一しょにひしお[#「ひしお」に傍点]酢にし即座の珍味に客に供する。もし小江《さえ》の葦蟹を貰ったら辛塩を塗り臼でついて塩にして永く貯えの珍味とする。こういう才覚が母によって仕込まれた。女は歌垣に加わって歌舞する手並も人並以上に優れたが、それよりも、繭を口に含んで糸を紡ぎ出し、機糸の上を真櫛でもって掻き捌《さば》く伎倆の方が遥に群を抜いていた。
女は容貌《みめかたち》も美しかったので、かかる才能と共に、輩下の部落の土民の間で褒《ほ》めものにされた。ふた親にとっては自慢の総領娘となった。
ふた親にとっては姉に当り、自分にとっては伯母に当る駿河能国《するがのくに》の福慈の女神のことについては、どういうものかふた親はあまり多くを語らなかった。語るのを好まないようだった。強いて訊くと「あんな伯母さんのことを気にかけるものではありません」「仔細あって私たちは交際《つきあ》ってはいません」「あれで、なかなか裏に裏のある女でね」「あんな大きな山に住えば誰だって評判はよくなるさ。いってみれば運のよい女さ」「私たちと違って苦労知らずの女さ」「女のことは何一つできないあれが、どうして評判がいいのだろう」まずは悪評に近い方だった。しかしそれでいて、人々がふた親の目の前で福慈岳と女神のことを褒めると、ふた親は女神は自分たちの姉であることを明して、近しい眷属であることを誇った。
水無瀬女は、ときどき山の峯の鞍部のところへ上って、伯母の山を眺めた。煙霧こそ距つれ、その山は地平の群山を圧して、白く美しく秀でていた。
「やっぱり、立派だわ、うらやましいわ」
と声に出して言った。そしてふた親はいかにあれ、女神があの山の如きであるなら、どうか自分もあの伯母さんのようになり度いものだと、理想をかの山に置いた。
女にだんだんもの心がつき、比較によって自分と他とを評価する力が生れて、福慈岳の評判を聞いてみると、その秀でさ加減はあまりにも自分の資格とはかけ離れたものであった。積といい量といい形といい、もはや生れながらにも及びつかない素質の異りがあると感じないわけには行かなかった。一つ山の眷属の女でどうしてこうも恵まれ方に違いがあるのだろう。女は福慈岳を眺めて、美しさよりぬけぬけとすまし返っているような感じが眼につくようになった。
「お伯母さまが、なにもかにも眷属中の女の良いところのものは一人で持ってらしってしまったのだわ」
うらやましさが嵩じて嫉《ねた》みともなった。
「だから、あたしのような屑の女も、眷属中にできるのだわ」
そして、ふた親がとかく福慈岳に対して反感を持つような態度であるのは、平凡が非凡から受ける無形の圧迫から来るものであること、また、自分に山の祖神の嫡孫の気位を高く持たせ、それに相応《ふさ》わしい偉れた女に生い立たしめようとするのも、伯母に対するふた親の無意識の競争心から来るものであることを感付かないわけにはゆかなかった。
「駄目々々。偉くなることなんて。あたしに、さっぱりそんな慾はなくってよ」
捨てるともなく誇りと励みに背中を向けかけると、ふた親が説く、山の祖神の偉さというものより部落の間の噂に遺っている山の祖神の偉からざる方面のことが女には懐しまれて来た。
祖父さまは山中の猪の相撲場で、猪の仔の瓜わらべと遊び戯れているとき、猪の親に襲われ、牙にかかってお果てなされた。祖父さまは娘の福慈の神のつれない待遇を恨まれ、娘の神に詛いをかけたのみか、執着は、峯のしら雪に消え痕ともなって自形《じぎょう》の人型をとどめられた。それは稚気と、未練であるでもあろう。それゆえ、ふた親は自分に秘して語らない。しかし部落の土民たちがこれを語るときに現す、山の祖神に対する親しげな面貌よ。稚気と未練に含まれて、そこに何かあるに違いない。
女は年頃になった。相変らずこの界隈の褒めものの娘であり、ふた親の自慢娘ではあった。女はもはや山の鞍部へ上って伯母の山の姿を眺め見ることはせず、理想なるものを持たず、ただその日その日を甲斐々々しく働いた。雁金《かりがね》が寒く来鳴き、新治《にいばり》の鳥羽の淡海も秋風に白浪立つ頃ともなれば、女は自分が先に立ち奴たちを率いて、裾わの田井に秋田を刈った。冬ごもり時しも、旨飯を水に醸《かも》みなし客を犒《ねぎら》う待酒の新酒の味はよろしかった。娘はどこからしても完璧の娘だった。待酒を醸む場合に、女はまずその最初の杯の一杯を、社《やしろ》に斎《いつ》き祭ってある涙石に捧げた。それは祖父の山の祖神が命終のとき持てりしものの唯一の遺身《かたみ》の品とされていた。
年頃になって、完璧の娘で、それでいて女に男の縁は薄かった。異性にしていい寄る恰好《かっこう》をするものもあるが、それは単に年頃にかかる娘への愛想か、岳神の総領娘に対しての敬意を変貌させたようなもので、恰好だけに過ぎなかった。もとより女自身からは乗り出せない。そういう触手は亀縮《かじか》んでいる。双親を通して申込まれる山々からの縁談も無いことはないのだが、ぜひ自分でなくてはと望むらしい熱意ある需《もと》めとは受取れなかった。良山良家の年頃の娘でさえあれば、一応、口をかけて問合わされる在り来りのものに過ぎなかった。双親はまた、自分たちの眼からしてたいしたものに思い做《な》している娘を、滅多な縁談にやれないといい張った。相手の山や岳神を詮議して、とかくそれ等に不足を見付け出した。娘の婚期は遅れて来た。双親は負け惜しみもあり、なに、それなら、水無瀬は筑波の岳の跡取にして、次の代の筑波は女神、女族長でやらして行くといっている。
水無瀬は何となく生きて行くことにくさくさして来た。さほど醜くもなく、これだけ物事ができる自分が、せめて、どうして男の縁が薄いのだろうか。女が男に対する魅力とは、全然こういう資格や能力とは関係ないのか。それにつけても久振りに伯母の福慈の女神のことが思い較べられて来るのであった。
往来の道が拓けるにつれ、東国の西の方よりこの東国の北部の方へ入り込んで来る旅人が多くなった。女はその人々の口からして伯母の女神のその後の消息を少しずつ詳しく聴くことができた。
「福慈の女神はだんだん若くなるようである」と旅人たちはいった。七つ八つの童女の容貌を持ち、ただその儘《まま》で身体は大きい。怒るときは、山腹にかみなり稲妻を起し満山は暗くなった。笑うときは峯の雪を日に輝して東海一帯の天地を朗なものにした。悲しむときは、鳴沢に小石が滑り落ちる音が止めどもなくしくしくと聞えて来る。
平野に雲の海があるとき、霞棚引けるとき、それ等を敷筵《しきむしろ》にして、幽婉な寝姿が影となって望まれる。それは息もないようなしずかな寝姿であり、見る目|憚《はばか》らぬこどものように仰《あおむ》き踏みはだかった無邪気な寝姿でもある。
しかも、女神の慧《さと》さと敏感さは年経る毎に加わるらしく、天象歳時の変異を逸早く丘麓の住民たちに予知さすことに長けて来た。従来、ただ天気の変りを予知さすだけに、峯の頂の天に掲げ出した、笠なりの雲も、近頃では、その色を黒白の二つに分け、黒の笠雲の場合は風雨のある前兆とし、白い笠雲の場合は風ばかりの前兆としたようなこまかさとなった。
幾人の神人や人間が、この女神に恋をしたことであるだろう。女神は一々、まじめに、その恋を求むる男たちに見向ったらしい。だが何人がこの女神の逞しい火の性、徹る氷の性に、また氷火相闘つ矛盾の性に承《う》け応えられるものがあったろう。彼等のあるものは火取り虫のように却って羽を焼かれ、あるものは虫入り水晶の虫のように晶結させられてしまった。矛盾の性に見向われたものは、裂かれて二重の空骸となった。それ等の空骸に向って女神は、涙をぽたぽた垂しながら、撫《な》でさすり「可哀相に、いのちの愛までは届かぬ方」というというが、誰もその意味を汲取ったものはない。ただ女神にそういわれて撫でさすられた空骸は、土に還ると共に、そこからはこけ[#「こけ」に傍点]桃のような花木、薊《あざみ》のような花草が生えた。深山榛《みやまはん》の木の根方にうち倒れた、醜い空骸は、土に還ると共に、根方に寄生して、そこから穂のような花をさし出すおにく[#「おにく」に傍点]という植物になった。
生けるものに失望したのか、それとも自分自身現実離れして行くのか、女神の姿は、住いの麓《ふもと》の館をはじめ地上ではだんだん見受け悪くなった。空間に浮ぶ方が多くなった。形よりも影、体よりも光り、姿よりも匂いで、人の見《まみ》ゆる方が多くなった。水にひたす影に於てこそ、もっとも女神の現身《うつしみ》をみることができる。
見ぬ恋に憧れたあちこちの若い河神たちが、八人と[#「と」に「ママ」の注記]集って来た。彼等は思い思いの麓の野に土を掘り穿《うが》ち水を湛えた。水に映る女神の影を捉えようためである。たまたま女神は湛えた水の一つに姿をうつす。その場を張り守っていた河神は猶予なく姿を掴む。うたるる水の音のみ高く響いて、あとに残ったものは掌から肘に伝わる雫のみである。一とき聞くに堪えないような失望の呻き声が聞える。だが河神は肘の雫を啜っていう「私はこの女神のために諦めということを取失わされてしまった。消ゆるかに見えて、また立つ漣《さざなみ》……」
岳麓にできた八つの湖、その一つ一つを見まもる八人の河神の若い瞳。その辛抱を試しみるように、湖面に、ときどきさざ波が立つ。
旅人たちの話を綜合してみて、いちいち驚かれる伯母が持てるものである。水無瀬女は、また「お伯母さまが、なにもかにも持ってらしってしまったのだわ。眷属中の良いところのものを一人で」と託《かこ》ったが、男のこころまでかくも牽くということを聴くと、うらやましさが嵩じてなった嫉みは、更に毒を加えて燃えさせられ、激しい怒りとなった。女は「お伯母さまが、なにもかにも奪《と》ってってしまいなさるのだわ。あたしの分まで……」こういい直さないわけにはゆかなかった。女のこころは、決闘目《はたしめ》となって来た。かにかくに自分は一度伯母に会い、この詰《なじ》らないでは措けないものをうちかけてみたい気持に、迫られた。
あのつん[#「つん」に傍点]とすまし、ぬけぬけと白膚を天に聳《そび》え立たしている伯母の山が、これだけは拭えぬ心の染班《しみ》のように雪消《ゆきげ》の形に残す。伯母にとっては父、自分にとっては祖父の執着未練な人型なるものを見度かった。それを見ることによって自分に一ばん懐しまれる性格の祖神にも会えるような気がした。
母はやや老い、筑波の岳神の家では、働きものの水無瀬が主婦のような形になっていた。世間の男たちからは距てを構えられる女も、家の中の弟妹たちからは母よりも頼みとされ、親しまれた。彼等は外なぞから帰って来ると、まず「姉さまは」と、探し求めた。
水無瀬はその弟妹の中の上の弟を語《かたら》って、三月の行糧を、山の窟《いわや》に蓄えた。姉の確りしたところで、いつも気を引立てられている勝気にも性の弱い弟は、この秘密で冒険な行旅を、姉の敢行力の庇《かげ》に在って、共々、行い味われたので、一も二もなく賛成した。
さしむかう鹿島の崎に霞たなびき初め、若草の妻たちが、麓の野に莪蒿《うはぎ》摘みて煮る煙が立つ頃となった。女は弟を伴ってひそかに旅立った。うち拓けた常識の国から、未萌の神秘の国へ探り入る気ずつなさはあったが――
甲斐々々しくとも足弱の女の旅のことである。女が駿河路にかかったときには花後の樗《おうち》の空に、ほととぎす鳴きわたり、摺《す》らずとも草あやめの色は、裳に露で染った。
近づくにつれ、いよいよ驚かれるのは伯母の領《うしは》く福慈岳の姿である。姪の女はただ圧倒された。これがわが肉体の繋りかよ。しかもこのものに向って、争《あらが》おうと蓄えて来た胸の中のものなぞは、あまりに卑小な感じがして、今更に恥入るばかりであった。この儘に帰ろうか。それも本意ない。うち出して会おうとするには、すでに胸中見透されている気がして逡巡《しりご》まれた。願《ね》ぎかくるは伯母のまにまにである。そしてこっちは、ゆくりなく、漂泊《さすら》う旅の路上で、ふと伯母に見出されたという形であらしめ度い。胸中いかに見透されていようと少くともこの形の態度なら超越の伯母に対し、初対面の姪むすめの恰好はつけられる。
水無瀬女は弟を伴って福慈岳の麓の野をあちらこちらと彷徨《さまよ》った。嘗《かつ》て常陸の山に在って旅人から聞いた話の、八つの湖に女神の姿を待ち侘ぶ河神たちの姿も眼の前に見た。河神たちの若い瞳は、陽炎《かげろう》を立てて軟く燃えているが、姿は骨立って痩せていた。冬はかくて痩せ細り夏に雨を得て肉附くことを繰返しながら、瞳は一途にあえかなるものに向って求めているのだと土民はいった。女はその瞳の一つだも贏《か》ち得たなら自分はどんなに幸福だろうと考えないわけにはゆかない。
恋い死の空骸から咲き出でたという花木、花草は、今を春と咲き出していた。高く抽き出でた花は蒐《あつま》ってまぼろしの雲と棚曳き魂魄を匂いの火気に溶かしている。林や竹藪の中に屈《くぐ》まる射干《しゃが》、春蘭のような花すら美しき遠つ世を夢みている。これをしも死から咲き出たものとしたなら、この花等は自らの花をも楽しく謳っているようである。ぴんちょぴんちょ、たちからたちから。北から帰って来たという小鳥たちは身籠る季節まえのまだ見ぬ雄を慕うて、囀《さえず》りを立てている。
麓の春の豪華を、末濃《おそご》の裳にして福慈岳は厳かに、また莞爾《かんじ》として聳立《そびえた》っている。一たい伯母さんは幾つの性格を持っているのか知らん。
晴れた日は全山を玲瓏と人の眼に突付けて、瑕《きず》もあらば、看よ、看よと、いってるような度胸のよい山の姿である。曇った日は雪の帳《とばり》深く垂れ籠めて、臆した上にも病的な女が、人嫌いし出したようである。
くさぐさの山の変化を見経ぐり、見分けながら、女はまだ伯母の女神の姿に遇わない。弓矢を提《たずさ》えて来た弟は、郷国《くに》の常陸には見受けない鳥獣を猟ってその珍しさに日の過ぐるのを忘れていたが、それも飽きていうようになった。
「伯母さんなんかに遇ったってつまんないじゃないか、もう帰ろうよ」
部落の土民の間では、こういういい慣《ならわ》しがあった。「それはたぶん、女神が季節の変り目で、夏の化粧をされてるからだろう。でなければ厠《かわや》に上られてはこ[#「はこ」に傍点]されているからだろう」女神の化粧は自分で納得《なっとく》ゆくまで何遍でも仕代えさせられるので永い。女神の上厠は、はこ[#「はこ」に傍点]そのものよりも、うつらうつら物うち考えられるのでこれも永い。厠神の植山《はにや》姫、水匿女《みずはのめ》も永く場を塞がれて手を焼くそうであるという。
若い瞳がうち看守る八つの湖、春を敷妙《しきたえ》の床の花原。この間にところどころ溶岩で成れる洞穴があった。形よき穴には生けるものが住んでいた。形悪しきには死にかかっているものが住んでいた。
彷徨《さまよ》いあぐねてこの洞穴の一つのまえを通りかかった水無瀬女は、穴の中から※[#「口+奄」、第3水準1-15-6]《うめ》き声に混ってこういうのを聞いた。
「あの方は、いのち、いのちというが、ああ、いのちは、健康であるときにのみ有意義なのだ、この病める姿の醜さ。昼も夜もそのための尽きぬ嘆きに、ああ、わたしは、わたしに残れる僅かないのちの重味にさえ堪え兼ねている」
「この堪えられない程、烈しい息切れと、苦しい動悸のする身体。つくづく情無さを感ずる。呼吸を吸い込むと胸の中に枯枝か屑のようなものがつかえ、咽喉はいらいらと虫けらが這うように痒い。その不快さ。咳、濁って煤けた咳。六つも七つも続けさまに出る。胸から咽喉へかけて意地悪い痩せこけて骨張った手が捏《こ》ねくり廻しているようだ。辛い。わたしは顔をしかめる。思わず口を醜く開く。さぞ醜いさまだろう。この辛さ醜くさを続けてまで、いつまであの方はいのちを担って行けといわれるのだろうか」
「こんなに痩せ細ってしまって、この先どうするのだろう。私はともかくこうして二十七まで生きたんだから、もう死んでもいいのだと思うのだが。一日々々と醜く苦しませないで早く死なせて貰いたい。丈夫な時には、希望も、歓楽も、恋もあったが、病気になってみれば何にもない。死ねばどうなるのか私はそれを知らない。病が苦しいから死のうと思うだけだ」
「蛙の声が穴の中まで聞えて来る。外は春なのだなあ。蛙よ、唄ってくれ唄ってくれ。私はお前の唄に聞き惚れつつ、さまざまな思い出の中に眠るのが今はたった一つの楽しみなのだ。死というものの状態に似ているらしい眠りに就くことが……」
その声は妙に水無瀬女の心に染みた。この時代に在っては、およそ生きとし生けるもので、生こそは欲すれ、死を望むことはいかなる条件の代償を得るにもせよ心に無いことだった。従ってその声のいうところは女に珍らしかった。女は、ここにも女神のために出来た奇妙な怪我《けが》人が一人いるのかと、久振りに伯母に対する義憤を催して、弟はその辺の狩に出し遣り、自分は洞穴《ほらあな》の中へ入って行った。
弟が用意して呉れた僅な松明《たきまつ》の灯を掲げて、女は洞穴の中へ入って行った。歯朶《しだ》が生い囲んでいる入口の辺を過ぎると、岩窟の岩肌が灯に照し出された。頬を掠めて蝙蝠《こうもり》らしいものが飛んで女を驚した。
僅な松明の灯に照し出される岩肌は、穴の屈曲に従って 拗《ねじ》けた瘤《こぶ》をつけ 波打つ襞《ひだ》を重ねる。岩室がぽっかり袋のように広くなったところもある。洞内の貫きよう、壁皴《かべひび》の模様、かてて加えて、岩徹る清水は岩の肌を程よく潤して洞は枯石の成るところのものとは思えない。女はなにかしら柔かくふにょふにょしたものの中を行くと思い做《な》されて来た。しかもそのなにかしらと感じていたものが、ふと生けるものの、女性の胎内とはかかるものではないかと思い浮べられて来たときに、女はわれ知らず、身体が熱くなり、顔の赭くなるのを覚えた。
岩角を一つ曲ると、かすかな燈火の灯かげに照し出され、一人の若い男が、天井から垂れ下っている大きな乳房に吸い付いて余念もなく啜っている不恰好なさまを見出した。女はつい松明を取落し「あらっ!」と叫ばざるを得なかった。
この若い男は、科野《しなの》国の獣神であって、福慈の女神により人間に化せしめられつつあるうち病気をしてしまったのでこの洞窟内で療養せしめられているのだといった。
男の吸う乳房は、やはり岩瘤の一つで天井から垂れ下ったものであるが、尖には乳首の形もあった。これに伝わって滴る雫は、霊晶の石を溶し来て白濁し、人間の母が胸から湧かすところの乳の雫そのままであった。
若い獣神はいう「この乳を、あの方は、生に対しても根が尽き果て、さればといって死へも急げない、生けるものに取っていちばん遣り切れないときに飲めと仰《おっ》しゃるんです。そのときがいちばん利くと。でも、そういう場合に飲もうとする努力は苦しいものですね」
若い獣神はしきりに咳き込んだ。水無瀬女は背を撫でて介抱してやった。
燈火のかすかな灯かげで女は獣神をよく見た。眼は落ち窪み 頬は痩《こ》け削《そ》げているが、やさしいたちの男らしかった。獣神にもこんな男がいるのか。女は眼を瞠った。ただ顔立ちに似気なく厚肉の唇は生《なま》の情慾に燃え血を塗ったようだった。男は荒い毛の獣の皮を着ていた。その衣の裾が岩床に敷くまわりに一ぱい痰《たん》が吐き捨ててあった。その痰の斑には濃い緑色のところと、黄緑色のところと、粘り白いところとある。淡く白いのは唾らしく無数の泡を浮べていた。眉をひそめて、それを眺めていると見て、男はそれを指しながらいった。
「こいつ等が、咽喉にうにょうにょして停滞しているときは、全く無作法な獣たちですね。私はそれが邪魔だから吐き出す。だがその度びに私から獣としてのいのちは吐き出されて行き、そのあとに果して人間のいのちが私に盛り上って来るか判りゃしません。いくらあの方が神仙の乳を飲まして下すったって……」
いうことがどういうふうに女に響くか窃視《ぬすみみ》したのち、
「ねえ、お嬢さん。それで私はこの憎らしい、私を苦しめる痰を、吐き出すときに、一々、舌の上に載せて味ってやるんですよ。獣のいのちの名残りにしてそれには淡く塩辛いのもあり、いくらか甘くて――」
といいかけたとき、女は急いで袖を自分の鼻口に当て手を差し出して止めた。
「もういいもういい。話は判っててよ」
女は、この類《たぐ》いで、この若き獣神が生きとし生けるものの醜悪の底の味いを愛惜し、嘗め潜って来たであろうことを察して、悪寒《おかん》のある身慄いをした。と同時に不思議や亀縮《かじか》んでいた異性に対する本能の触手が制約の撻《むち》を放れてすくと差し延べられるのを感じた。
男は苦しく薄笑いしながら、
「じゃ、こんな話は止めにしましょう、だがね、お嬢さん、洞の外は、すっかり春でしょう。青々とした春でしょうねえ。うらやましいこった」
といったときには、女はもうこの男の傍を離れ難くなっていた。女は、
「たとえ、この男が、伯母さんに失恋した、いわば伯母さんの剰りものにしたところで、いいや、あたしはこの男を得るかも知れない。あたしはもう伯母さんに嫉みも恨みもなくなった。伯母さんにはまた伯母さんとしてのたくさんな担いものがあるらしいから」
胸にこう自問自答して、女は洞の中の男の傍に介抱すべくとどまった。
山は晴れ、麓の富士桜は、咲きも残さず、散りも始めない一ぱいのときである。洞から水を汲みに出た水無瀬女は、浅黄の空に、在りとしも思えず、無しと見れば泛ぶかの気の姿の、伯母の福慈の女神に遇った。
女神はころころと笑った。
「水無瀬女よ、めぐし姪姫よ。山と岳神と二つになってる時代は去った。しばらくは人を中心にあめつちは支えられる。ただし、神を享けぬ人は低かろう、ただし獣の力を帯ばない人は弱かろう。看よ、看よ。わたしは山一つを人に遺して置く。山一つ。すべての訓えはこれにある。岳神のわたしは失《う》する。失することの楽しさ。失するということはあんた方の中に得ることである。あんたが悩むとき、美しくあるとき、青春に萌ゆるとき、わたしは在る。ほんとうに在る。あんたの肉体そのものに感ぜられるまでに、わたしは在る。今ぞわたしは失する。さくらの空に朗々と失することの楽しさ」
またころころと笑う声は、珠うち鳴らしつつ距り行くが如く、霞を貫きおお空の宙にまであとをひいていつとしもなく聞えなくなった。
福慈の岳の噴煙は激しくなって、鳴動をはじめた。
不二の嶺《ね》のいや遠長き山路をも妹許《いもがり》訪へば気《け》に呻《よ》はず来《き》ぬ
富士の西南の麓、今日、大宮町浅間神社の境内にある湧玉《わくたま》池と呼ばれる湛えた水のほとりで、一人の若い女が、一人の若い男に出会った。
頃は、駿河国という名称はなくて、富士川辺まで佐賀牟《さがむ》国と呼ばれていた時代のことである。
若い男は武装して弓矢を持っている。若い女は玉など頸にかけ古びてはいるがちょっとした外出着である。若い男は女をみると、一時|立竦《たちすく》むように佇《とま》り、まさ眼には見られないが、しかし身体中から何かを吸出されるように、見ないわけにはゆかないといった。
女は、自分の前に佇った男は、身体の割に、手足が長くて、むくつけき中に逞しさを蔵している。獣のように毛深い。嫌だなと思うほど、女を撃《う》ち融《とろ》かす分量のものをもっている。女は生れ付きの女の防禦心から眼をわきへ外らした。しかし身体だけは、ちょっと腰を前横へ押出して僅かなしな[#「しな」に傍点]を見せた。池のほとりの桔梗《きちこう》の花の莟《つぼみ》をまさぐる。
しばらく虚々実々、無言にして、天体の日月星辰を運行《めぐ》る中に、新生の惑星が新しく軌道を探すと同じ叡智が二人の中に駈け廻《めぐ》った。
やがて男は、女の機嫌を取るように、ぎごちなく一礼した。
女も、一礼した。
今度は、男は眼に熱情を籠めて、じーっと見入った。女は下態はそのままで、上態は七分通り水の方へ捩じ向け、ふくふく水溜りの底から浮く、泡の湧玉を眺めている。手は所在なさそうに、摘み取った桔梗の枝の莟で、群る渚の秋花を軽くうっている。
男の心の中に、表現し得ずして表現し度い必死の気持が、歯噛みをした。
事実、男の歯はぱりぱりと鳴った。
男は切なく叫ぶ、
「この大根《おおね》、嫁《とつ》かずであれ、――今に」
といい、あとをも見ずに駈け去った。その走り方は、不器用な中に鳥獣のような俊敏さがあった。
女は、きゅっきゅっと上態を屈めて笑った。男が精一杯のやけ[#「やけ」に傍点]力を出して自分をこの蕪野な蔬菜に譬えたのがおかしかった。
女は笑いながら、しかし拵《こしら》えたものでなく、自然に、このことをおかしみ笑える自分を、男に見せられなかったのを残念に思った。そこにすでに男の虚勢を見透し、見透すがゆえに、余裕|綽々《しゃくしゃく》とした自分であることを男に示したかった。その余裕から一層男を焦《じ》らせて、牽付け度い女の持前の罪な罠もあろう。
笑ったあとで、女は富士を見上げた。はつ秋の空にしん[#「しん」に傍点]と静もり返っている。山は自分の気持の底を見抜いていて、それはたいしたことはない、しかしいまの年頃では真面目にやるがよいといっているようでもある。
高い峯を起して、鳥が渡って行く。次に次に。
それは水溜りの泡の湧玉のように無限に尽きない。絶頂をわざわざ越す鳥は純な鷺だけだといわれているが、あの鳥はそうなのか。
女は、
「ばかにしている」
といって、つまらなさそうに、桔梗の莟の枝を水溜りに投込んだ。落魄《おちぶ》れた館へ帰って行った、
二三日経って女はまた湧玉の水のほとりで、男と会った。男は、手頃に傷けてまだ息を残さしてある雄鹿を小脇に抱えていた。女を見出すと、片息の鹿を女の足元に抛り出した。それから身体中が辛痒ゆい毒の歯に噛まれでもするようにくねらせた。眼から鉾を突出すよう女を見入った。
女は思慮分別も融けるような男の息吹きを身体に感じた。しかし前回での男とのめぐり合いののち、富士を眺め上げて、それはただ血の気の做すわざなんだか、もっと深く喰入るべきものがあるような気がしたのを想い出して、自然と抑止するものがあった。
「どうなしたの」
とすずろのように訊いた。女は足元に投出された血だらけの矢の雄鹿を見ても愕かず、少しわきへ寄っただけであった。男の何かしら廻り諄《くど》い所作の道具に使われて、命を失いかけている小雄《さお》鹿を、その男と共に、無駄なことの犠牲になった悲運のものと思うだけだった。ただ、しゅくしゅく鳴きながら苦しみを訴える鹿の眼の懸命に戸惑う瞳の閃きに一点の偽りもないのを見ると掻き抱いてやり度いようだった。
男は口を二三度もぐもぐさしたが、やはりいい出せなかった。女の方が却って男の不器用を察して気ずつない思いを紛《まぎ》らすために、わきを向きながら小さな声で唄った
など 黥《さ》ける利目《とめ》
など 黥《さ》ける利目《とめ》
これは、男の顔を、ちらと見たとき、自然と思い浮べられた歌の文句だった。
この薑《はじかみ》、口疼《ひび》く
男は、叫ぶと猛然、女の代りに鹿に飛びかかって、毛深く逞しい拳を振り上げて、丁々と撃った。すでに傷き片息になっている毛もの[#「もの」に傍点]のこととて、※[#「足へん+宛」、第3水準1-92-36]《もが》くまもなく四股をくいくいと伸して息絶えた。なべてものの死というものの、何かおかしみがありながら頭を下げずにはいられない神秘を女は見透した。
「なんて、可哀相なことをなさるの」
女は務めのようにそういった。
男は、夢中で狂気染みた沙汰を醒めて冷く指摘されたように、口|銜《くぐま》り、みると額に冷汗までかいている。「この大根、嫁かずであれ、――今に」そういうかと思うと、たちまち、男はまた、不器用にも俊敏に去った。
女は、何となく本意なく、富士の高嶺を見上げた。その姿は、いま眼のまえに横っている小雄鹿の死と同じ静謐さをもって、聳えて揺り据っている。今日も鳥が渡っている。
男はそのかみ、神武御東征のとき、偽者《にしもの》土蜘蛛と呼ばれ、来目《くめ》の子等によって征服されて帰順した、一党の裔《すえ》であった。その祖先は天富命《あめのとみのみこと》が斎部の諸氏《もろうじ》を従え、沃壌地《よきところ》を求《ま》き、遥に、東国の安房の地に拓務を図ったのに、加えられて、東国に来り住んだ。種族の血を享けてか、情熱と肉体の逞しさだけあって、智慧は足りない方だった。彼は強いままに当時の上司の命を受けて、東国の界隈の土蜘蛛の残りの裔を討伐に向った。たまたまこの佐賀牟の国の富士の山麓まで遠征した。
一方女は水無瀬女と獣の神の若者との間から生れ出て多くの門裔がこの麓の地に蔓《はびこ》ったその宗家の娘であった。祖先の水無瀬女から何代か数知れぬ継承の間に、宗家は衰え派出した分家、また分家の方が栄えた。どういうわけであろう。界隈の昇華した名家々々の流れを相互に婚姻を交えている間に、家の人間に土より生い立てる本能の慾望を欠き、夢以外に食慾が持てない咀嚼力の精神になってしまったのも原因の一つであろう。この女も人情のことは何でも判っていて、あまり判り過ぎるが故に、男に興味が持てなくなったという側の女となってしまっていた。
ところがこの頃、湧玉の水のほとりで、度び度び遇う男は、女の醒めたものを攪乱する野太く、血熱いものを持っている。下品で嫌だなと思いながら、無ければ寂しい気がする。そして興味を牽いて救われるのは、その男が唖者のように表現の途を得ないで、いろいろに感情の内爆や側爆のこういう所作をすることである。
それから後も、男は、得意の弓矢の業をもって、麓に住む荒い獣を半殺しの程度にして狩り取り、湧玉の水のほとりに待受けていて、女を見ると、屠《ほふ》り殺した。
小牛ほどの熊を引ずって来て、それに掌で搏たれ、爪で掻れながら彼は、組打ち、小剣で腹を截り裂いた。截り裂くと同時に、彼は顔をぐわと、腹の腑の中に埋めた。血潮が迸る。彼は頭を腑中に抉《こ》じていたが、すぐ包もののような塊を銜《くわ》え出した。顔中のみか鬚髪まで血みどろになって恐ろしく異様な生ものに見えたと銜えた包もののような塊からも繋る腑の紐からも黒いほどの獣の血が滴った。彼はそうしながら、しょんぼりとして女の前に立つ。これはなんのつもりだろう。すると、不思議に、女は顔蒼ざめさせ体は慄えながら一種の酔心地とならざるを得なかった。生れて始めて力というものが身の中に育まれるのを感じた。
だが女はこの気持を通しての、酔えるままにこの男と融け合ったならどういうところへ行くであろうと危く思う。
女は、そ知らぬ顔をして富士を見上げた。碧い空をうす紫に抽き上げている山の峯の上に相変らず鳥が渡っている。奥深くも静な秋の大山。
女は、所詮、どっちかからいい出さねばならない羽目が近付いているのを悟った。母親も気付いて相手の身分を図《はか》り近頃はぐずぐずいう。しかしこの情熱を生のままでは、たとえこのまま二人は結ばれたにしろ、のちのあくどさ[#「あくどさ」に傍点]が思い遺られる。
その日はやはり「この大根、嫁かずであれ、――今に」といって駆去った男が、その翌日、何にも獣は持たずに水のほとりに来た。女を見ると、矢庭に弓矢を女に向けて張った。男はこの頃の興奮と思い悩みに、いたく痩せ衰え、逞しい胸で息せき切っている。かくしてもまだ口ではいい出せず、弓矢をもって代弁させなければならない、荒い男の高ぶった憶しごころを女ははじめて憐れとみた。
女は、手で止め、ふと思い付き
「朝な朝なこの水に湧く、湧く玉の数を、数え尽しなさったら」
寂《さび》しく笑いながらいった。男は弓矢をそこに抛《ほう》り出し、ぐずぐずと水のほとりに坐した。
富士が生ける証拠に、その鼓動、脈搏を形に於て示すものはたくさんあるが、この湧玉の水もその一つであった。朝日がひむがしの海より出で、山の小額を薔薇色に染めかけるとき、この水の底から湧く泡の玉は特に数が多い。夜中に籠れる歇気を吐くのであろうか、夜中に凝る乳を粒立たすのであろうか、とにかく、この湧玉をみて、そして峯を仰ぐとき、確に山の眼覚めを思わせる。泡の玉は暗い水底より早昧そのものの色である浅黄色の中に、粒白の玉として生れ出で、途中真珠の色に染め做されつつ浮き泡となり水面に踊って散り失す。あなやの間ではあるが、消えてはまた生まれ、あちらと思えばこちら、連続と隠顕と、ひととき眼を忙失させるけれども、なお眼を放たないなら、眺め入るものに有限の意識を泡にして、何か永遠に通じさすところがある。ふつふつ、ふつふつ。仰げばすでに、はっきり覚めて、朝化粧、振威の肩を朝風に弄《なぶ》らせている大空の富士は真の青春を味うものの落着いた微笑を啓示している。
男は今度、女が来たとき
「数は数え終えたよ」と微笑した。
しかし、女はなお、男を試みて
「夕な夕な山を越して来る、鳥の数を数えなさったら」
といった。
男は秋の夕山を仰いで、渡り来る鳥群に眼をつけた。
陽が西に沈むにつれ山は裾から濃紫に染め上って行く、華やかにも寂しい背光に、みるみる山は張りを弛めて、黒ずみ眠って行く。なお残る茜《あかね》の空に一むれ過ぎて、また一むれ粉末のまだら。無関心の高い峯の上を、その鳥群のまだら[#「まだら」に傍点]だけが愛を湛えて、哀しい大空にあたたかい味を運んで行く。
今度女が来たとき男はいった。
「あの山を越す哀しい鳥の数も数え尽した」
「もう、いいわ、じゃ、ね」
[#ここから2字下げ]
さぬらくは玉の緒ばかり恋ふらくは不二の高嶺《たかね》の鳴沢のごと
駿河の海磯辺《むしべ》に生ふる浜つづら汝《いまし》をたのみ母にたがひぬ
[#ここで字下げ終わり]
底本:「岡本かの子全集6」ちくま文庫、筑摩書房
1993(平成5)年9月22日第1刷発行
親本:「岡本かの子全集」冬樹社
《》:ルビ
(例)屑《くず》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)自身|嘗《な》めた
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(例)※[#「※」は「口+喜」、第3水準1-15-18、637-下-13]
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かの女は、一足さきに玄関まえの庭に出て、主人逸作の出て来るのを待ち受けていた。
夕食ごろから静まりかけていた春のならいの激しい風は、もうぴったり納まって、ところどころ屑《くず》や葉を吹き溜《た》めた箇所だけに、狼藉《ろうぜき》の痕《あと》を残している。十坪程の表庭の草木は、硝子箱《ガラスばこ》の中の標本のように、くっきり茎目《くきめ》立って、一きわ明るい日暮れ前の光線に、形を截《き》り出されている。
「まるで真空のような夕方だ」
それは夜の九時過ぎまでも明るい欧州の夏の夕暮に似ていると、かの女はあたりを珍しがりながら、見廻《みまわ》している。
逸作は、なかなか出て来ない。外套《がいとう》を着て、帽子を冠《かぶ》ってから、あらためて厠《かわや》へ行き直したり、忘れた持物を探しはじめたりするのが、彼の癖である。
洋行中でも変りはなかった。また例のが始まったと、彼女は苦笑しながら、靴の踵《かかと》の踏み加減を試すために、御影石《みかげいし》の敷石の上に踵を立てて、こちこち表門の方へ、五六歩あゆみ寄った。
門扉は、閂《かんぬき》がかけてある。そして、その閂の上までも一面に、蜘蛛手形《くもでがた》に蔦《つた》の枝が匍《は》っている。扉は全面に陰っているので、今までは判《わか》らなかったが、今かの女が近寄ってみると、ぽちぽちと紅色《べにいろ》の新芽が、無数に蔦の蔓《つる》から生えていた。それは爬虫類《はちゅうるい》の掌のようでもあれば、吹きつけた火の粉のようでもある。
かの女は「まあ!」といって、身体は臆《おく》してうしろへ退いたが、眼は鋭く見詰め寄った。微妙なもの等の野性的な集団を見ることは、女の感覚には、気味の悪いところもあったが、しかし、芽というものが持つ小さい逞《たくま》しいいのちは、かの女の愛感を牽《ひ》いた。
「こんな腐った髪の毛のような蔓からも、やっぱり春になると、ちゃんと芽を出すのね」
かの女は、こんな当りまえのことを考えながら、思い切って指を出し、蔦の小さい芽の一つに触れると、どういうものか、すぐ、むす子のことを連想して、胸にくっくと込み上げる感情が、意識された。
かの女は、潜《くぐ》り門に近い洋館のポーチに片肘《かたひじ》を凭《もた》せて、そのままむす子にかかわる問題を反芻《はんすう》する切ない楽しみに浸り込んだ。
洋画家志望のかの女のむす子は、もう、五年も巴里《パリ》に行っている。五年前かの女が、主人逸作と洋行するとき、一緒に連れて行って、帰国の時そのまま残して来たものだ。
今日の昼も、かの女は、賢夫人で評判のある社交家の訪問を受け、話の序《ついで》に、いろいろむす子の、巴里滞在について質問をうけた。「おちいさいのに一人で巴里へおのこしになって……厳しい立派なおしこみですねえ。それに、為替がたいへん廉《やす》いというではありませんか。大概な金持の子も引き上げさしてしまうというのに、よくもねえ、さぞ、お骨が折れましょう。その代り、いまに大した御出世をなさいましょう。おたのしみで御座いますねえ」
その中年夫人は黙っているかの女に、なおも子供の事業のため犠牲になって貢ぐ賢母である、というふうな讃辞《さんじ》をしきりに投げかけた。
事実、かの女自身も、むす子に送る学資のため、そうとう自身を切り詰めている。また、甘い家庭に長女として育てられて来たかの女は、人に褒められることその事自体に就《つ》いては、決して嫌いではない。で、面会中はかなり好い気持にもなって、讃《ほ》めそやされていた。
だが、その賢夫人が帰って、独りになってみると、反対に、にがにがしさを持て剰《あま》した。つまり夫人がかの女を、世間普通の賢母と同列に置いた見当違いが、かの女を焦立《いらだ》たせた。それは遠い昔、たった一つしたかの女のいのちがけの、辛《つら》い悲しい恋物語を、ふざけた浮気筋や、出世の近道の男釣りの経歴と一緒に噂《うわさ》される心外な不愉快さに同じだった。
なるほど、かの女とても、むす子が偉くなるに越した事はないと思う。偉くなればそれだけ、世の中から便利を授かって暮して行ける。この意味からなら願っても、むす子に偉くなって貰いたい。しかし、親の身の誇りや満足のためなら、決してむす子はその道具になるには及ばない。実をいうとかの女も主人逸作と共に、時代の運に乗せられて、多少、知名の紳士淑女の仲間入りをしている。そして、自身|嘗《な》めた経験からみたそういう世の中というものに、親身《しんみ》のむす子をあてはめるため、叱《しか》ったり、気苦労さすのは引合わないような気がする。
「では、なぜ?」とかの女はその夫人には明さなかったむす子を巴里《パリ》へ留学させて置く気持の真実を久し振りに、自問自答してみた。まえにはいろいろと、その理由が立派な趣意書のように、心に泛《うか》んだものだが、もうそんな理屈臭いことは考えたくなかった。かの女は悩ましそうに、帽子の鍔《つば》の反りを直して、吐き出すように自分に云った。
「つまりむす子も親もあの都会に取り憑《つか》れているのだ」
やっと、逸作が玄関から出てきた。画描きらしく、眼を細めて空の色調を眺め取りながら、
「見ろ、夕月。いい宵だな」
といって、かの女を急《せ》き立てるように、先へ潜《くぐ》り門を出た。
かの女と逸作は、バスに乗った。以前からかの女は、ずっと外出に自動車を用いつけていたのだが、洋行後は時々バスに乗るようになった。窓から比較的ゆっくり街の門並の景色も見渡して行けるし、三四年間居ない留守中に、がらりと変った日本の男女の風俗も、乗合い客によって、手近かに観察出来るし、一ばん嬉《うれ》しいのは、何と云っても、黒い瞳《ひとみ》の人々と膝《ひざ》を並べて一車に乗り合わすことだった。永らく外国人の中に、ぽつんと挟って暮した女の身には、緊張し続けていた気持がこうしていると、湯に入ってほごれるようだった。右を見ても左を見ても、日本人の顔を眺められるのは、帰朝者だけが持つ特別の悦《よろこ》びだった。
わけてかの女のように、一人むす子と離れて来た母親に取って、バスは、寂寥《せきりょう》を護《まも》って呉《く》れる団欒的《だんらんてき》な乗りものだった。この点では、電車は、まだ広漠とした感じを与えた。
バスは、ときどき揺れて、呟《つぶや》き声や、笑い声を乗客に立てさせながら、停留場毎に几帳面《きちょうめん》に、客を乗り降りさせて行く。山の手から下町へ向う間に二つ三つ坂があって、坂を越すほど街の灯は燦き出して来る。そして、これが最後の山の手の区域と訣《わか》れる一番高い坂へ来て、がくりと車体が前屈《まえかが》みになると、東京の中央部から下町へかけての一面の灯火の海が窓から見下ろせる。浪のように起伏する灯の粒々《つぶつぶ》やネオンの瞬きは、いま揺り覚まされた眼のように新鮮で活気を帯びている。かの女は都会人らしい昂奮《こうふん》を覚えて、乗りものを騎馬かなぞのように鞭《むちう》って早く賑《にぎ》やかな街へ進めたい肉体的の衝動に駆られたが、またも、むす子と離れている自分を想《おも》い出すと、急に萎《しお》れ返り、晴々しい気持の昂揚《こうよう》なぞ、とても長くは続かなかった。
バスはMの学生地区にさしかかった。五六人の学生が乗り込んだ。帽子の徽章《きしょう》をみると、かの女のむす子が入っていた学校の生徒たちである。なつかしいと思うよりも、困ったものが眼の前に現われたといううろたえた気持の方が、かの女の先に立った。年頃に多少の違いはあろうが、むす子の中学時代を彷彿《ほうふつ》させる長い廂《ひさし》の制帽や、太いスボンの制服のいでたちだけでも、かの女の露っぽくふるえている瞼《まぶた》には、すでに毒だった。かの女は顎《あご》を寒そうに外套《がいとう》の襟の中へ埋めた。塩辛《しおから》い唾《つば》を咽喉《のど》へそっと呑《の》み下した。
かの女のむす子はM地区の学校を出て、入学試験の成績もよく、上野の美術学校へ入った。それから間もなく逸作の用務を機会に、かの女の一家は外遊することになった。
在学中でもあり、師匠筋にあたる先生の忠告もあり、かの女ははじめ、むす子を学校卒業まで日本へ残して置く気だった。
「ええ、そりゃそうですとも、基礎教育をしっかり固めてから、それから本場へ行って勉強する。これは順序です。だからあたしたち、先へ行ってよく向うの様子を見て来てあげますから、あんたも留守中落着いて勉強していなさい。よくって」
かの女は賢そうにむす子にいい聞かせた。それでむす子もその気でいた。
ところが、遽《あわただ》しい旅の仕度が整うにつれ、かの女は、むす子の落着いた姿と見較《みくら》べて憂鬱《ゆううつ》になり出した。とうとうかの女はいい出した。「永くもない一生のうちに、しばらくでも親子離れて暮すなんて……先のことは先にして――あんたどう思います」逸作は答えた。「うん、連れてこう」
親たちのこの模様がえを聞かされた時、かなり一緒に行き度《た》い心を抑えていたむす子は「なんだい、なんだい」と赫《あか》くなって自分の苦笑にむせ[#「むせ」に傍点]乍《なが》ら云った。そして、かの女等は先のことは心にぼかしてしまって、人に羨《うらや》まれる一家|揃《そろ》いの外遊に出た。
足かけ四年は、経《た》った。かの女の一家は巴里にすっかり馴染《なじ》んだ。けれども、かの女達はついに日本へ帰らなくてはならない。
その時かの女は歯を喰《く》いしばって、むす子を残すことにした。むす子は若いいのちの遣瀬《やるせ》ない愛着を新興芸術に持ち、新興芸術を通して、それを培《つちか》う巴里の土地に親しんだむす子は、東洋の芸術家の挺身隊《ていしんたい》を一人で引受けたような決心の意気に燃えて、この芸術都市の芸術社会に深く喰い入っていた。今更、これを引離すことは、勢い立った若武者を戦場から引上げさすことであり、恋人との同棲から捩《も》ぎ外《はず》すことだった。(巴里のテーストはもはやむす子の恋人だった。)それを想像するだけで、かの女は寒気立った。むす子にその思い遣《や》りが持てるのは、もはやかの女自身が巴里の魅力に憑《つ》かれている証拠だった。
ふだん無頓着《むとんちゃく》をよそおっている逸作も、このときだけは、妙に凄《すご》い顔付きになっていった。
「巴里留学は画学生に取っていのちを賭《か》けてもの願いだ。それを、おれは、青年時代に出来なかった。だから、おれの身代りにも、むす子を置いて行く」
だが、こう筋立った逸作の言葉の内容も、実は、かの女やむす子と同じく巴里に憑かれた者の心情を含んでいた。人間性の、あらゆる洗練を経た後のあわれさ、素朴さ、切実さ――それが馬鹿らしい程小児性じみて而《しか》も無性格に表現されている巴里。鋭くて厳粛で怜悧《れいり》な文化の果てが、むしろ寂寥を底に持ちつつ取りとめもない痴呆《ちほう》状態で散らばっている巴里。真実の美と嘆きと善良さに心身を徹して行かなければいられない者が、魅着し憑かれずにはいられない巴里《パリ》――だが、そこからは必ずしも通俗的な獲物は取り出せないのだ。むす子がどれ程深く喰《く》い入りそこから取り出すであろう芸術も、それをあの賢夫人やその他多くの世間人達がむす子に予言するような、いわゆる偉い通俗の「出世社会」に振りかざし得ようとの期待は、親もむす子も持たなかった。置く者も置かれる者も、慾や、見栄や、期待ではなかった。もっとせっぱ[#「せっぱ」に傍点]詰ったあわれ[#「あわれ」に傍点]なあわれ[#「あわれ」に傍点]な心の状態だった。
所詮《しょせん》、かの女はむす子と離れて暮さねばならなかった。
うつし世の人の母なるわれにして
手に触《さや》る子の無きが悲しき。
むす子が巴里の北のステイションへ帰朝する親たちを送って来て、汽車の窓から、たしない小遣いの中で買ったかの女への送別品のハンケチを、汽車の窓に泣き伏しているかの女の手へ持ち添えて、顔も上げ得ず男泣きに泣いていた姿を想《おも》い出すと、彼女は絶望的になって、女ながらも、誰かと決闘したいような怒りを覚える。
だが、その恨みの相手が結局誰だか判らないので、口惜しさに今度は身体が痺《しび》れて来る。
バスは早瀬を下って、流れへ浮み出た船のように、勢を緩めながら賑《にぎ》やかで平らな道筋を滑って行く。窓硝子《まどガラス》から間近い両側の商店街の強い燭光を射込まれるので、車室の中の灯りは急にねぼけて見える。その白濁した光線の中をよろめきながら、Mの学生の三四人は訣《わか》れて車を降り、あとの二人だけは、ちょうどあいたかの女の前の席を覘《うかが》って、遠方の席から座を移して来た。かの女は学生たちをよく見ることが出来た。
一人は鼻の大きな色の白い、新派の女形にあるような顔をしていた。もう一人は、いくら叩《たた》いても決して本音を吐かぬような、しゃくれた強情な顔をしていた。
どっちとも、上質の洋服地の制服を着、靴を光らして、身だしなみはよかった。いい家の子に違いない。けれども、眼の色にはあまり幸福らしい光は閃《ひらめ》いていなかった。自我の強い親の監督の下に、いのちが芽立ち損じたこどもによくある、臆病《おくびょう》でチロチロした瞳《ひとみ》の動き方をしていた。かの女は巴里で聞かされたピサロの子供の話を思い出した。
かの女がむす子と一緒に巴里で暮していたときのことである。かの女はセーヌ河に近いある日本人の家のサロンで、永く巴里で自活しているという日本人の一青年に出遇《であ》った。
「僕あ、ピサロの子を知っています。二十歳だが親はもう働かせながら勉強さしています」
青年が何気ない座談で聞かせて呉《く》れたその言葉は、かの女に、自分がむす子に貢いで勉強さしとくことが、何かふしだら[#「ふしだら」に傍点]ででもあるような危惧《きぐ》の念を抱かした。
しかしかの女はずっとかの女の内心でいった。なるほど、二十歳の青年で稼ぎながら勉強して行く。ピサロの子どもには感心しないものでもない。しかし、親のピサロには、どうあっても同感出来ない。印象画派生き残りの唯一の巨匠で、現在官展の元老であるピサロは貧乏ではあるまい。十分こどもに学資を与えられる身分である。たとえ、主義のためであるとしても、十九や二十の息子を、親の手から振り放って、他人の雇傭《こよう》の鞭《むち》の下で稼ぐ姿を、よくも、黙って見ていられるものである。それで自分はしゃれたピジャマでも着て、匂《にお》いのいい葉巻でもくゆらしているとすれば……そんなちぐはぐな親子の情景によって、ピサロは主義遂行に満足しているのか。かの女は、それから、あのピサロの律義で詩的な、それでいてどこか偏屈な画を見ることが嫌いになり出した。そしてピサロのむす子を想像すると、いつも親に気兼ねしている、臆病で素早く動く色の薄い瞳がちらついて来る。でなければ、主義とか理想とかを丸呑《まるの》み込みにして、それに盲従する単純すぎて鈍重な眼を輝かす青年が想像されて来る。かの女はまた、かりにピサロの親子間を立派なものに考えて見た。それから更に考えてかの女の、子に対する愛情の方途が間違っているとは思えなかった。彼女は、子を叱咤《しった》したり、苛酷《かこく》にあつかうばかりが子の「人間成長」に役立つものとは思わない。世には切実な愛情の迫力に依《よ》って目覚める人間の魂もある。叱正や苛酷に痩《や》せ荒《すさ》む性情が却《かえ》って多いとも云えようではないか。結局かの女の途方も無い愛情で手擲弾《てなげだん》のように世の中に飛び出して行ったむす子……「だが、僕は無茶にはなり切れませんよ、僕の心の果てにはいつも母の愛情の姿がありますもの……時代は英雄時代じゃなし、親の金でいい加減に楽しんでいればそれでもいい僕等なんだけどな……偉くなれなんて云わない母の愛情が、僕をどうも偉くしそうなんです」
と、むす子はかの女の陰で或人に云ったそうである。
二人の学生はかの女の思わくも何も知らずにコソコソ話していたが、道筋が大通りに突き当って、映画館のある前の停留場へ来ると急いでバスから降りて行った。
しばらく、バスは、官庁街の広い通りを揺れて行く。夜更けのような濃い闇《やみ》の色は、硝子窓を鏡にして、かの女の顔を向側に映し出す。派手な童女型と寂しい母の顔の交った顔である。むす子が青年期に達した二三年来、一にも二にもむす子を通して世の中を眺めて来た母の顔である。かの女は、向側の窓硝子に映った自分の姿を見るのが嫌になって、寒そうに外套《がいとう》の襟を掻《か》き合せ、くるりと首を振り向けた。所在なさそうに、今度は背中が当っていた後側の窓硝子に、眼を近々とすり寄せて、車外を覗《のぞ》いてみる。
湖面を想像させる冷い硝子の発散気を透して、闇の遠くの正面に、ほの青く照り出された大きな官庁の建物がある。その建物の明るみから前へ逆に照り返されて威厳を帯びた銅像が、シルエットになって見える。銅像の検閲を受ける銃剣の参差《しんし》のように並木の梢《こずえ》が截《き》り込みこまかに、やはりシルエットになって見える。それはかの女が帰朝後間もない散歩の途中、東京で珍しく見つけたマロニエの木々である。日本へ帰って二タ月目に、小蝋燭《ころうそく》を積み立てたようなそのほの白い花を見つけて、かの女はどんなに歓《よろこ》んだことであろう。
巴里という都は、物憎い都である。嘆きや悲しみさえも小唄《こうた》にして、心の傷口を洗って呉れる。媚薬《びやく》の痺《しび》れにも似た中欧の青深い、初夏の晴れた空に、夢のしたたりのように、あちこちに咲き迸《ほとばし》るマロニエの花。巴里でこの木の花の咲く時節に会ったとき、かの女は眼を一度|瞑《つむ》って、それから、ぱっと開いて、まじまじと葉の中の花を見詰めた。それから無言で、むす子に指して見せた。すると、むす子も、かの女のした通り、一度眼を瞑って、ぱっと開いて、その花を見入った。二人に身慄《みぶる》いの出るほど共通な感情が流れた。むす子は、太く徹《とお》った声でいった。
「おかあさん、とうとう巴里へ来ましたね」
割栗石の路面の上を、アイスクリーム売りの車ががらがらと通って行った。
この言葉には、前物語があった。その頃、美男で酒徒の夫は留守勝ちであった。彼は青年期の有り余る覇気をもちあぐみ、元来の弱気を無理な非人情で押して、自暴自棄のニヒリストになり果てていた。かの女もむす子も貧しくて、食べるものにも事欠いたその時分、かの女は声を泣き嗄《か》らしたむす子を慰め兼ねて、まるで譫言《うわごと》のようにいって聞かした。
「あーあ、今に二人で巴里に行きましょうね、シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」
その時口癖のようにいった巴里《パリ》という言葉は、必ずしも巴里を意味してはいなかった。極楽というほどの意味だった。けれども、宗教的にいう極楽の意味とも、また違っていた。かの女は、働くことに無力な一人の病身で内気な稚《おさ》ない母と、そのみどり子の餓《う》えるのを、誰もかまって呉《く》れない世の中のあまりのひどさ、みじめさに、呆《あき》れ果てた。――絶望ということは、必ずしも死を選ませはしない。絶望の極死を選むということは、まだ、どこかに、それを敢行する意力が残っているときの事である。真の絶望というものは、ただ、人を痴呆《ちほう》状態に置く。脱力した状態のままで、ただ何となく口に希望らしいものを譫言《うわごと》のようにいわせるだけだ。彼女が当時口にした巴里という言葉は、ほんの譫言に過ぎなかった。しかし譫言にもせよ、巴里と口唱するからには、たしかに、よいところとは思っていたに違いなかった。或は貧しい青年画家であった夫逸作の憧憬がその儘《まま》、かの女にそう思い込ませたのかも知れない。
将来、巴里へ行けるとか行けまいとか、そんな心づもりなどは、当時のかの女には、全然なかったのだ。第一、この先、生きて行けるものやら、そのことさえ判《わか》らなかった。だがその後ほとんど人生への態度を立て直した逸作の仕事への努力と、かの女に思わぬ方面からの物質の配分があって、十余年後に一家|揃《そろ》って巴里の地を踏んだときには、当然のようにも思えるし、多少の不思議さが心に泛《うか》び、運命が夢のように感じられただけであった。
しかし、この都にやや住み慣れて来ると、見るものから、聞くものから、また触れるものから、過去十余年間の一心の悩みや、生活の傷手《いたで》が、一々、抉《えぐ》り出され、また癒《いや》されもした。巴里とはまたそういう都でもあった。
かの女は巴里によって、自分の過去の生涯が口惜しいものに顧みさせられると、同時にまた、なつかしまれさえもした。かの女はこの都で、いく度か、しずかに泣いて、また笑った。しかし、一ばんかの女の感情の根をこの都に下ろさしたのは、むす子とマロニエの花を眺めたときだった。かの女の心に貧しいときの譫言が蘇《よみがえ》った。
「あーあ、今に二人で巴里に行きましょうね。シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」そして今はむす子の声が代って言う、「お母さん、とうとう巴里へ来ましたね」そうだ復讐《ふくしゅう》をしたのだ。何かに対する復讐をしたのだ。そしてかの女に復讐をさして呉れたのはこのマロニエの都だ。
こういう気持からだけでも、十分かの女は、この都に、愛着を覚えた。よく、物語にある、仇打《あだうち》の女が助太刀の男に感謝のこころから、恋愛を惹起《じゃっき》して行く。そんな気持だった。けれども、かの女は帰国しなくてはならない。かの女は元来、郷土的の女であって、永く郷国の土に離れてはいられなかった。旅費も乏しくなった。逸作も日本へ帰って働かなければならない。そこで、せめて、かたみ[#「かたみ」に傍点]に血の繋《つな》がっているむす子を残して、なおも、この都とのつながりを取りとめて置く。そんな遣瀬《やるせ》ない親達の欲情も手伝って、むす子は巴里に残された。
「お母さん、とうとう巴里に来ましたね」
今後何年でもむす子のいるかぎり、毎年毎年、マロニエが巴里の街路に咲き迸《ほとばし》るであろう。そしてたとえ一人になっても、むす子は「お母さん、とうとう巴里に来ましたね」と胸の中で、いうだろう。だが、それが母と子の過去の運命に対する恨みの償却の言葉であり、あの都に対するかの女とむす子との愛のひめ言の代りとは誰が知ろう。
そうだ。むす子を巴里に残したのは一番むす子を手離し度《た》くない自分が――そして今は自分と凡《すべ》ての心の動きを同じくするようになったむす子の父が――さしたのだ。
かの女は、なおも、こんな事を考えながら、丸の内××省前の銅像のまわりのマロニエの木をよく見定め度い気持で、外套《がいとう》の袖《そで》で、バスの窓硝子《まどガラス》の曇りを拭《ぬぐ》っていると、車体はむんず[#「むんず」に傍点]と乗客を揺り上げながら、急角度に曲った。そのひまに窓外の闇《やみ》はマロニエの裸木を、銅像もろとも、掬《すく》い去った。かの女は席を向き直った。運転台や昇降口の空間から、眩《まぶ》しく、丸の内街の盛り場の夜の光が燦き入った。
喫茶店モナミは、階下の普請を仕変えたばかりで、電灯の色も浴後の肌のように爽《さわ》やかだった。客も多からず少からず、椅子《いす》、テーブルにまくばられて、ストーヴを止めたあとも人の薀気で程よく気温を室内に漂わしていた。季節よりやや早目の花が、同じく季節よりやや早目の流行服の男女と色彩を調え合って、ここもすでに春だった。客席には喧しい話声は一筋もなく、室全体として静物の絵のしとやかさを保っていた。ときどき店の奥のスタンドで、玻璃盞《はりさかずき》にソーダのフラッシュする音が、室内の春の静物図に揮発性を与えている。
人を関《かま》いつけないときは、幾日でも平気でうっちゃらかしとくが、いざ関う段になるとうるさいほど世話を焼き出す、画描き気質《かたぎ》の逸作は、この頃、かの女の憂鬱《ゆううつ》が気になってならないらしかった。それで間《ま》がな隙《すき》がな、かの女を表へ連れ出す。まるで病人の気保養させる積りででもあるらしく、機嫌を取ってまで連れ出す。しかし単純な彼はいつも銀座である。そしてモナミである。かの女を連れ出して、この喫茶店のアカデミックな空気の中に游《およ》がせて置けば、かの女は、立派に愉快を取り戻せるものと信じ切っているらしく、かの女に茶を与え、つまみ物を取って与えた後は、ぽかんとして、勝手な考えに耽《ふけ》ったり、洋食を喰《た》べたり、元気で愛想よくテーブル越しに知人と話し合う。
今も、「やあ」と彼が挨拶《あいさつ》したので、かの女が見ると、同じような「やあ」という朗らかな挨拶で応《う》けて、一人の老紳士が入って来た。紳士がインバネスの小脇《こわき》に抱え直したステッキの尖《さき》で弾かれるのを危がりながら、後に細身の青年が随《つ》いていた。
老紳士は、眼鏡のなかの瞳《ひとみ》を忙しく働かせながら、あたりの客の立て込みの工合では、別に改った挨拶をせずとも、まだ空のある逸作等のテーブルに席を取っても不自然ではないと、すぐ見て取ったらしい、世馴《よな》れた態度で、無造作に通路に遊んでいた椅子を二つ、逸作等のテーブルに引き寄せた。自分が先へかけると、今度は、青年を自分の傍に掛けさせた。青年は痩《や》せていて、前屈《まえかが》みの身体に、よい布地の洋服を大事そうに着込んでいた。髪の毛をつやつやと撫《な》でつけていることを気まり悪がるように、青年は首を後へぐっと引いて、うつ向いていた。青年は、父に促されて、父を通して、かの女たちに、かすかな挨拶をした。
老紳士が、かの女たちに話しかける声音は、場内で一番大きく響いたが、誰も聞き咎《とが》める様子もなかった。講演ですっかり声の灰汁《あく》が脱けている。その上、この学者出の有名な社会事業家は、人格の丸味を一番声調で人に聞き取らせた。老紳士は世間的には逸作の方に馴染《なじ》みは深かったが、しかし、職務上からは、はじめて遇《あ》ったかの女の方にかねがね関心を持っていたらしい。それで逸作と暫《しばら》く世間話をしながらも、機会を待つもののようだったが、やがて、さも興味を探るように、かの女をつくづくと見詰めていった。
「不思議ですよ。おくさんは。お若くて、まるでモダン・ガールのようだのに大乗哲学者だなんて……」
かの女は、よく、こういう意味の言葉を他人から聞かされつけている。それで、またかと思いながら、しかし、この識者を通してなら、一般の不審に向っても答える張合いがあるといった気持で、やや公式に微笑《ほほえ》みながらいった。
「大乗哲学をやってますから、私、若いのじゃごさいませんかしら。大乗哲学そのものが、健康ですし、自由ですし」
すると老紳士は、幼年生に巧みにいい返された先生といった快笑を顔中に漲《みなぎ》らせて、頭を掻《か》いた。「やあ、これは、参った」
けれども、かの女は冗談にされてはたまらないと思い、まじめな返事をした自分の不明を今更後悔する沈黙で、少し情ない気持を押えていると、さすがに老紳士は気附いて、
「なる程な。そこまで伺えば、よく判《わか》りますて」
といって、下手から、かの女の気持のバランスを取り直すようにした。かの女は少し気の毒になって、ちょっと頭を下げた。
すると、老紳士は、そのまま真面目《まじめ》な気分の方へ誘い込まれて行って、視線を内部へ向けながら、独言のようにいった。
「大乗哲学の極意は全くそこにあるんでしょうなあ。ふーむ。だが、そこまで行くのがなかなか大変だぞ」
そしてそのことと自分のむす子とが、何かの関係でもあるかのように、むす子のこけた肩を見た。むす子は青年にしては、あまりに行儀正しい腰掛け方をしていた。――かの女はこの時、このむす子がずっと前、母親を失っているのを何かの雑誌で見ていたことが思い出された。
老紳士は深刻な顔つきで、アイスクリームの匙《さじ》を口へ運んでいたが、たちまち、本来の物馴《ものな》れた無造作な調子に返った。
「一たい、おくさんのような、華やかなそして詩人肌の方が、また間違ってるかも知れんが、まあ、兎《と》に角《かく》、どうして哲学なんかに縁がおありでしたな」今度は社会教育の参考資料にとでもいった調査的な聞き振りだった。
かの女がやや怯《おび》えている様子をみて逸作が纏《まとま》りよく答えた。
「つまり、これがですな。性質があんまり感情的なんで、却《かえ》って性質とまるで反対な哲学なんて、理智的な方向のものを求めたんでしょうなあ。つまり、女の本能の無意識な自衛的手段でしょうなあ」
「ははあ、そして、それは、何年前位から始めなさった」
場所柄にしては、あんまり素朴に一身上の事実を根問い葉問いされるものと、かの女はちょっと息を詰めて口を結んだが、ふだん質問する人達には誰へも正直に云っている通りに云った。
「二十年程まえ、感情上の大失敗をしました。研究はそれ以来なのです」
かの女がいい終るか終らないかに、老紳士は、
「ははあ、それは好い、ふーむ、なるほど」
そして、伸び上るように室内をきょときょと見廻《みまわ》した。
感情上のはなしと聞いて、よく世間にある老人のように、うるさいものと思い取り、こういう態度で、暗に、打ち切りを宣告したのかも知れない。こまかい心理の話なぞ、どうせ人に理解して貰えやしまいと普段から諦《あきら》めをつけているかの女は、老紳士の「ははあ、それは好い」と片付けた、そのアッサリし方が案外気に入って、少しおかしくなった。そして、この親を持つ子供はどんな子供かと、微笑しながら、かの女はあらためてまた青年に眼を移した。
煙草《たばこ》も喫《す》わないそのむす子は、アイスクリームを丁寧に喰《た》べ終えてから、両手を膝《ひざ》の上へ戻し、弱々しい視線をテーブルの上へ落して、熱心でも無関心でもない様子で、父親と知人の談話を聞いていた。
かの女はこの無力なおとなしさに対して、多少、解説を求めたい気持になった。
「御子息さまは……学校の方は……何ですか」
うっかり、何処の学校を、いつ卒業したかと訊《き》きそうになって、こんな成熟不能の青年では、ひょっとしたら、どの学校も覚束《おぼつか》なくはないかと懸念して、遠慮の言葉を濁した。すると案の定、老紳士は、
「どうも弱いので、これは中学だけで、よさせましてな」
と云ったが、格別息子の未成熟に心を傷めたり、ひけ目を感じている様子も見せず、普通な大きい声だった。それから質問のよい思い付きを見付けたように、
「ときに、お宅のむす子さんは……たしか、巴里《パリ》でしたな、まだお帰りにならんかな」
と首を前へ突き出して来た。この種の社会事業家によくある好意をもって他人の事情を打診する表情で「お子さんはもう巴里に何年ぐらいになりますかな。よほど永いように思いますが――」
かの女は、何となく、老紳士の息子に対して気兼ねが出て、自分のむす子の遊学の話など、すぐ返事が出来なかった。また逸作が代っていった。
「僕等が、昭和四年に洋行するとき、連れて行ったまま、残して来たんです」
「まだ、お年若でしょうに。中学は出られましたかな」
この老紳士は、中学教育に余程力点を置いているらしい。そして逸作からむす子の学歴の説明を聴いてほっとしたように、
「中学も立派に卒業されて、美術学校へ入られた……ほほう、そして美術学校の途中から外国へ出られたというんですな。しかし、何しろ洋画はあちらが本場だから仕方がない」
「学校の先生方も、基礎教育だけは日本でしろとずいぶん止められたんですが、どうにもこれ[#「これ」に傍点](かの女を指して)が置いて行けなかったんで」
すると老紳士は、好人物の顔を丸出しにして褒めそやすようにいった。
「なるほど、ひとり息子さんだからな、それも無理はない」
かの女は他人《ひと》のことばかりに思いやりが良くて、自分の息子には一向無関心らしい老紳士が、粗《あら》っぽく思えて興醒《きょうざ》めた。が、ひょっとすると、この老紳士は自分の気持を他人の上に移して、心やりにする旧官僚風の人物にままある気質の人で、内外では案外、寸刻の間も、自分の息子の上にいたわりの眼を離さないのかも知れない。老父が青年の息子と二人で、春の夜、喫茶店に連れ立って来るなどという風景も、気をつけて見れば、しんみりした眺めである。
かの女は、だんだん老紳士に対する好感が増して行き、慈《いつく》しむような眼《まな》ざしで青年の姿を眺めていると、老紳士は、暗黙の中にそれを感謝するらしく、
「だが、よく、むす子さんを一人で置いて来られましたな。巴里のような誘惑の多い処へ。まだ年若な方を、あすこへ一人置かれることは余程の英断だ」
老紳士は曾《かつ》て外遊視察の途中、彼の都へ数日滞在したときの見聞を思い出して来て、息子の青年には知らしたくない部分だけは独逸語《ドイツご》なぞ使って、一二、巴里|繁昌記《はんじょうき》を語った。老紳士の顔は、すこし弾んで棗《なつめ》の実のような色になった。青年は相変らず、眉根《まゆね》一つ動かさず、孤独でかしこまっていた。
賑《にぎ》やかな老紳士は息子を連れて、モナミを出て行った。あとでかの女は気が萎《しぼ》んで、自分が老紳士にいった言葉などあれや、これやと、神経質に思いかえして見た。老紳士が年若なむす子を巴里に置く危険を喋《しゃべ》ったとき、かの女は「もし、そのくらいで危険なむす子なら、親が傍で監督していましても、結局ろくなものにはならないのじゃありませんかしら」と答えた自分の言葉が酷《ひど》く気になり出した。それは、こましゃくれていて、悪く気丈なところがある言葉だった。どうか老紳士も之だけは覚えていて呉《く》れないようと願っていると、そのあとから、ふいと老紳士がいった、「一人で、よく置いて来られましたな」という言葉がまた浮び出て来た。すると、むす子は一人で遠い外国に、自分はこの東京に帰っている。その間の距離が、現実に、まざまざと意識されて来た。もういけない。しんしんと淋しい気持が、かの女の心に沁《し》み拡《ひろが》って来るのだった。
かの女が、いよいよ巴里《パリ》へむす子を一人置いて主人逸作と帰国するとき、必死の気持が、かの女に一つの計画をたてさせた。かの女は、むす子と相談して、むす子が親と訣《わか》れてから住む部屋の内部の装置を決めにかかった。むす子が住むべき新しいアパートは、巴里の新興の盛り場、モンパルナスから歩いて十五分ほどの、閑静なところに在った。
そこは旧い貧民街を蚕食《さんしょく》して、モダンな住宅が処々に建ちかかっているという土地柄だった。
かの女はむす子の棲《す》むアパートの近所を見て歩いた。むす子が、起きてから珈琲を沸すのが面倒な朝や、夜更けて帰りしなに立ち寄るかも知れない小さい箱のようなレストランや、時には自炊もするであろう時の八百屋、パン屋、雑貨食料品店などをむす子に案内して貰って、一々立ち寄ってみた。ある時はとぼとぼと、ある時は威勢よく、また、かなりだらしない風で、親に貰った小遣いをズボンの内ポケットにがちゃがちゃさせながら、これ等の店へ買いに入る様子を、眼の前のむす子と、自分のいない後のむす子とを思い較《くら》べながら、かの女はそれ等の店で用もない少しの買物をした。それ等の店の者は、みな大様《おおよう》で親切だった。
「割合に、みんな、よくして呉《く》れるらしいわね」
「僕あ、すぐ、この辺を牛耳《ぎゅうじ》っちゃうよ」
「いくら馴染《なじ》みになっても決して借を拵《こしら》えちゃいけませんよ、嫌がられますよ」
それからアパートへ引返して、昇降機が、一週間のうちには運転し始めることを確め、階段を上って部屋へ行った。
しっとりと落着きながら、ほのぼのと明るい感じの住居だった。画学生の生活らしく、画室の中に、食卓やベッドが持ち込まれていて、その本部屋の外に可愛《かわい》らしい台所と風呂がついていた。
「ほんとうに、いい住居、あんた一人じゃあ、勿体《もったい》ないようねえ」
かの女はそういいながら、うっかりしたことを云い過ぎたと、むす子の顔をみると、むす子は歯牙《しが》にかけず、晴々と笑っていて、「いいものを見せましょうか」と、台所から一挺《いっちょう》日本の木鋏《きばさみ》を持ち出した。
「夏になったらこれで、じょきんじょきんやるんだね。植木鉢を買って来て」
「まあ、どこからそんなものを。お見せよ」
「友達のフランス人が蚤《のみ》の市で見付けて来て、自慢そうに僕に呉れたんだよ。おかしな奴さ」
かの女は、そのキラキラする鋏の刃を見て、むす子が親に訣れた後のなにか青年期の鬱屈《うっくつ》を晴らす為にじょきじょき鳴らす刃物かとも思い、ちょっとの間ぎょっとしたが、さりげない様子で根気よくむす子に室内の家具の配置を定めさせた。浴室の境の壁際に寝台を、それと反対の室の隅にピアノを据えて、それとあまり遠くなく、珈琲を飲むテーブルを置く。しまいに、茶道具の置き場所まで、こまかく気を配った。
それは、むす子の生活に便利なよう、母親としての心遣いには相違なかったが、しかし、肝腎《かんじん》な目的は、かの女自身の心覚えのためだった。かの女は日本へ帰って、むす子の姿を想《おも》い出すのに、むす子が日々の暮しをする部屋と道具の模様や、場取りを、しっかり心に留めて置きたかった。それらの道具の一つ一つに体の位置を定めて暮しているむす子の室内姿を鮮明に想い出せるよう、記憶に取り込むのであった。むす子も、むす子の父親も、かの女の突然なものものしい劃策《かくさく》の幼稚さに呆《あき》れ乍《なが》ら、また名案であるかのように感心もした。
それからまた、遠く離れて居れば、むす子の健康が、一番心配だとしきりに案じるかの女を安心させるため、むす子はかの女達が、英国や独逸《ドイツ》へ行って居る間に出来た友人で、巴里でも有名なある外科病院の青年医を両親に見せることにした。かの女達は、むす子を頼んで置くその青年医を一夕《いっせき》、レストランへ招待した。かの女達は、魚料理で有名なレストランへ先に行っていた。むす子があとから連れて来た青年は、むす子より丈が三倍もありそうな、そして、髪も頬《ほお》も眼もいろ艶《つや》の好いラテン系の美丈夫だった。かの女はこんな出来上った美丈夫が、むす子の友達だなんて信じて好いのかと思った。むす子を片手で掴《つか》んで振り廻《まわ》しそうにも思えた。「なに、ぼんやりしてんの、お母さん。」むす子は美男子に見惚《みほ》れて居るような場合、何にも考慮に入れない母親の稚純性を知って居て、くすり[#「くすり」に傍点]と笑った。美青年も何かしら好意らしく笑った。美青年の笑顔は、まるで子供だった。そして彼女は安心した。柄こそ大きくても青年は医科大学を出たばかりで二十五歳の助手だった。そうは云っても二十歳ばかりの異国画学生のむす子が、よくこんなしっかりした青年を友人に獲得したものだと一向にだらしのないような自分のむす子のどこかにひそむ何かの伎倆《ぎりょう》がたのもしく思われた。かの女の小柄なむす子――細くて鋭い眼と眼とが離れ、ほそ面のしまった顔に立派過ぎる鼻と口、だが笑う眉《まゆ》がちょっぴり下ると親の身としては何かこの子に足らぬ性分があるのではないかと、不憫《ふびん》で可愛《かわ》ゆさが増すのだった。
よく語り、よく喰《た》べたが、食事をしながらの青年は決して人ずれがして居なかった。この青年の親達はどんな人か、どんな育ちかと、かの女は女性にありがちな通俗的な思案にふけって居るうちに、自分のむす子が赤子のとき、あんまりかの女達が若い親だったことを思い出した。若くもあり、性来子を育てる親らしい技巧を持ち合せて居ない自分達を親に持ったむす子の赤児の時のみじめさを想い出した。そういう自分達の、まして、まだ親らしい自覚も芽《め》ぐまないうちに親になって途方にくれて居るなかで、いつか成人して仕舞ったむす子の生命力の強さに驚かれる。感謝のような気持がその生命力に向って起る。だが、その生命力はまた子の成長後かの女の愛慾との応酬にあまり迫って執拗《しつよう》だ。かの女は、持って居たフォークの先で、何か執拗なものを追い払うような手つきをした。自分の命の傍に、いつも執拗に佇《たたず》んで居る複数の影のようなものを一瞬感じたとき、かの女の現実の眼のなかへいつものむす子の細い鋭い眼が飛び込んで来て、「なにぼんやりしてんの」と薄笑いした。青年もかの女を見て「ママン泣いて居る?」と薄笑いし乍らむす子に聞いた。
「あなたんとこの息子さんを、モンパルナスのキャフェでよく見かけますよ」と、薄い旅費で行脚的に世界一周を企て巴里まで来て、まだ虚勢とひがみを捨て切らない或る老教育家が、かの女等の親子批判にいどみ込んで来た。むす子が親の金でモンパルナスに出掛けて行ってるのを知らないのかという口調だった。かの女達はよく知っていた。知り過ぎていた。というよりも、夜にでもなったらモンパルナスのキャフェへでも出掛けて行き分相応愉快に過しなさいという気持で、一人置いて行く子のアパートを、モンパルナスからあまり遠くない地点に選んでやったくらいだ。巴里の味はモンパルナスのキャフェにあるとさえ云われて居るところをむす子から封じて、巴里へ置いて行く意義はない。
若くして親には別れ外《と》つ国の
雪降る街を歩むかあはれ。
一人巴里に置かれることが、むす子の願い、親の心柄であるとは云え、二十歳そこそこで親に別れ、ひと日暮れ果ててキャフェへさえ行かれない子にして置けるだろうか。かの女自身のむす子と別れて後の淋しい生活を想像して見ても、むす子が行く華やかなモンパルナスのキャフェの夜の時間を想《おも》うことが、むしろ、かの女の慰安でさえある。むす子は純芸術家だ、画家だ、なにも修身の先生にでもするのじゃなし……かの女にこういう考えもあった。
東京銀座のレストラン・モナミのテーブルに倚《よ》りかかって、巴里《パリ》のモンパルナスのキャフェをまざまざと想い浮べることは、店の設備の上からも、客種の違いからも、随分無理な心理の働かせ方なのだが、かの女のロマン性にかかるとそれが易々と出来た。
ふだんから、かの女は地球上の土地を、自分の気持の親疎によって、実際の位置と違った地理に置き換えていた。つまり感情的にかの女独得の世界地図が出来ていた。その奇抜さ加減にときどき逸作も、かの女自身すら驚嘆することがあった。アメリカは、ほとんど沙漠の中の蛮地のように遠く思え、欧洲はすぐ神戸の先に在るように親しげな話し振りをかの女はした。だから、四年前一家を挙げて欧洲へ遊学に出掛ける朝も、一ばん気軽な気持で船に乗ったのはかの女だった。かの女は和装で吾妻下駄《あずまげた》をからから桟橋に打ち鳴らしながら、まるで二三日の旅に親類へでも行くような安易さだった。
かの女はまた情熱のしこる時は物事の認識が極度に変った。主観の思い詰める方向へ環境はするする手繰られて行った。
身体に一本の太い棒が通ったように、むす子のことを思い詰めて、その想い以外のものは、自分の肉体でも、周囲の事情でも、全くかの女から存在を無視されてしまうときに、むす子のいる巴里は手を出したら掴《つか》めそうに思える。それほど近く感じられる雰囲気の中に、いべき筈《はず》のむす子がいない。眼つきらしいもの、微笑らしいもの、癖、声、青年らしい手、きれぎれにかの女の胸に閃《ひらめ》きはするが、かの女の愛感に馴染《なじ》まれたそれ等のものが、全部として触れられず、抱え取れない、その口惜しさや悲しさが身悶《みもだ》えさせる。ふとここでかの女の理性の足を失った魂のあこがれが、巴里の賑《にぎ》やかさという連想から銀座へでも行ったらむす子に会えそうな気を彼女にさせる。さすがに彼女も一二度はまさかと思い返してみるけれども、今度は、あこがれだけがずんずん募って行って、せめてあこがれを納得させるだけでも銀座へ踏み出してむす子の俤《おもかげ》を探さなければ居たたまれないほど強い力が込み上げて来る。で、ある時はむしろ、かの女の方から進んで銀座へ出たがるので、そんなとき逸作はかの女の気が晴れて来たのかと悦《よろこ》んでいる。かの女は夢とも現実とも別目《けじめ》のつかないこういう気持に牽《ひ》かれて、モナミへ入り、テーブルに倚りかかって、うつらうつらむす子と行った巴里のキャフェを想い耽《ふけ》る。
モンパルナスのキャフェ・ド・ラ・クーポールの天井《てんじょう》や壁から折り返して来るモダンなシャンデリヤの白い光線は、仄《ほの》かにもまた強烈だった。立て籠《こ》めた莨《たばこ》の煙は上から照り澱《よど》められ、ちょうど人の立って歩けるぐらいの高さで、大広間の空気を上下の層に分っている。
上層は昼のように明るく、床に近い下層の一面の灰紫色の黄昏《たそがれ》のような圏内は、五人或は八人ずつの食卓を仕切る胸ほどの低い靠《もた》れ框《がまち》で区切られている。凡《あら》ゆる人間の姿態と、あらゆる色彩の閃きと、また凡ゆる国籍の違った言葉の抑揚とが、框の区切りの中にぎっしり詰っている。出どころの判らない匂《にお》いと笑いと唄《うた》とを引き切るように掻《か》き分けて、物売りと、分別顔のギャルソンが皿を運んだり斡旋《あっせん》したりしている。
「しまった、お母さん、いい場所を先に取られちゃった」
かの女をモンパルナスのキャフェ・ド・ラ・クーポールに導いて入ったむす子は、ダブル鈕《ボタン》の上着のポケットから内輪に手を出し、ちょっと指してそういった。
そこは靠れ壁の枡目《ますめ》の幾側かに取り囲まれ、花の芯《しん》にも当る位置にあった。硝子《ガラス》と青銅で作られた小さい噴水の塔は、メカニズムの様式を、色変りのネオンで裏から照り透す仕掛けになっている。噴水は三四段の棚に噴き滴って落ち、最後の水受け盤の中には東洋の金魚が小鱒と一しょに泳いでいた。
「いいの、いいの、こんやは、こっちが晩《おそ》いのだから」
かの女は、ちっとも気にしない声でそういった。そして別の場所を探すよう、やや撫肩《なでがた》ながら厚味のあるむす子の肩の肉を押した。
噴水のネオンの光線の加減のためか、水盤を取り巻いて、食卓を控えた靠れ壁の人々の姿はハッキリ[#「ハッキリ」に傍点]しなかった。しかし、向うは、もう気がついたらしく、西洋人の訛《なま》ったアクセントで呼びかけるのが聞えた。
「イチロ、イチロ」
「イチロ」
息子の名を呼びかけるそれらは女の声もあるし、男の声もあった。クックという忍び笑いを入れて囁《ささや》くように呼ぶ声は、揶揄《からか》い交りではあるが、決して悪意のあるものではなかった。
「まあ、誰」
かの女は首を低めて、むす子の肩からネオンの陰を覗《のぞ》き込んだ。むす子はそれに答えないで吃《ども》った。
「ああ、あいつ等が占領しているのか、だいぶ豊かと見えるな」
そして、声のする噴水のかげの隅に向って、のびのびした挨拶《あいさつ》の手を挙げていった。
「子供等よ、騒ぐでないぞ、森の菌霊《こびと》が臼《うす》搗《つ》くときぞ」
むす子は、おかしさが口の端から洩《も》れるのをそのまま、子供等に対する家長らしい厳しい作り声をあっさり唇に偽装して、相手の群に発音し終ると、くるりと元の方向に踏み直って歩き出した。
「やったな、やったな」という声や、またも、「イチロ、イチロ」という叫び声が爆笑と混って聴えた。五六人、西洋人らしい無造作な立ち上り方をして拍手した。
靠れ壁の隅に無精らしく曲げた背中をもたせて笑ってばかり居る若い娘と、立ち上った群の中に、もう一人長身の若い娘が、お出額《でこ》の捲髪《カール》を光線の中に振り上げ振り上げ、智慧《ちえ》のない恰好《かっこう》で夢中に拍手しているのを、かの女は第一にはっきり見て取った。かの女はちょっと彼等に微笑しながら目礼したけれど、妙な一種の怯《おび》えが、むす子を彼等から保護するような態度を、かの女にさせた。かの女は思わず息子の身近くに寄り添った。そのくせかの女はまたすぐあとから、彼等に好感を覚えてのろのろと彼等の方を見返した。
「おかあさん、何してるんです、どうせあいつら、あとで僕たちの席へ遊びに来ますよ」
「あんた、とても、大胆ね、こんな人中で、よく平気であんな冗談云えるのね」
そういいながら、かの女は却《かえ》って頼母《たのも》しそうにむす子の顔をつくづく瞠入《みい》った。
むす子のこんなことすら頼母しがるお嬢さん育ちの甘味の去らない母親を、むす子はふだんいじらしいとは思いながら、一層|歯痒《はが》ゆがっていた。自分達は、もっと世間に対して積極的な平気にならなければならない。
「また癖が」、むす子はかの女の自分に感心するいつもの眼色を不快そうに外ずして向うをむきながら、かの女の手をぐっと握り取った。
「怯えなくとも好い……何でもないです。誰でも同じ人間です」
「すると、あの中の女たちは、やっぱり遊び女」
「遊び女もいますし、芸術家もいます。中には、ひどい悪党もいます」
むす子は母親の眼の前に現実を突きつけるように意地悪く云い放ちながら、握った手では母親の怯えの脉《みゃく》をみていた。かの女には独りで異国に残るむす子の悲壮な覚悟が伝わって来て身慄《みぶる》いが出た。かの女は自分に勇気をつけるように、進んでむす子の腕を組みかけながらいった。
「ほんとに誰でも同じ人間ね。さあみんなと遊ぼう」
この夜は謝肉祭の前夜なので、一層込んでいた。人々に見られながらテーブルの間の通路を、母子は部屋中歩き廻《まわ》った。
通り過ぎる左右の靠《もた》れ壁《かべ》から、むす子に目礼するものや、声をかけるものがかなりあった。美髯《びぜん》を貯え、ネクタイピンを閃《ひらめ》かした老年の紳士が立ち上って来て礼儀正しく、むす子に低声で何か真面目《まじめ》な打合せをすると、むす子は一ぱしの分別盛りの男のように、熟考して簡潔に返事を与えた。老紳士は易々として退いて行った。その間かの女は、むす子がふだんこういう人と交際《つきあ》うならお小遣が足りなくはあるまいか、詰めた生活をして恥を掻《か》くようなことはあるまいか、胸の中でむす子が貰う学資金の使い分けを見積りしていた。しかし、それよりも、むす子に向って次の靠れ壁から声をかけた一人の若い娘に考えは捉《とら》えられた。その娘は病気らしく、美しい顔が萎《しな》びていて僅《わず》かに片笑いだけした。
「ジュジュウ! 病気悪いか」
娘はまた片笑いしただけだったが、かの女は、むす子がその娘に対する挨拶《あいさつ》に、ただの男らしい同情だけ響くのを敏く聞き取って、その女は遊び女に違いないにしろ、もっとむす子は優しく云ってやればいいのに、と思った。
「イチロ。空いたところがある」
鳶色《とびいろ》の髪をフランス刈りにしたマネージャーが、人を突きのけるようにして、かの女等親子を導いて、いま食卓の卓布の上からギャルソンが、しきりにパン屑《くず》をはたき落している大テーブルへ連れて行った。そこでマネージャーは無言でぱっと両手を肩のところで拡《ひろ》げ、首をかしげて、今夜は忙しくて忙しくてという身振りをする。ギャルソンは新しい卓布を重ねて、花瓶の位置をかの女の方向へ置き直した。かの女はしばらく、薄紅色のカーネーションの花弁に、銀灰色の影のこまかく刻み入ってるのを眺め入った。
小広いテーブルに重ねられた清潔な卓布は、シャンデリヤを射反《いかえ》して、人を眠くする雪明りのような刺戟《しげき》を眼に与える。その上に几帳面《きちょうめん》に並べられている銀の食器や陶器皿や、折り畳んだナフキンは、いよいよ寒白く光って、催眠術者の使う疑念の道具の小鏡のように、かの女の瞳《ひとみ》をしつこく追う。
「ああ、わたし、眠くなった。疲れた」かの女はこういって、体を休ましたい気持にも、ちょっとなったが、むす子と一緒と思えば、それを押し除《の》けて生々した張合いのある精神が背骨を伝って、ぐいぐい堕気を扱《しご》き上げるので、かの女は胸を張ったちゃんとした姿勢で、むす子と向い合った。そして眩《まぶ》しい瞳を花瓶の花の塊やパンの上に落着けた。
焦茶色で絞り手拭《てぬぐい》の形をしているパンは、フランス独得の流儀で、皿にのせず、畳んだナフキンの上にじかに置いてあった。それが却《かえ》ってうまそうに見えた。
かの女はときどき眼を挙げて、花を距《へだ》てたむす子の顔を見た。ギャルソンに註文を誂《あつら》えた後のむす子は画家らしい虚心で、批評的の眼差《まなざ》しで、柱の柱頭に近いところに描いてある新古典派風の絵を見上げていた。鳶色に薄桃色をさした小づくりの顔は、内部の逞《たくま》しい若い生命に火照《ほて》ってあたたかく潤っていた。情熱を大事に蔵《しま》ってでもいるように、またむす子は、両手を上着のポケットに揃《そろ》えて差し込んでいた。
新古典派風の絵のある柱の根で、角を劃切られたこの靠れ壁は、少し永く落着く定連客が占めるのを好む場席であった。隅近くではあったが、それだけ中央の喧騒《けんそう》から遠去かり、別世界の感があった。中央の喧騒を批評的に見渡して自分たちの場席を顧みると、頼母《たのも》しい寂しい孤独感に捉えられた。
かの女は、むす子が眼をやっている間近の柱の絵を見上げて、それから無意識的にその次の柱、また次の柱と、喧騒の群の上に抽《ぬき》んでて近くシャンデリヤに照らされている柱の上部の絵を、眼の届くまで眺めて行った。その絵はまちまちの画風であった。女が描いたように描いた表現派風の絵もあった。ここへ来る古い定連の画家に頼んで勝手に描いて貰ったこれ等の絵は、統一もなく、巧《うま》いのも拙《つたな》いのもあった。かの女はむす子に案内されて画商街へモダンの画を見に通った幾日かを思い起した。それらは、むす子が素性のいい恋人と逢うのに立ち会うように楽しかった。
かの女の眼が引返してむす子に戻り、今更しみじみ不思議な世界でわが子と会った気持になっていると、かの女はむす子の育った大人らしさを急に掻き乱し度《た》くなる衝動に駆られた。
「よして頂戴《ちょうだい》よ、大人になってさ。お願いだから、もとの子供になりなさいよ」
かの女は胸でこう云って無精にむす子に手をかけ度い気持を堪えていると、一種の甘い寂しい憎しみが起る。むす子の上ポケットの鳶色のハンケチにかの女の眼が注がれる。「まあ、なんというお巧者な子だろう。憎らしい。忘れないでハンケチなど詰めて」ふと気がつくと、むす子もいつか絵を見ていた眼を空虚にして、心で何か噛《か》み躙《にじ》っているらしい。
かの女の眼とむす子の眼とが、瞠合《みあ》った。二人は悲しもうか笑おうかの境まで眼を瞠合ったまま感情に引きずられて行ったが、つい笑って仕舞った。二人は激しく笑った。
「どうして笑うのよ」
「おかあさん、どうして笑うんです」
「あんたがいつか言ったこと想《おも》い出したからよ」
「どんなことです」
「あんた、いつか、こういったわね。僕、おかあさんにそっくりな小さい妹を一人得られたら、ぐいぐい引張り廻して僕の思う通りにリードしてやるって、あれをよ」
「ふんそんなことか。けど僕やめにしますよ。なにしろ、おかあさんという人はスローモーションで、どうにも振り廻しにくいですからねえ」
むす子は唇をちょっと噛んで、面白そうに、かの女を額越しにちょっと見た。
「ついでにおかあさんに云っときますがね、いくら僕が寂しかろうといって、むやみに、お嫁さんの候補者なんか送りつけたりするのはご免《めん》蒙《こうむ》りますよ。やり兼ねないからね。いくらお母さんの世話でも、全くこれだけは断りますよ」それからはじめて手を出して卓の上へ組み合せて、
「僕、おかあさんに対する感情の負担だけでも当分一人前はたっぷりあるのだからなあ」むす子は言葉尻《ことばじり》を独り言のようにいってのけた。
むす子が面と向ってこういう真実の述懐を吐くとき、かの女には却ってむす子から、形の上の子供子供した点だけが強く印象づけられた。
「そんなに、おかあさんの方ばかり気にしないで、ご自分が幸福《しあわせ》になるよう、しっかりなさいよ。ほんとうですよ」
こういって、はじめてかの女は母親の位を取り戻した。
ギャルソンがスープを運んで来た。星がうるんで見える初夏の夕空のような浅い浅黄色の汁の上へギャルソンはパラパラと焦したパン片を匙《さじ》で撒《ま》いて行った。
「香ばしくておいしい。掻餅《かきもち》のようね」とかの女はいった。
むす子はかの女の喰《た》べ方を監督しながら自分も喰べていった。
「パパ、今晩は、トレ・コンタンでしょう。支那めしが喰べられて」
「久し振りに日本の方と会って大いに談じてますよ」
「パパもいいが独逸《ドイツ》の話だけはして呉《く》れないといいなあ、ベルリンのことを平気でペルリン、ペルリンというんだもの、傍で気がさしちまう」
「おなかじゃベルリンと承知してて、あれ口先だけの癖よ」
母子は逸作への愛に盛り上って愉快に笑った。
かの女とむす子は静かに食事を進まして行った。外国の食事の習慣に慣らされて、食事中は込み入った話をしない癖がついている二人は、滑かにあっさり話を交した。
かの女は最初|巴里《パリ》につき、それから主人の用務でイギリスへしばらく滞在するため巴里を出立するとき、むす子に言葉を慣らすため一人で残して置いたのであるが、かの女はむす子の慰めになるかも知れないと、上海《シャンハイ》の船つきで買い入れたカナリヤの鳥籠をもむす子に残していった。むす子はそのカナリヤの餌を貰うのに寄宿の家のものに何といったらいいのか困り果てたという話は、かの女がむす子から度々聞いた経験談だが、観察の角度を代えていままた話されると、相変らず面白かった。
むす子が、だいぶ経験も積んで、巴里郊外の高等学校の予備校の寄宿舎に、たった一人日本人として寄宿した経験談も出た。むす子はそこでフランスの学生と同等に地理や歴史を学んだ。
「画描きだって、こっちに長くいるなら、それそうとう常識的な基礎知識は必要ですからねえ」
いくらか、かの女の性質の飛躍し勝ちなロマン性に薬を利かしたという気味も含めて、
むす子は落着いて語った。
「あんたには、そういう順序を立てた考え深いところもあるのね。そういうところは、あたし敵《かな》わないと思うわ」
かの女は言葉通り尊敬の意を態度にも現わし、居住いを直すようにしていった。しかし、こういう母親を見るのはむす子には可哀《かわい》そうな気がした。それで、その気分を押し散らすようにしてむす子はいった。
「なに、僕だって、おかあさんと同じ性分なんです。そしておかあさんだってずいぶん考え深い方でなくはありませんさ。けれどもおかあさんは女ですから、それを感情の範囲内だけで働かして行けばすみますが、僕は男ですからそうは行きません。そうとう意志を強くして、具体的の事実の上にしっかり手綱を引き締めて行かなければ、そこが違うんでしょうねえ」
けれども、一たんむす子へ萌《きざ》した尊敬の念は、あとから湧《わ》き起るさまざまの感傷をも混えて、昇り詰めるところまで昇り詰めなければ承知出来なかった。かの女は感心に堪え兼ねた瞳《ひとみ》を、黒く盛り上らせてつくづくいった。
「なるほど一郎さんは男だったのねえ。男ってものは辛《つら》いものねえ。しかし、男ってものは矢張り偉いのねえ」
これには流石《さすが》にむす子の鋭い小さい眼も眩《まぶ》しく瞬いて、「こりゃどうもそう真面目《まじめ》に来られちゃ挨拶《あいさつ》に困りますねえ」
と、冗談らしく云って、この問題の討議打切りを宣告した。
かの女が、ほのかに匂《にお》っているオレンジに塗られたブランデーの揮発性に、けへんけへん噎《む》せながら、デザートのスザンヌを小さいフォークで喰《た》べていると、むす子がのそっと立ち上って握手をして迎える気配がした。かの女が振り向くと、さっきの片頬《かたほお》だけで笑う娘が靠《もた》れ框《がまち》の外に来ていた。
「お邪魔じゃなくって」
「いいでしょう、おかあさん、この女《ひと》」
「いいですとも。さあここがいい」かの女は自分の席の傍を指した。かの女に握手をして素直にかの女の隣に坐《すわ》った娘は、
「お姉さま?」とむす子に訊《き》いた。
「ママン」むす子は簡単に答えて、その娘が気だるげにかの女に対して観察の眼を働かしている間に、むす子は母親に日本語で話した。
「この女はね。よく捨てられる女なんですよ。面白いでしょう」
今度はかの女の方が好奇の目を瞠《みは》って娘を観察していると、娘はむす子に訊いた。
「あなた、ママンに何てあたしを紹介したのです?」
「よく捨てられる女って」
それを聞くと娘は、やや興を覚えた張合いのある顔になっていった。
「それは、まだ真実を語っていない。もう一度、ママンに紹介しなさい。よく男を捨てる女って」
そして、彼女はうれしそうに笑った。神秘的に悧巧《りこう》そうな影を、額から下にヴェールのように持っているこの若い娘が、そうやって笑うとき、口の中に未だ発育しない小さい歯が二三枚|覗《のぞ》かれた。その歯はもう永遠に発育しないらしく、小さいままでひねこびた感じを与えた。
むす子は笑いながら娘の抗議を母親に取次いでこういった。
「こんなこといってますがね。この女は決して一ぺんでも自分から男を捨てた事はないんですよ。惚《ほ》れた男はみんなきっと事情が出来て巴里から引上げなくちゃならなくなるんです」
「どうしてなんだろう」
「どうしてですかね」
むす子は、ただしばしば男に訣《わか》れねばならなくなる運命の女であるというところに、あっさり興味を持っているようだった。
ジュジュと仲間呼びされるその娘は、だんだんむす子の母に興味を感じて来た。娘は持前のフランス語に、やや通用出来る英語を混えて、かの女と直接話すようになった。娘は相当知識的で、かの女に日本の女性の事を訊くにつけても、「ゲイシャ、それからヨシハラ、そんなもの以外にちゃんとした女がたくさんあるんでしょう」といったり、「日本の女は形式的には男から冷淡にされるけれども、内容的にはたいへん愛されるんだそうですね」といったりした。
娘は「猫のお湯屋」の絵草紙を見たことがあって、「あれがもし、日本の女たちの入る風呂の習慣としたら、同性たちと一緒に話したり慰め合ったりしながら湯に入れて、こんな便利な風呂の入り方はない」と羨《うらや》ましそうにいった。
時計は午前二時を過ぎた。攪《か》き廻《まわ》されて濃くなった部屋の空気は、サフランの花を踏み躙《にじ》ったような一種の甘い妖《あや》しい匂いに充《み》ち、肉体を気だるくさす代りに精神をしばしば不安に突き抜くほど鋭く閃《ひらめ》かせた。人と人との言葉は警句ばかりとなり、それも談話としてはほんの形式だけで、意味は身振りや表情でとっくの先に通じてしまう。廻転《かいてん》ドアの客の出入りも少くなり、その代り、詰めに詰め込んだという座席の客は、いずれもこの悪魔的の感興の時間に殉ずる一種の覚悟と横着とを唇の辺にたたえ、その気分の影響は、広間全体をどっしりと重いものに見せて来た。根のいいロシア人の即席似顔画描きが、隣のキャフェ・ル・ドームを流した後らしく、入って来て、客の気分を見計いながら、鉛筆の先と愛想笑いで頼み手を誘惑しているが、誰も相手にしない。
「さあ、とうとう、やって来た」
満腹するとすっかり子供に返ってしまって、誰とでもじゃれて遊びたい仔犬《こいぬ》のように、さっきから身体中に弾力の渦巻を転々さして、興味の眼を八方に向け放っていたむす子は、そういって、おかしさに堪え兼ねるように肩を慄《ふる》わして笑った。
さっき室内噴水のそばに席を取っていた男女の一群が、崩れかかるようにして寄って来た。
額に捲髪《カール》のあるロザリが先に立って、その次に男と腕を組んで、少し狡《ず》るそうな美しい娘のエレンが、気取って済ましてついて来た。その後に牛のような青年がまた一人いた。
かの女は、すっかりうれしくなって、全く子供の遊び友達を迎える気持で、彼等の席をつくった。
どっちも緑の褶《ひだ》が樺色《かばいろ》に光る同じ色の着物を着ていたジュジュとエレンは、むす子の左右に坐《すわ》った。そして、捲髪《カール》のロザリをかの女自身の右の並びに置き、自分の左側には小ザッパリした青年を隔てに置いて、その向うに牛のような男を坐らした。
牛のような青年は、女がたくさんいるテーブルに、同性とタブって並ばされたので、無意識にも手持無沙汰《てもちぶさた》らしく、ときどきかの女とロザリと並んでいるのを少し乗り出して横眼で見た。しかし彼女の気持からは、その男は垢《あか》っぽい感触を持ってるので、なるべく一人垣を隔てた向うへどうしても置きたかった。
そんな末梢的《まっしょうてき》なショックはあっても、来た男女に対してかの女は、全部的の好意と親しみを平等に持って仕舞った。鬼であれ蛇であれ、むす子の相手になって呉《く》れるものに、何で好感を持たずにいられようか。大家族の総領娘として育ったかの女には、いざというとき、こんな大ふうな呑《の》み込んだ度胸が出た。
「イチローさん、この方たちになんでも好きな飲みものでも取ってあげなさい」
むす子がかの女の言付けを取次ぐと、めいめいおとなしく軽いアルコール性の飲みものを望んだ。
遠慮の幕一重を距《へだ》てながら、何か共通の気分にうち溶けたい願いが、めいめいの顔色に流れた。そして夜ふかしで腫《はれ》ぼったくなっためいめいの眼と眼を見合しては、飲みものの硝子《ガラス》の縁に薄く口を触れさしていた。折角、口が綻《ほころ》びかけていたジュジュも、仲間の一人に入り混ってしまうと、通り一遍の遊び女になってしまって、ただ、空疎な微笑を片頬《かたほお》に装飾するに過ぎなかった。
ちょっと広間の周囲の空気からは、ここはエアポケットに陥ったように感ぜられつつある。数分間のうちにかの女は、この群の人々とむす子との間に対蹠《たいせき》し、或は交渉している無形な電気を感じ取った。
かの女の隣にいる小ざっぱりした芸術写真師は、見かけだけ快く、内容はプーアなので、むす子に案外|嘗《な》められているのかも知れない。牛のような青年は、巨獣が小さい疵《きず》にも悩み易《やす》いように、常に彼もどろんとした憂鬱《ゆううつ》に陥っている。それでむす子は、何か憐愍《れんびん》のような魅力をこの男に感ずるらしい――。
むす子は男性に対しては感受性がこまかく神経質なのに、女性に対しては割り合いに大ざっぱで、圧倒的な指揮権を持っていた。
女たちは、何かいうにも、むす子に対して伏目になり、半分は言訳じみた声音で物を云った。それに対してむす子は、何等情を仮さないと云った野太い語調で答えた。それは答えるというよりも、裁く態度だ。裁判官の裁きの態度よりも、サルタンの熱烈で叱責的《しっせきてき》な裁き方だ。そういえば、かの女は思い起したことがある。日本にいる時から、この子供は女性から一種の怯《おび》えをもって見られていた。かの女の周囲に往来する夫人や娘たちは云った。
「イチローさんは、何だか女の気持を見抜いているような眼をした子供さんね。子供さんでも、あのお子さんに何か云われると、仕舞いに泣かされちまうわ。怖いわ」
そう云いながら、彼女達は家へ来るとイチローさんイチローさんとしきりに探し求めた。
なぜだろうか。それはかの女にも原因があるのではないかと、かの女は考えた。
かの女は、むす子が頑是ない時分から、かの女の有り剰《あま》る、担い切れぬ悩みも、嘆きも、悲しみも、恥さえも、たった一人のむす子に注ぎ入れた。判っても、判らなくても、ついほかの誰にも云えない女性の嘆きを、いつかむす子に注ぎ入れた。頑是ない時分のむす子は、怪訝《けげん》な顔をして「うん、うん」と頷《うなず》いていた。そしてかの女の泣くのを見て、一緒に泣いた。途中で欠伸《あくび》をして、また、かの女と泣き続けた。
稚純な母の女心のあらゆるものを吹き込まれた、このベビー・レコードは、恐らく、余白のないほど女心の痛みを刻み込まれて飽和してしまったのではあるまいか。この二十歳そこらの青年は、人の一生も二生もかかって経験する女の愛と憎みとに焼け爛《ただ》らされ、大概の女の持つ範囲の感情やトリックには、不感性になったのではあるまいか。そう云えば、むす子の女性に対する「怖いもの知らず」の振舞いの中には、女性の何もかもを呑み込んでいて、それをいたわる心と、諦《あきら》め果てた白々しさがある。そして、この白々しさこそ、母なるかの女が半生を嘆きつくして知り得た白々しさである。その白々しさは、世の中の女という女が、率直に突き進めば進むほど、きっと行き当る人情の外れに垂れている幕である。冷く素気なく寂しさ身に沁《し》みる幕である。死よりも意識があるだけに、なお寂しい肌触りの幕である。女は、いやしくも女に生れ合せたものは、愛をいのちとするものは、本能的に知っている。いつか一度は、世界のどこかで、めぐり合う幕である。むす子の白々しさに多くの女が無力になって幾分|諛《へつら》い懐しむのには、こういう秘密な魔力がむす子にひそんでいるからではあるまいか。そしてこの魔力を持つ人間は、女をいとしみ従える事は出来る。しかし、恋に酔うことは出来ない。憐《あわ》れなわが子よ。そしてそれを知っているのは母だけである。可哀相《かわいそう》なむす子と、その母。
「サヴォン・カディウム!」とエレンが、小さい鋭い声で反抗した。
むす子はエレンが内懐から取出して弄《もてあそ》び始めようとしたカルタを引ったくって取上げて仕舞ったのである。
「サヴォン・カディウム! サヴォン・カディウム!」ロザリも、おとなしいジュジュまでが立ちかかって手を出した。
むす子は可笑《おか》しさを前歯でぐっと噛《か》んで、女たちの小さい反抗を小気味よく馬耳東風に聞き流すふりをしている。
「何ですの。サヴォン・カディウムって」とかの女はちょっと気にかかって左隣の芸術写真師に訊《き》いた。
「ママンにサヴォン・カディウムを訊かれちゃった」明朗な写真師の青年は、手柄顔に一同に披露した。
女たちは、タイラントに対する唯一の苛めどころが見付かったというように、
「さあ、ママンに話そうかな、話すまいかな」と焦《じ》らしにかかった。
「ひょっとしてそれがむす子の情事に関する隠語ではあるまいか」こういう考えがちらりと頭に閃《ひらめ》くと、かの女は少し赫《あか》くなった。
「訊かない方がよかった」「しかし訊き度《た》い」「何でもないじゃないか」とむす子はフランス語で女たちを窘《たしな》めて置いて、今度はかの女に日本語でいった。
「カディウム・サヴォンというシャボンの広告が町の方々に貼《は》ってあるでしょう。あれについてる子供の顔が僕に似てるというんです。随分僕を子供っぽく見てるんですね」
それから、むす子は女たちの方を向いて同じ意味の事をフランス語でいって、付け足した。
「こうママンに説明したんだが、誰か異議があるか」
女たちは詰らない顔をした。かの女も詰らない顔をした。
「サヴォン・カディウム!」今度はかの女が突然、むす子に向ってこう呼びかけた。それは確にこの場の打切りになった感興の糸目を継ぐために違いなかったが、かの女は無意識に叫び出して仕舞ったのである。そこにはもう、何も彼も忘れて、子供をからかえる素朴な母になって、春の一夜を過したいかの女が在るばかりだった。
すると憂鬱に黙っていた牛のような青年が、何を感じたか、むっつりした声で怒鳴った。
「ママン、万歳!」
「この男はアルトゥールと云って、独逸《ドイツ》が混ってるフランス人ですがね」
とむす子は日本語がみんなに判らぬのを幸い、かの女に露骨に説明した。
「いい思いつきを持ってる店頭建築の意匠家ですがね。何か感激したものを持たないと決して仕事をしないのです。つまり恋なのですが、随分七難かしい恋愛を求めてるんです。僕のみるところでは、姉とか母とかの愛のようなものを恋愛によそえて求めてるようなのですが、当人は飽くまでもただの恋愛だといって頑張ってるんです。西洋人の中には随分独断の奴が多いのです。自分の考えていることを一々実際にやってみて、行き詰って額をぶつけてからでないと承知しないのです。このアルトゥールもその一人ですが、そんな理ですから、また、この男くらい恋愛を簡単に女に投げかけてみて、そして深刻に失敗した奴も少いでしょう。つまり、こいつぐらい恋愛の場数を踏みながら、まだ恋愛の一年生にとまっている奴も少いでしょう」
「じゃ、一郎はもう卒業生なの」
「まあ、黙って。そこで、おかしい事があるんです。このアルトゥールがどこで女に失敗するかというと、その熱心さがあんまり気狂い染《じ》みているというんです。ここにいるロザリもエレンも、一度はその気狂い染みた恋愛の相手になったのですが、女たちの話を訊《き》くと、甘えて卑《へ》り下ってしようがないというんです。恋人を実際生活の上でほんとの女神扱いにするんだそうです。希臘神話《ギリシアしんわ》に出て来るようなへんな着物を拵《こしら》えて女に着せて、バラの冠を頭に巻かして自分はその傍に重々しく坐《すわ》っている。まあ、そんな調子です」
「それから奇抜なのは、そういう恋愛を得た時、この男のインスピレーションは高められて、しっしと、引受けた店頭建築の意匠を捗《はかど》らせて見事な仕事をするのですが、出来上った店頭装飾建築には、一々そのときの恋人の名前をつけるんです。エレンのポーチとか、ロザリのアーチとか。そして、その完成祝いには恋人の女神を連れて来て初入店の式をさせるのです。その希臘神話風の服装で」
「女は、殊に西洋人の女は、決してそういう扱いを嫌いなわけではありません。大好きです。それで、暫時は有頂天になっていますが、結局は空虚の感じに堪えられなくなるというんです。なぜでしょう」
「それは総てを与えても、結局は男が女に与うべきものを与えないからでしょう」かの女は即座に答えた。エゴイズムの男。そして自分でもそのエゴイズムに気がつかない男。かの女の結婚生活の前半の嘆き苦しみの原因もまた、そこに在ったのではなかったか……。
「そうでしょうか、そうかも知れませんね」
「パパとアルトゥールとまるっきり違うけど……私思い出したわ。ほらあんた子供のとき、パパと新しく出来た船のお客に二人だけで呼ばれてって、二三日ママと訣《わか》れてたことがあったでしょう。帰って来て、矢庭にママにぶら下がって泣き出したね。何故だか人中でパパと暮すと、とても寂しくてやり切れないって……」
むす子は遠い過去の実感に突き当って顔が少し赫《あか》くなったのを、ビールを口へ持って行って和めた。
「パパは、はやりっ子になりたてでしたね。あの時分、世間だの仕事だのが珍しくって面白くって堪《たま》らない一方だったんですね……あの時分からみると、パパは生れ代ったような人になりましたね」
「ほんとうに、あなたにも私にも勿体《もったい》ないようなパパ……今のようなパパだと、昔のことなんか気の毒で云えないね」こう云い乍《なが》らかの女は、仕事の天分ばかりあって人間同志の結び目を知らないで恋人に逃げられてばかりいるアルトゥール青年を、悲喜劇染みた気持で見返した。
「あの青年はどういう育ちの人」
「さあ、そいつはまだ聞きませんでしたが、ときどき打っても叩《たた》いても自分の本当の気持は吐かないという依估地《いこじ》なところを見せることがありますよ。そして僕がそれをそういってやっても、はっきりは判らないらしいんです。つまり単純な天才なんですね。そこへ行くとパパは話せる。あんな天才生活時代の前生涯と、今のプライヴェート生活のような親密な性情と両面持っている……」
かの女とむす子がプライヴェートな会話に落ちこんでいると見たらしく、アルトゥールは非常に軽快なアクセントで、他の連中に講演口調で喋《しゃべ》っていた。
「白のニッケル、マホガニー材、蝋色《ろういろ》の大理石、これだけあれば、俺はどんな感情でも形に纏《まと》めてみせるね。どんな繊細な感情でもだぞ」
「恋愛はその限りに非《あら》ずか」
芸術写真師は傍から揶揄《からか》った。
「そんなことはない」とアルトゥールは写真師を噛《か》むように云ったが、すぐ興醒《きょうざ》め声になっていった。
「だが恋愛に関する限り、たとえば、嫉妬《しっと》だとか憎みだとかいうものは、生活に暇があって感情を反芻《はんすう》する贅沢《ぜいたく》者たちの取付いている感情だ。おれたち忙しい人間は感情は一渦紋で、収支決算をつけて、決して掛勘定にしとかない。感情さえ現金《キャッシュ》払いだ。現実から現実へ飛び移って行くんだ。嫉妬だとか、憎みだとかいうものは、感情に前後の関係を考える歴史趣味だ」
アルトゥールの云うこととは別の中味は、もう二重になっていて、云ってる意味と違ったものを隠しているようだった。心に臆《おく》したものがあって、そういう他人と深い交渉をつける膠質の感情は、はじめからこの男には芽も無いらしい。
大広間一面のざわめきが精力を出し切って、乾き掠《かす》れた響を帯び、老芸人の地声のように一定の調子を保って、もう高くも低くもならなくなった。天井に近く長い二流三流の煙の横雲が、草臥《くたび》れた乳色になって、動く力を失っている。
靠《もた》れ框《がまち》の角の花壺《はなつぼ》のねむり草が、しょうことなしに、葉の瞼《まぶた》を尖《さき》の方から合せかけて来た。
壁の前に、左の腕にナフキンをかけて彫刻のように突立っているギャルソンの頭が、妙に怪物染みて見える。
「みんな、この子と仲好くしてやって下さいね」かの女はグループを見廻《みまわ》してそういった。
「たのみますよ」
時に、かの女のいるテーブルの反対側の広間から、俄《にわか》に鬨《とき》の声が挙って、手擲弾《てなげだん》でも投げつけたような音がし出した。かの女はぴくりとして怯《おび》えた。同じくびっくりした壁の前のギャルソンは、急いでその方へ駆けて行ったが、すぐ一抱えにクラッカーの束を持って来て、テーブルの上へ投げ出した。
謝肉祭《カルナヴァル》
もう、そのとき、クラッカーを引き合って破裂させる音は、大広間一面を占領し、中から出た玩具の鳴物を鳴らす音、色テープを投げあうわめき、そしてそこでも、ここでも、※[#「※」は「口+喜」、第3水準1-15-18、637-下-13]々《きき》として紙の冠《かぶ》りものを頭に嵌《は》めて見交し合う姿が、暴動のように忽《たちま》ち周囲を浸した。
「おかあさん、何? 角笛《ホーン》、これ代えたげる冠りなさい」
うねって来る色テープの浪。繽紛《ひんぷん》と散る雪紙の中で、むす子は手早く取替えて、かの女にナポレオン帽を渡した。かの女は嬉《うれ》しそうにそれを冠った。ジュジュ以外のものも、銘々当った冠りものを冠った。ジュジュには日本の毛毬《けまり》が当った。
活を入れられて情景が一変した。広間は俄《にわか》に沸き立って来た。新しい酒の註文にギャルソンの駆《は》せ違う姿が活気を帯びて来た。
かの女はすっかりむす子のために、むす子のお友達になって遊ばせる気持を取戻し、ただ単純に投げ抛《う》ったりしているジュジュの手毬《てまり》を取って、日本の毬のつき方をして見せた。
ほうほうほけきょの
うぐいすよ、うぐいすよ
たまたま都へ上るとて上るとて
梅の小枝で昼寝して昼寝して
赤坂|奴《やっこ》の夢を見た夢を見た。
かの女はこういうことは案外器用であった。手首からすぐ丸い掌がつき、掌から申訳ばかりの蘆《あし》の芽のような指先が出ているかの女のこどものような手が、意外に翩翻《へんぽん》と翻《ひるがえ》って、唄《うた》につれ毬をつき弾ませ、毬を手の甲に受け留める手際は、西洋人には珍しいに違いなかった。
「オオ! 曲芸《シルク》!」
彼等は厳粛な顔をしてかの女のつく手を瞠《みい》った。
かの女はまた、毬をつき毬唄を唄っている間に、ふと、こんなことを思い泛《うか》べた。毬一つ買ってやれず、むす子を遊ばせ兼ねたむかし、そして、むす子が二十になって、今むす子とその友達のために毬唄をうたう自分。憎い運命、いじらしい運命、そしてまたいつのときにかこの子のために毬をつかれることやら――恐らく、これが最後でもあろうか。すると、声がだんだん曇って来て、涙を見せまいとするかの女の顔が自然とうつ向いて来た。
むす子は軽く角笛に唇を宛《あ》て、かの女を見守っていた。
女たちが代って覚束《おぼつか》なく毬をつき習ううち、夜は白々と明けて来た。窓越しにマロニエの街路樹の影が、銀灰色の暁の街の空気から徐々に浮き出して来た。
室内の人工の灯りが徐々に流れ込んで、部屋を浸す暁の光線と中和すると、妙に精の抜けた白茶けた超現実の世界に器物や光景を彩り、人々は影を失った鉛の片《きれ》のようにひらぺたく見える。
かの女は今ここに集まった男女が遊び女であれ、やくざ男であれ、自分の巴里《パリ》を去った後に、むす子の名を呼びかけて呉《く》れるものは、これ等の人々であるのを想《おも》えば、なつかしさが込み上げて来る。かの女は儚《はかな》い幻影に生ける意志を注ぎ込むような必死な眼差《まなざ》しで、これ等の人々を見渡した。
或る夜のかの女――今夜もかの女は逸作と銀座に来てモナミのテーブルに坐《すわ》っていたが、三四十分で椅子《いす》から立ち上った。
「さあ、行きましょう。外が大ぶ賑《にぎ》やかになりましたわ」
逸作は黙って笑いながら、かの女のだらしなく忘れて行く化粧鞄を取って後に従《つ》いて出た。
瞬き盛りの銀座のネオンは、電車通の狭谷を取り籠《こ》めて四方から咲き下す崖《がけ》の花畑のようだ。また、谷に人を追い込めて、脅かし誑《たぶら》かす妖精群のようにも見えた。
目をつけるとその一人一人に特色があって、そしてまた、特にこれが華やかとも思えない男女が、むらな雨雲のように押し合って塊ったり、意味なく途切れたりしつつ、大体の上では、町並の側と車道の側との二流れに分れて、さらさらと擦れ違って行く。すると、それがいかにも歓《よろこ》びに溢《あふ》れ、青春を持て剰《あま》している食後の夜の町のプロムナードの人種になって、特に銀座以外には見られぬ人種になって、上品で綺羅《きら》びやかな長蛇のような帯陣をなして流れて行く。
「やあ」
「よう!」
「うまくやってる」
「どうしたん?」
「しばらく」
きれぎれに投げ散らされるブールヴァル言葉が、足音のざわめきにタクトされつつ、しきりなしに乱れ飛ぶ。扇屋、食料品店、毛皮店、組紐屋《くみひもや》、化粧品屋、額縁店等々の店頭の灯が人通りを燦めかせつつ、ときどきの人の絶え間に、さっとペーヴメントの上へ剰り水のように投げ出される。
いつか、人混の中へ織り込まれていたかの女は、前後の動きの中に入って却《かえ》って落着いた。「藻掻《もが》いてもしようがない。随《つ》いて行くまでだ」都会人に取って人混は運命のような支配力を持っていた。薄靄《うすもや》を生海苔《なまのり》のように町の空に引き伸して高い星を明滅させている暖かい東南風が一吹き強く頬《ほお》に感ずると、かの女は、新橋際まで行ってそこから車に乗り、早く家へ帰り度《た》いというさっきからの気持は、人ごとのように縁の遠いものとなり、くるりと京橋の方へ向き直り、風の流れに送られて、群衆の方向に逆いながらまたそろそろ歩き出した。
思考力をすっかり内部へ追い込んでしまったあとの、放漫なかの女の皮膚は、単純に反射的になっていて、湿気《しっけ》た風を真向きに顔へ当てることを嫌う理由だけでも、かの女にこんな動き方をさせた。
本能そのもののようにデリケートで、しかし根強い力で動くかの女の無批判な行動を、逸作はふだんから好奇の眼で眺め、なるべく妨げないようにしていた。それで、かの女の転回を注意深く眼で追いながら、柳の根方でポケットから煙草《たばこ》を取り出して火を喫《す》いつけ、それから游《およ》ぐ子を監視する水泳教師のように、微笑を泛べながら二三間後を離れて随いて行った。
無意志で歩いているかの女も、さすがにときどきは人に肩を衝《つ》かれ、またぱったり出会って同じ除《よ》け方をして立竦《たちすく》み合う逆コースを、だんだん煩わしく感じて来た。いつか左側の店並の往きの人の流れに織り込まれていた。すると同じ頃合いに、逆コースから順コースの人込みに移ったらしい学生の後姿が五六のまばらの人を距《へだ》てて、かの女の眼の前にぽっかり新しく泛んだ。
「あっ、一郎」
かの女は危く叫びそうになって、屹《きっ》と心を引締めると、身体の中で全神経が酢を浴びたような気持がした。次に咽喉《のど》の辺から下頬が赫《あか》くなった。
何とむす子の一郎によく似た青年だろう。小柄でいながら確《しっか》りした肉付の背中を持っていて、稍々《やや》左肩を聳《そび》やかし、細《ほっ》そりした頸《くび》から顔をうつ向き加減に前へ少し乗り出させながら、とっとと歩いて行く。無造作に冠《かぶ》った学生帽のうしろから少しはみ出た素直な子供ぽい盆の窪《くぼ》の垂毛まで、一郎に何とよく似た青年だろう。すると、もう、むす子特有のしなやかで熱いあの体温までが、サージの服地にふれたら直《す》ぐにも感じられるように思われた。
かの女の神経は、嘘《うそ》と知りつつ、自由で寛闊《かんかつ》になり、そしてわくわくとのぼせて行った。
「パパ、一郎が……ううん、あの男の児が……そっくりなの一郎に……パパ……」
「うん、うん」
「あの子にすこし、随いてって好い?」
「うん」
「パパも来て……」
「うん」
かの女は忙しく逸作に馳け寄ってこういう間も、眼は少年の後姿から離さず、また忙しく逸作から離れ、逸作より早足に少年の跡を追った。
美術学校の帰りにむす子は友達と、ときどきモナミへ来て、元気な画論なぞした。そして出て行ったあと、偶然すぐかの女たちがそこへ入って行くと、馴染《なじみ》のボーイは急いで言った。
「坊ちゃんが、坊ちゃんが、いますぐ、出て行かれました。間に合いますよ」
むす子の気配が移ったように、ボーイ達も明るく元気な声を出した。
格別呼び返すほどのことも無いと思いながら、やっぱりかの女は駆けて往来へ出て見る。友達と簡単な挨拶《あいさつ》を交して、とっとと家路へ急ぐ、むす子の後姿が向うに見えた。かの女はあわてて呼び返した。
むす子は表通りの人中で家の者に会うと、ちょっと気まりの悪い顔をして、ろくな挨拶もしなかった。それでいて、なつかしそうな眼つきをちらりと見せた。
わけて彼女と人中で会うのは苦手らしかった。かの女の方もどうかしてか、とても気まり悪かった。それで、「へへん」と田舎娘のような笑い方をして、まじまじむす子を見入っていると、むす子は眼を外らし、唇の笑いを歯で噛《か》んでいった。
「また、羽織を曲げて着てますね。だらしのない」
これがかの女に対する肉親の情の示し方だった。
むす子はかの女と連れ立って歩くときに、ときどき焦《じ》れて「遅いなあ、僕先へ行きますよ」と、とっとと歩いて行く。そして十間ばかり先で佇《たたず》んで知らん顔で待ち受けていた。
むす子は稍々《やや》内足で学生靴を逞《たくま》しくペーヴメントに擦《こす》り叩《たた》きながら、とっとと足ののろい母親を置いて行く。ラッパズボンの後襞《うしろひだ》が小憎らしい。それは内股から外股へ踏み運ぶ脚につれて、互い違いに太いズボン口へ向けて削《そ》ぎ下った。
「薄情、馬鹿、生意気、恩知らず――」
こんな悪たれを胸の中に沸き立たせながら、小走りになってむす子を追いかけて行くとき、かの女の焦《いら》だたしくも不思議に嬉《うれ》しい気持。
今一二間先に行く青年の足は、それほどの速さではないが、やはりかの女がときどき小走りを加えて歩かなければ、すぐ距離は延びそうだった。そして小走りの速度がむす子を追うときのピッチと同じほどになると、不思議にむす子を追うときの焦々した嬉しさがこみ上げて来て、かの女は眼に薄い涙を浮べた。
かの女は感覚に誑《たぶらか》されていると知りつつも、青年のあとを追いながら明るい淋しい楽しい気持になるのをどうにも仕様がなかった。
その青年は、むす子が熱心に覗《のぞ》くであろう筈《はず》の新しい縞柄《しまがら》が飾ってある洋服地店のショウウインドウや、新古典の図案の電気器具の並んでいるショウウインドウは気にもかけずに、さっさと行き過ぎた。その代り食物屋の軒電灯の集まっている暗い路地の人影を気にしたり、カフェの入口の棕梠竹《しゅろだけ》を無慈悲に毟《むし》り取ったりした。それがどうやら田舎臭い感じを与えて、かの女に失望の影をさしかけた。高い暗い建物の下を通るときは、青年はやや立ち止って一々敵対するように見上げた。横町を越す度毎に、人の塊と一緒に待ち合して通らず、一人ゆっくり横柄に自動車のヘッドライトの中を歩いて自動車の警笛を焦立たせた。かの女はその度に、
「よして呉《く》れればいいに、野蛮な」
と胸で呟《つぶや》き、そしてそのあとに、一郎とわざと口に出して呟いた。その人でない俤《おもかげ》をその人として夢みて行き度《た》い願いは、なかなか絶ち難い。
左右の電車線路を眺め渡して、越すときだけ彼女を庇《かば》うように片手を背後に添えていた逸作は、かの女がまるで夢遊病者のようになって「似てるのよ、あの子一郎に似てるのよ」などと呟きながら、どこまでも青年のあとに随《つ》き、なおも銀座東側の夜店の並ぶ雑沓《ざっとう》の人混へ紛れ入って行くのを見て、「少し諄《くど》い」と思った。しかし「珍しい女だ」とも思った。そして、かの女のこのロマン性によればこそ、随分|億劫《おっくう》な世界一周も一緒にやり通し、だんだん人生に残り惜しいものも無くなったような経験も見聞も重ねて、今はどっちへ行ってもよいような身軽な気持だ。それに較《くら》べて、いつまでも処女性を持ち、いつになっても感情のまま驀地《まっしぐら》に行くかの女の姿を見ると、何となく人生の水先案内のようにも感じられた。そこでまた柳の根方に片足かけ、やおら二本目の煙草《たばこ》を喫《す》ってから、見残した芝居の幕のあとを見届ける気持で、半町ほど距《へだた》った人混の中のかの女を追った。
銀座の西側に較《くら》べて東側の歩道は、東京の下町の匂《にお》いが強かった。柳の青い幹に電灯の導線をくねらせて並んで出ている夜店が、縁日らしいくだけた感じを与えた。込み合う雑沓の人々も、角袖《かくそで》の外套《がいとう》や手柄《てがら》をかけた日本髷《にほんまげ》や下町風の男女が、目立って交っていた。
人混を縫って歩きながら夜店の側に立ち止ったり、青年の進み方は不規則で乱調子になって来た。そして銀座の散歩も、もう歩き足り、見物し足りた気怠《けだ》るさを、落した肩と引きずる靴の足元に見せはじめた。けれども青年はもっと散歩の興味を続け、又は、より以上の興味を求め度いらしく、ズボンのポケットへ突込んだ両手で上着をぐっとこね上げ、粗暴で悠々した態度で、街を漁《あさ》り進んだ。
歩き方が乱調子になって来た青年の姿を見失うまいとして、かの女は嫌でも青年に近く随いて歩かねばならなかった。そして人だかりのしている夜店は意地になっても見落すまいとして、行き過ぎたのを小戻りさえする青年の近くにうろうろする洋装で童顔のかの女が、青年にだんだん意識されて来た。青年は行人を顧みるような素振りを装いながら、かの女の人柄や風態を見計うことを度々繰り返すようになった。
離れて彼女を援護して行く逸作の方が、先に青年の企《たくら》みある行動を気取って、おかしいなと思った。しかし、かの女はすっかり青年の擬装の態度に欺かれて、人事のようにすましてただ立ち止っていた。たまたま閃《ひらめ》きかける青年の眼差《まなざ》しに自分の眼がぶつかると、見つけられてはならないと、あわてて後方へ歩き返した。
青年のまともの顔が見られる度に、かの女は一剥《ひとは》ぎずつ夢を剥がれて行った。それはむす子とは全然面影の型の違った美青年だった。蒸気《むしけ》の陽気に暑がって阿弥陀《あみだ》冠《かぶ》りに抜き上げた帽子の高庇《たかびさし》の下から、青年の丸い広い額が現われ出すと、むす子に似た高い顎骨《あごぼね》も、やや削げた頬肉《ほおにく》も、つんもりした細く丸い顎も、忽《たちま》ち額の下へかっちり纏《まとま》ってしまって、セントヘレナのナポレオンを蕾《つぼみ》にしたような駿敏《しゅんびん》な顔になった。張って青味のさした両眼に、ムリロの描いた少女のような色っぽい露が溜《たま》っていた。今は唇さえ熱く赤々と感じられて来た。
「なんという間違いをしたものだろう」
むす子に対する憧れが突然思いもかけぬ胸の中の別の個所から厳粛というほどの真率さでもって突き上げてきた。そしてその感情と、この眼の前の媚《なまめ》かしい青年に対する感覚だけの快さとが心の中に触れ合うと、まるで神経が感電したようにじりり[#「じりり」に傍点]と震え痺《しび》れ、石灰の中へ投げ飛ばされたような、白く爛《ただ》れた自己嫌悪に陥った。
かの女は目も眩《くら》むほど不快の気持に堪えて歩いて行くと、やがて二つの感情はどうやら、おのおのの持場持場に納まり、沖の遠鳴りのような、ただうら悲しい、なつかしい遣瀬《やるせ》なさが、再びかの女を宙の夢に浮かして群衆の中を歩かした。
ぱらぱらと雨が降り出して来た。町角の街頭画家は脚立をしまいかけていた。いや、雨気はもっと前から落ちて居たのかも知れない。用意のいい夜店はかなり店をしまって、往来の人もまばらに急ぎ足になっていた。
灯という灯はどれも白蝋《はくろう》のヴェールをかけ、ネオンの色明りは遠い空でにじみ流れていた。
今度は青年の方から距離を調子取って行くので、かの女は青年にはぐれもせず、濡《ぬ》れて電車線路の強く光る尾張町を再び渡った。
慾も得もない。ただ、寂しい気持に取り残され度くない。ただそれだけの熱情にひかれて、かの女は青年のあとについて行った。後姿だけを、むす子と思いなつかしんで行くことだ。美青年に用はない。
新橋際まで来て、そこの電車路を西側に渡った。かの女は殆《ほとん》どびしょ濡《ぬ》れに近くなりながら、急に逸作の方を振り向くと、いつもの通り少しも動ぜぬ足どりで、雨のなかを自分のあとから従《つ》いて来る。その端麗な顔立ちが、雨にうっすりと濡れ、街の火に光って一層引締って見える。彼女は非常な我儘《わがまま》をしたあとのような済まない気持になりながら、ペーヴメントの角に靴の踵《かかと》を立てて、逸作の近づいて来るのを待つつもりでいると、もう行き過ぎて見えなくなったと思った青年が、角の建物の陰から出て来てかの女にそっと立ち寄って来た。そして不手際にいった。
「僕に御用でしたら、どこかで御話伺いましょう」
かの女は呆《あき》れて眼を見張った。まだ子供子供している青年の可愛気《かわいげ》な顔を見た。青年は伏目になって、しかし、意地強い恥しげな微笑を洩《もら》した。かの女は何と云い返そうかと、息を詰めた途端に、急に得体も知れない怯《おび》えが来た。
かの女は「パパ!」といって折よく来た逸作の傍へ馳け寄った。
あなたはO・K夫人でいらっしゃいましょう。僕は一昨夜あなたに銀座であとをつけられた青年です。僕は初め、何故女の人が僕について来るのかと不思議だったのです。それが更に世に名高いO・K夫人らしいのに驚き、最後にあれだけでお別れして仕舞うのが惜しくて堪《たま》らなくなったはずみ[#「はずみ」に傍点]で、思わず言葉をおかけしました。するとあなたは恰《あたか》も不良青年にでもおびやかされた御様子で、逸作先生(僕はあの方があなたの御主人で画家丘崎逸作先生だと直《す》ぐ判りました)の方へお逃げになりました。僕には何もかも不思議なのです。しかもあなたがお逃げになったあと、僕は一人で家へ帰りながら、どうしてもまたあなたにお目にかかりたくて仕方がなくなり、今でもその気持で一ぱいです。僕はあなたが有名な女流作家であるからとか、年長の美しい婦人に興味を持つとか、単なるそんな意味ばかりではなし、何故あなたのような方が、あの晩、あんな態度で僕をおつけになり、最後に僕を不良青年かなぞのように恐れてお逃げになったか、その意味が伺い度《た》いのです。
こんな意味の手紙。これは銀座でそのことがあって一日おいて来た、あのナポレオン型の美青年からの手紙であった。かの女はその手紙に対してどういう返事を出して好いか判らなかった。何となく懐しいような、馬鹿らしいような、煩わしいような恥らわしい自己嫌悪にさえかかって、そのまま手紙を二三日放って置いた。
いくらか習わされた良家的の字には違いないが、生来の強い我《が》が躾《しつけ》の外へはみ出していて、それが却《かえ》って清新な怜悧《れいり》さを表わしているといった字体で、それ以後五六本の手紙がかの女に来た。字劃《じかく》や点を平気で増減していて、青年期へ入ったばかりの年齢の現代の若ものに有り勝ちな、漢字に対する無頓着《むとんちゃく》さを現わしていたが、しかし、憐《あわ》れに幼稚なところもあった。名前は春日規矩男と書いてあった。
書面の要求は初めの手紙と同じ意味へ、返事のないのに焦《じ》れた為か、もっと迫った気持の追加が出来て、銀座で接触したのを機縁として、唯《ただ》むやみにもう一度かの女に会い度いという意慾の単独性が、露骨に現われて来ていた。
文筆を執ることを職業として、しじゅう名前を活字で世間へ曝《さ》らしているかの女は、よくいろいろな男女から面会請求の手紙を受取る。それ等を一々気にしていては切りがない――と、かの女は狡《ずる》く気持の逃避を保っていた。けれども青年の手紙の一つより一つへと、だんだんかの女の心が惹《ひ》かれてはいた。かの女はあの夜の自分の無暗な感情的な行為に自己嫌悪をしきりに感じるのであるけれど、実際は普通の面会請求者と違って、これはかの女の自分からアクチーヴに出た行為の当然な結果として、かの女としてもこの手紙の返事を書くべき十分の責任はある。かの女はやがてそこに気づくと、青年に対する負債らしいものを果す義務を感じた。けれども、それはやや感情的に青年に惹かれて来ているかの女の自分に対する申訳であって、なにもかの女がほんとうに出し度くない返事なら出さなくて宜い、本当に逢《あ》い度くないなら逢わなくても好いものをと、かの女の良心への恥しさを青年に対する義務にかこつけようとするのを意地悪く邪魔する心があり、かの女はまた幾日か兎角《とかく》しつつ愚図愚図していた。するとまた或日来た青年の手紙は強請的な哀願にしおれて、むしろかの女の未練やら逡巡《しゅんじゅん》やらのむしゃむしゃした感情を一まとめにかき集めて、あわや根こそぎ持ち去って行きそうな切迫をかの女に感じさせた。それが何故かかの女を歯切れの悪い忿懣《ふんまん》の情へ駆り立てた。
「馬鹿にしてる。一ぺんだけ返事を出してよく云って聞かしてやりましょうか」
縺《もつ》れ出しては切りのないかの女の性質を知っている逸作は言下に云った。
「考えものだな。君は自分のむす子に向ける感情だけでも沢山だ。けどこないだ[#「こないだ」に傍点]の晩は君の方から働きかけたんだから逢ってやっても好いわけさね」
彼女は結局どうしようもなかった。こだわったまま妙な方面へ忿懣を飛ばした。――少くともかかる葛藤《かっとう》を母に惹起《じゃっき》させる愛憐《あいれん》至苦のむす子が恨めて仕方がなかった。何も知らずに巴里《パリ》の朝に穏かに顔を洗っているであろうむす子が口惜しく、いじらしく、恨めしくて仕方なかった。
半月ばかりたった。かの女はあまり青年の手紙が跡絶《とだ》えたので、もうあれが最後だったのかと思って、時々取り返しのつかぬ愛惜を感じ、その自分がまた卑怯《ひきょう》至極《しごく》に思われて、ますます自己嫌悪におちいっているところへ、ひょっこりとまた手紙が来た。
「僕だけでお目にかかれないとなれば、僕の母にも逢ってやって下さい。僕等は親子二人であなたから教えて頂き度いことがあるんです。頼みます」
この手紙には今までと違って、何か別に撃たれるところのものがあった。それに遠く行き去った愛惜物が突然また再現したような喜悦に似た感情が、今度は今迄のすべての気持を反撥《はんぱつ》し、極々単純に、直ぐにも逢う約束をかの女にさせようとした。逸作も青年の手紙を一瞥《いちべつ》して、
「じゃまあ逢って見るさ。字の性質《たち》も悪くないな」
急にかの女の眼底に、銀座の夜に見たむす子であり、美しい若ものである小ナポレオンの姿が、靉靆朦朧《あいたいもうろう》と魅力を帯びて泛《うか》び出して来た。かの女はその時、かの女の母性の陰からかの女の女性の顔が覗《のぞ》き出たようではっとした。だが、さっさと面会を約束する手紙を青年に書きながら、そんな気持にこだわるのも何故かかの女は面倒だった。
フリジヤがあっさり挿されたかの女の瀟洒《しょうしゃ》とした応接間で、春日規矩男にかの女は逢った。かの女の手紙の着いた翌晩、武蔵野の家から、規矩男は訪ねて来たのであった。部屋には大きい瓦斯《ガス》ストーヴがもはやとうに火の働きを閉されて、コバルト色の刺繍《ししゅう》をした小布を冠《かぶ》されていた。かの女が倫敦《ロンドン》から買って帰ったベルベットのソファは、一つ一つの肘《ひじ》に金線の房がついていた。スプリングの深いクッションへ規矩男は鷹揚《おうよう》な腰の掛け方をした。今夜規矩男は上質の薩摩絣《さつまがすり》の羽織と着物を対に着ていた。柄が二十二の規矩男にしては渋好みで、それを襯衣《シャツ》も着ずにきちんと襟元を引締めて着ている恰好《かっこう》は、西洋の美青年が日本着物を着ているように粋《いき》で、上品で、素朴に見えた。かの女は断髪を一筋も縮らせない素直な撫《な》でつけにして、コバルト色の縮緬《ちりめん》の羽織を着ている。――何という静かな単純な気持――そこには逢わない前のややこしい面倒な気持は微塵《みじん》も浮んで来なかった。一人の怜悧《れいり》な意志を持つ青年と、年上の情感を美しく湛《たた》えた知識婦人と――対談のうちに婦人は時々母性型となり、青年はいくらかその婦人のむす子型となり――心たのしいあたたかな春の夜。そうした夜が三四日おきに三四度続くうち、かの女は銀座で規矩男のあとをつけた理由を規矩男に知らせ、また次のような規矩男の身の上をも聞き知った。
外交官にしては直情径行に過ぎ、議論の多い規矩男の父の春日越後は、自然上司や儕輩《さいはい》たちに好かれなかった。駐在の勤務国としてはあまり国際関係に重要でない国々へばかり廻《まわ》されていた。
任務が暇なので、越後は生来好きであった酒にいよいよ耽《ふけ》ったが、彼はよく勉強もした。彼は駐在地の在留民と平民的に交際《つきあ》ったので、その方の評判はよかった。国際外交上では極地の果に等しい小国にいながら、目を世界の形勢に放って、いつも豊富な意見を蓄えていた。求められれば遠慮なくそれを故国の知識階級へ向けて発表した。この点ジャーナリストから重宝がられた。任官上の不満は、彼の表現を往々に激越な口調のものにした。
国々を転々して、万年公使の綽名《あだな》がついた頃、名誉大使に進級の形式の下に彼は官吏を辞めさせられた。二三の新聞雑誌が彼のために遺憾の意を表した。他のものは、彼もさすがにもう頭が古いと評した。
彼は覚悟していたらしく、特に不平を越してどうのこうのする気配もなかった。それよりも、予《かね》て意中に蓄えていた人生の理想を果し始めにかかった。
「人生の本ものを味わわなくちゃ」
これが父の死ぬまで口に絶やさなかった箴銘《しんめい》の言葉でしたと、規矩男は苦笑した。
父の越後は日本の土地の中で、一ばん郷土的の感じを深く持たせるという武蔵野の中を選んで、別荘風の住宅を建てた。それから結婚した。
「ずいぶん、晩婚なんです。父と母は二十以上も年齢が違うのです。父はそのときもう五十以上ですから、どう考えたって、自分に子供が生れた場合に、それを年頃まで監督して育て上げるという時日の確信が持てよう筈《はず》は無かったのに――その点から父もかなりエゴイズムな所のある人だったし、母も心を晦《くら》まして結婚したとも考えられます」と規矩男は云った。
母の鏡子は土地の素封家《そほうか》の娘だった。平凡な女だったが、このとき恋に破れていた。相手は同じ近郊の素封家の息子で、覇気のある青年だった。織田といった。金持の家の息子に育ったこの青年は、時代意識もあり、逆に庶民風のものを悦《よろこ》ぶ傾向が強くて、たいして嫌いでもなかった鏡子をも、お嬢さん育ちの金持の家の娘という位置に反撥《はんぱつ》して、縁談が纏《まとま》りかかった間際になって拒絶した。そして中産階級の娘で女性解放運動に携わっている女と、自分の主義や理論を証明するような意気込みの結婚をした。
平凡な鏡子が恋に破れたとき、不思議に大胆な好奇的の女になった。鏡子は忽《たちま》ち規矩男の父の結婚談を承知した。父は鏡子の明治型の瓜実顔《うりざねがお》の面だちから、これを日本娘の典型と歓《よろこ》び、母は父が初老に近い男でも、永らく外国生活をして灰汁抜《あくぬ》けのした捌《さば》きや、エキゾチックな性格に興味を持ち、結婚は滑らかに運んだ。
松林の中の別荘《ヴィラ》風の洋館で、越後のいわゆる、人生の本ものを味わうという家庭生活が始まった。
「しかし人生の本ものというものは、そんな風に意識して、掛声して飛びかかって、それで果して捉《とら》えられて味わえるものでしょうか。マアテルリンクじゃありませんが、人生の幸福はやっぱり翼のある青い鳥じゃないでしょうか」
と規矩男は言葉の息を切った。
父はさすがにあれだけの生涯を越して来た男だけに、エネルギッシュなものを持っていた。知識や教養もあった。その総《すべ》てを注いで理想生活の構図を整えようとした。
「いまにきっと、あなたにお目にかけますが、あの家の背後へ行ってごらんなさい。小さいながら果樹園もあれば、羊を飼う柵《さく》も出来ています。野鳥が来て、自由に巣が造れる巣箱、あれも近年はだいぶ流行《はや》って一般に使われていますが、日本へ輸入したのは父が最初の人でしょう」
父のいう人生の本ものという意味は、楽しむという意味に外ならなかった。自分は今まであまりに動き漂う渦中に流浪し過ぎた。それで何ものをも纏って捉え得なかった。静かな固定した幸福こそ、真に人生に意義あるものである。彼の考えはこうらしかった。彼は世界中で見集め、聞き集め、考え蓄《た》めた幸福の集成図を組み立てにかかった。妻もその道具立ての一つであった。彼はこういう生活図面の設計の中に配置する点景人物として、図面に調和するポーズを若き妻に求めた。
鏡子ははじめこれを嫌った。重圧を感じた彼女は、老いた夫であるとはいえ、たとえ外交官として復活しなくとも、何か夫の前生の経験を生かして、妻としての自分の生活を華々しく張合いのあるものにして呉《く》れることを期待した。その点によって夫と自分との年齢の差も償えると思っていた。だが夫は毎朝飲むコーヒーだけは、自分で挽《ひ》いて自分でいれる器用な手つきだけのところに、文化人らしい趣を遺《のこ》すだけで、あとは日々ただの村老に燻《くす》んで行った。彼女は従えられ鞣《なめ》されて行った。
「おかしなことには、この都会近くの田舎というものは、市場へ運ばれて売られる野菜や果物同様、住む人間までも生気を都会へ吸い取られて、卑屈に形骸的にならされてしまうのですね」
規矩男は父を斯《こ》うも観察した。女の子が生れてすぐ死に、二番目の規矩男が生れたときは、父親は既にまったく老境に入って、しかも、永年の飲酒生活の結果は、耄《ぼ》けて偏屈にさえなっていた。女盛りの妻の鏡子は、態《わざ》と老けた髪かたちや身なりをして、老夫のお守りをしなければならなかった。(母の幾分|僻《ひが》んだ、ヒステリックな性格も、この頃に養われたらしい)
「父は死ぬ間際は、書斎の窓の外に掘った池へ、書斎の中から釣竿《つりざお》を差し出して、憂鬱《ゆううつ》な顔をして鮒や鮠《はえ》を一日じゅう釣っていましたよ。関節炎で動けなくなっていました。母はもう父に対して癇《かん》の強い子供に対するような、あやなし方をしていました。食事のときに、一杯ずつ与える葡萄酒《ぶどうしゅ》を、父はもう一杯とせがむのを、母は毒だと断るのにいつも喧嘩《けんか》のような騒ぎでした」
中学校から帰って規矩男が挨拶《あいさつ》に行くと、老父はさすがに歓んでにこにこした。そして、「おまえは今から心がけて人生の本ものの味わいを味わわなくちゃいかん」と口癖にいった。それは人生を楽しめという意味に外ならなかった。規矩男には老ぼけて惨な現在の父がそれをいうと、地獄の言葉とよりしか響かなかった。
父が死んで荷を卸した感じに見えた母親は、一方貞淑な未亡人であり乍《なが》ら、いくらか浮々した生活の余裕を採り出した。
「面白いことは」と規矩男は云った。その昔の母の失恋の相手の織田や、いわば彼女の恋仇《こいがたき》である織田の妻が、今は平凡に年とって子供の二三人もあるのと、母は家庭的な交際を始めていることだった、もっとも織田は、その後、財産をすっかり失《な》くしてしまって、土地に自前の雑貨店を営んで、どうやら生活している。彼の知識的の妻も、解放運動などはおくびにも出さなくなり、克明に店や家庭に働いている。規矩男の母は、規矩男の養育の相談相手に、僅《わず》かに頼れる旧知の家として、度々織田の家庭を訪ねるのであった。
規矩男自身と云えば、規矩男は府立×中学を出て一高の×部へ入り、卒業期に肺尖《はいせん》を少し傷めたので、卒業後大学へ行くのを暫《しばら》く遅らして、保養かたがた今は暫く休学しているのだという。だがもう肺尖などとうに治っている。保養とは世間の人に云う上べの言葉で、……と規矩男は稚純に顔を赫《あか》らめながら、やや狡智《こうち》らしく鼻の先だけで笑った。
「ではお父さまの云われた人生の本ものとかを、今からあなたも尋ね始めなさったの」
と、かの女も口許《くちもと》で笑って云えば、規矩男は今度は率直に云った。
「僕は父のように甘い虫の好い考えは持っていませんが……然《しか》し知識慾や感情の発達盛り、働き盛りの僕達の歳として、そう学校にばかりへばりついて行ってても仕方がありませんからね」
「でも大学は時間も少いし呑気《のんき》じゃありませんか」
「それが僕にはそうは行かないんです。僕という奴は、学校へ行き出せば学校の方へ絶対忠実にこびりつかなけりゃいられないような性分なんです。僕自身の性格は比較的複雑で横着にもかなり陰影がある癖に、一ヶ所変な幼稚な優等生型の部分があって……嫌んなっちゃうんで」
規矩男はいくらか又不敵な笑い方をしたが、一層顔を赫らめて、
「ですから自分では、学校なんか三十歳までに出れば好いと思ってるんですが、母や織田達がいろいろ云うんで、或いは今年の秋か来年からまた始め出そうとも思っているんです」
母と一緒に逢《あ》って呉《く》れと規矩男は手紙に書いたこともあったが、その後また一ヶ月ばかりの間に三四回もかの女と連れ立って、武蔵野を案内がてら散歩し乍《なが》ら、たびたび自分の家の近くを行き過ぎるのに、規矩男は自分の家へまだ一度もかの女を連れて行かず、母にも逢せなかった。かの女は規矩男に何か考えがあるのだろうし、かの女も別だん急に規矩男の母に逢い度《た》いとも思わなかったが、ある時何気なく云ってみた。
「あなたいつかの手紙で私にお母さんを逢せるなんて云ってね」
規矩男は少し困って赫くなった。
「あなたが逢って呉れないものですから、僕のような生意気な人間でも、あんな通俗的な手法を使わなくっちゃならなくなったんですね」
「ははあ」
「嫌だ。今ごろあんなことでからかっちゃ。だけれどあなただって、婦人雑誌なんかで、よく、どうしてあなたはあなたのお子さんを教育なさいましたか、なんて問題に答えていらっしゃるじゃありませんか。僕はあれを覚えてていざとなったら母もだし[#「だし」に傍点]につかいかねなかった……」
「そんなに私に逢わなけりゃならなかったの」
「嫌だ。そんなこと、そんなにくどく云っちゃ」
規矩男がますます赫くなるので、かの女はもっとくどくからかい度くなった。
「かりによ。あの時、ではお母さんとご一緒にお出下さい、是非お母さんと……と、私がどうしてもお母さんと一緒でなければお逢いしないと云って上げたらどう?」
「事態がそうなら僕は母と一緒に伺ったかも知れないな」
「そして子供の教育法をお母さんに訊《き》かれるとしたら、規矩男さんの教育係みたいに私はなったのね」
「わははははあ」規矩男は世にも腕白者らしく笑った。
「それも面白かったなあ、わははははあ」
「何ですよ、この人は……そんな大声で笑って」
規矩男は今度は大真面目《おおまじめ》になって、
「だけど運命の趨勢《すうせい》はそうはさせませんね。僕は世の中は大たい妥当に出来上っていると思うんです」
「では妥当であなたと私とはこんなに仲好しになったの」
「そうですとも。僕だってあなただから近づいて来たかったんです……誰が……誰が……あなたでない、よそのお母さんみたいな人に銀座でなんかあとからつけて来られて……およそ気味の悪いばかりだったでしょうよ。或いはぶんなぐってたかもしれやしねえ」
「おやおや、まるで不良青年みたいだ」
「自分だって不良少女のように男のあとなんかつけたくせに」
「じゃあ、私不良少女として不良青年に見込まれた妥当性で、あなたと仲好しにされたわけなのね」
その時、眼路の近くに一重山吹の花の咲き乱れた溝が見えて来た。規矩男はその淡々しく盛り上った山吹の黄金色に瞳《ひとみ》を放ったが、急に真面目な眼をかの女に返して、「あの逸作先生は、そんなお話のよく判る方ですか」とかの女に聞くのであった。
「ええ、判る人ですとも」
「あなた先生を随分尊敬していらっしゃるようですね」
「ええ、尊敬していますとも」
「先生は見たところだけでも随分僕には好感が持てますね……僕、先生が感じ悪い方だったら、あなたもこんなに(と云って規矩男はまた赫くなった)好きになれなかったか知れませんね」
「ではうちの先生も、あなたが私と仲好しになった妥当性の仲間入りね」
「序《ついで》にむす子さんも」
「まあ、ぜいたくな人!」
「ええ、僕あ、ぜいたくな人間……ぜいたくな人間て云われるの嬉《うれ》しいな。どんなに僕の好きな顔や美しい情感や卓越した理智をあなたが持ってたって、嫌な夫や馬鹿な子供なんかの生活構成のなかで出来上っているあなただったら、或いは僕は……」
かの女はそういう規矩男が、自分の愛する夫や子供をまるでその心身の組織に入れているようで、規矩男に対して急に不思議な愛感に襲われた。そして次に、ふっとむす子を思い出し、一瞬ひらめくような自分達の母子情の本質に就《つ》いて考えて見た。「私の原始的な親子本能以上に、私のむす子に対する愛情が、私の詩人的ロマン性の舞台にまで登場し、私の理論性の範囲にまで組織され込んでいる。ぜいたくな母子情だ。この私の母子情が、果して好いものか悪いものか……だが、すべて本質というものは本質そのもので好いのだ。他と違っているからと云って好いも悪いもありはしない」こう考えながらかの女は何故か眼に薄い涙を泛《うか》べていた。規矩男は見てとって、
「僕あんまり云い過ぎました?」
「ううん、云い過ぎたから好かったの、あははははは」
規矩男も「あはははははあ」と笑っちまうと、あとは二人とも案外けろり[#「けろり」に傍点]として、さっさと歩き出した。非常に脱し易そうでそれを支えるバランスを二人は共通に持ち合っているとかの女には思えた。その自覚が非常にかの女を愉快にし、爽《さわや》かにした。かの女は甘く咽喉《のど》にからまる下声で、低くうたを唄《うた》いながら歩いた。規矩男は暫く黙って歩いた。
そのうちに二人はまたいつか規矩男の家の近所に来ていた。黙っていた規矩男は、急にはっきりした声で云った。
「いや、いまにきっと逢せます。然し、僕はあなたに母を逢せる前に聞いて頂きたいことがあるんですけれど……僕が云い出すまで待ってて下さい」
「そう? 優等生型の身辺事情には、いろいろ順序が立っているでしょうからねえ」
「からかわれる張り合いもないような事なんです」
規矩男の家は松林を両袖にして、まるで芝居の書割のように、真中の道を突き当った正面にポーチが見え、蔦《つた》に覆われた古い洋館である。
「感じのいいお家じゃなくって」
「古いのが好いだけです。いまにご案内します」
そういって何故か規矩男は去勢したような笑い方をした。その笑い方はやや鼻にかかる笑い方で、凜々《りり》しい小ナポレオン式の面貌とはおよそ縁のない意気地のなさであった。
「規矩男さん、あなたを見ていると、時々、いつの時代の青年か判らないような時もあってよ」
すると規矩男は、さっと暗い陰を額から頬《ほお》へ流し去って、それから急いでふだんの表情の顔に戻った。
「たぶんそうでしょう。自分でもそう感じる時がありますよ」規矩男は艶々《つやつや》した頬を掌で撫《な》でて、「僕はあなたのむす子さんとは違った母に育てられたんですから」
「と云うと?」
「僕の積極性は、母の育て方で三分の一はマイナスにされてますから」
かの女はこの青年のこれだけ整った肉体の生理上にも、何か偏ったものがあるのではないかと考えてみた。これだけつき合った間に気がついただけでも、飯の菜、菓子の好みにも種類があった。酸味のある果物は喘《あえ》ぐように貪《むさぼ》り喰《く》った。道端に実っている青梅は、妊婦のように見逃がさず※[#「※」は「手へん+宛」、第3水準1-84-80、648-中-4]《も》いで噛《か》んだ。
「喰ものでも変っているのね、あなたは」
「酸っぱいものだけが、僕のマイナスの部分を刺戟《しげき》するロマンチックな味です」
規矩男には散歩の場所にもかたよった好みがあった。
規矩男は母の命令で食料品の買付けに、一週一度銀座へ出る以外には、余所《よそ》へ行かないといっているとおり、東京の何処のこともあまり知らない様子。武蔵野のことは委《くわ》しかったが、それにも限度があった。彼の家のある下馬沢を中心に、半径二三里ほど多少|歪《ゆが》みのある円に描いた範囲内の郊外だけだった。武蔵野といってもごく狭い部分だった。それから先へ踏み出すときは、
「僕には親しみが持てない土地です。引返しましょう」とぐんぐんかの女を導き戻した。
そんな時、規矩男の母にもこういう消極的な我儘《わがまま》があるのかしら……などと、かの女はいくらかの反感を、まだ見ぬ規矩男の母に持ったこともあったが、かの女はここにもまた、幾分母の影響を持つ子の存在を見出して、規矩男もその母もあわれになった。それに規矩男の好みの狭い範囲には、まったく美しい部分があった。そしてかの女は規矩男と共に心楽しく武蔵野を味わった。躑躅《つつじ》の古株が崖《がけ》一ぱい蟠居《ばんきょ》している丘から、頂天だけ真白い富士が嶺を眺めさせる場所。ある街道筋の裏に斑々《はんぱん》する孟棕藪《もうそうやぶ》の小径《こみち》を潜《くぐ》ると、かの女の服に翠色が滴り染むかと思われるほど涼しい陰が、都会近くにあることをかの女に知らした。
二人はある時奥沢の九品仏《くほんぶつ》の庭に立った。
「この銀杏《いちょう》が秋になると黄鼈甲《きべっこう》いろにどんより透き通って、空とすれすれな梢《こずえ》に夕月が象眼したように見えることがあります」
おっとりとそんな説明をする時の規矩男の陰に、いつも規矩男から聞いたその母の古典的な美しい俤《おもかげ》も沁々《しみじみ》とかの女に想像された。
これ等の場所は普通武蔵野の名所と云われている感どころより、稍々《やや》外れて、しかも適確に武蔵野の情趣を探らせて呉《く》れるだけに、かの女には余計味わい深かった。こうして歩いているうちに、かの女はもう可成り規矩男に慣れてしまって、規矩男をただよく気のつく、親切な若い案内者ぐらいの無感覚に陥り易《やす》くなった。銀座でむす子の面影をどうしてこの青年の上に肖《に》せて看《み》て取ったのか、不思議に思った。それももう遠い昔の出来事で、記憶の彼方に消えて行って仕舞ったように思えた。だが規矩男は今だにときどきかの女のむす子のことを訊《き》きたがった。
「僕には判る気がしますよ。あなたを妹のように可愛《かわい》がるむす子さん。あなたと性質が似て居て、しかもすっかり表面の違っているむす子さんでしょう」
かの女はむす子のことをこの青年に話すことは、何故かこの頃むす子に対する気持を冒涜《ぼうとく》するように感じて、好まなくなっていた。それを訊かれると同時に、何か違った胸の奥の場所から不安が頭を擡《もた》げて来て、訊《たず》ねられた機会を利用し、逆に規矩男から、少しずつ規矩男の身の上を訊き溜《た》めようとした。
「それよりあなたお母さんに私を逢《あわ》す前に、私に話すことがあると云ったわね。あれ何のこと」彼女は暫《しばら》く考えて、「あれことによったらあなたのラブ・アフェヤーにでも就《つ》いてではなくって」
「なぜ云い当てたんです」
「だってあなたくらい、ませた[#「ませた」に傍点]人、この年までラブ・アフェヤーのない筈《はず》はないもの。それを、今まで私に話さなかったもの。あなたの事情という事情は大がい聞いたあとに、残っているのはそればかりでしょう。しかも一番重大なことだからあとに残したってような、逆順序にしたんでしょう」
「やり切れないな。だがまあ、そうしときましょう。処でその事あんまり貧弱なんで僕恥しいんです」
規矩男は本当に恥じているように見えた。
「それよりも、今日はあなたのその靴木履《くつぽっくり》で、武蔵野の若草を踏んで歩く音をゆっくり聴かして頂くつもりです」
規矩男はわざと気取ってそういうのか、それとも繊細なこういう好みが、元来、彼に潜んでいるためか、探り兼ねるような無表情な声で云って、広い往還を畑地の中へ折れ曲った。其処の蓬若芽《よもぎわかめ》を敷きつめた原へ、規矩男は先にたって踏み入った。長い外国生活をして来てまだ下駄《げた》に馴《な》れないかの女は、靴を木履のように造らせて日本服の時用いるための履きものにしていた。そのゴム裏は、まるで音のないような滑らかな音をひいて、乙女の肌のような若芽の原を渡るのだった。
規矩男が進んで話さない恋愛事件を、あまり追及するのも悪どいと思って、かの女は規矩男が靴木履と云った自分の履きものを、右の足を前に出して、ちょっと眺めた。
「なるほど、靴木履。うまい名前をつけましたね」
台は普通の女用の木履|爪先《つまさき》に丸味をつけて、台や鼻緒と同じ色のフェルトの爪覆《つまおお》いを着せ、底は全部靴形で踏み立つのである。「この履きものおかしいですか。人からじろじろ見られて、とても恥しいことがあるのよ」
「いえ、そんなことありません。だが、あなたは必要上から何事でも率直にやられるようですね、そのことが普通の世間人にずいぶん誤解され勝ちなんでしょう」
かの女は、それは当っていると思った。しかし、真面目《まじめ》に規矩男の洞察に今更感謝する気にもなれなかった。かの女は誤解されても便利の方がいいと思うほど数々受けた誤解から、今や性根を据えさせられていた。かの女は、同情の声にはただ意志を潜めて、ふふふと小さく笑うだけだった。
「オリジナリティがあって立派なものですよ。威張って穿《は》いてお歩きなさいよ。春の郊外の若草の上を踏むのなんかには、とりわけ好いな」
規矩男は一寸《ちょっと》考えてまた云い続けた。「そういうオリジナリティが僕の母なんかにはまるでない」
「なまじいオリジナリティなんかあるのは自分ながら邪魔ですよ」
「そうだ。あなたはご自分の天分でもなんでも、一応は否定して見る癖があるんだな……癖か性質かな。それがあなたをいつも苦しめてるんでしょう。けどそれが図破抜《ずばぬ》けたあなたの知性やロマン性やオリジナリティに陰影をもたせて、むしろ効果を挙げているのではありませんか」
「でもうちの先生は、それが私にどれ程損だかって、いつも云っているのよ」
「先生は実は一番あなたのその内気な処を愛していらっしゃるんじゃないですか……むす子さんも……」
かの女はむす子が巴里《パリ》の街中でも、かの女を引っ抱えるようにして交通を危がり、野呂間《のろま》野呂間《のろま》と叱《しか》りながら、かの女の背中を撫《な》でさするのを想《おも》った。かの女は自分の理論性や熱情を、一応否定したり羞恥心《しゅうちしん》で窪《くぼ》めて見るのを、かの女のスローモーション的な内気と、どこ迄一つのものかは、はっきり判らなかったが、かの女は自分の稚純極まる内気なるものは、かの女の一方の強靱《きょうじん》な知性に対応する一種の白痴性ではないかとも思うのである。かの女が二十歳近くも年齢の違う規矩男と歩いていて殆《ほとん》ど年齢の差も感ぜず、また対者にもそれを感ぜしめない範囲の交感状態も、かの女の稚純な白痴性がかの女の自他に与える一種の麻痺状態《まひじょうたい》ではなかろうかと、かの女は酷《きび》しく自分を批判してみるのである。かの女の肉体(かの女の肉体も事実年齢より十歳以上も若いのだと、かの女の薬にいつも小児散を盛り込む或る医者が云った)か精神のはげしい知性のほかの一個所に非常に白痴的な部分があり、その部分の飛躍がかの女の交感の世界から或る人々を拉《らつ》し来《きた》って、年齢の差別や階級性を自他共に忘れさせる――或る時期からの逸作は、かの女を妻と思うより娘のように愛撫《あいぶ》し、むす子は妹のように労《いたわ》り、現に規矩男という怜悧《れいり》な意志を持つこの若者までが、恰《あたか》も同年輩か寧《むし》ろあるときは年少の女性に向うような態度をかの女にとって当然としている。その他の友達。そしておかしなことにはかの女自身まで――かの女には二十四五歳位からの男女を見ると、むしろ自分より実世界に於ける意志も生活能力も偉《すぐ》れた人のように往々見える。この普通常識から批判すれば痴呆《ちほう》のような甘いお人好しの観念が、時にかの女の知性以上に働いて、かの女を非常に謙遜《けんそん》にしたり、時には反対に人を寛大に感じさせ過ぎてかの女を油断に陥れる……
かの女が黙って考えているのを規矩男は気づかった。
「僕があれ[#「あれ」に傍点]を隠しているのが悪いかしら」
「そうじゃないの。私、時々飛んでもないよそ[#「よそ」に傍点]事をふっと考え込んじまう癖があるのよ」と云っても規矩男はその事とばかり思い込んで、彼の許嫁《いいなずけ》に就《つ》いて語り出した。
「つまり僕のあれは[#「あれは」に傍点]――始めは親達が決めて、あとで恋人同志のような気持になり、今はまた恋がなくなって(僕の方だけで)普通の許嫁と思ってるんですけれど――その女はオリジナリティも熱情もないくせに、内気な所も皆目なくって、その上熱情がある振りをしたがるという風な女です。唯《ただ》取柄なのは、家庭や団体なんかが牛耳《ぎゅうじ》れそうな精力的なところなんですが……僕あそんなもの欲しくないんです」
「そうお。だけど誰のどんな取柄だって、よく見てれば好いものでしょう」
「でも、そう云ってたらきりもありません。人間の好きも嫌いもなくなっちまう」
「まあそれはそうだけど」
往還のアスファルトに響いて多摩川通いのバスが揺れながら来た。かの女等はそれを避けて畑道へそれた。畑地には、ここらから搬出する晩春初夏の菜果が充《み》ちていた。都会人のまちまちな嗜好《しこう》を反映するように、これ等の畑地のなりもの[#「なりもの」に傍点]や野菜は一定していなかった。茄子畑《なずばたけ》があると思えば、すぐ隣に豌豆《えんどう》の畑があった。西洋種の瓜《うり》の膚が緑葉の鱗《うろこ》の間から赤剥《あかむ》けになって覗《のぞ》いていた。畦《あぜ》の玉蜀黍《とうもろこし》の一列で小さく仕切られている畑地畑地からは甘い糖性の匂《にお》いがして、前菜の卓のように蔬菜《そさい》を盛り蒐《あつ》めている。見廻《みまわ》す周囲は松林や市街のあふれらしい人家に取囲まれていて、畑地の中のところどころに、下宿屋をアパート風に改造した家が散在し、二階から人の頭が覗いていた。
散歩の日によって、かの女と規矩男とは気持の位置が上下した。かの女の方が高く上から臨んでいたり、規矩男の方が嵩《かさ》にかかったり――今日は×大学の前で車を乗り捨てて、そこで待ち合せていた規矩男にかの女は気位をリードされ勝ちだった。経験によると、こういう日に規矩男の心は何か焦々と分裂して竦《すくま》って居り、何か分析的にかの女に突っかかるものがあった。何かのはずみでまた許嫁の話になると、規矩男はまるでかの女が無理にその女性を規矩男に押しつけてでもいるような、云いがかりらしい口調を洩《も》らしたり、少しの間かの女がむっつりと俯向《うつむ》いて歩いていると、規矩男はだしぬけに悪党のような口調で云った。
「あなたは一本気のようでそうとう比較癖のある方らしい。僕の女性と巴里のむす子さんのと較《くら》べて考えてらっしゃるんじゃありませんか」
これはかなり子供っぽい権柄《けんぺい》ずくだ。
「どうしたの。そんな云い方をして」
かの女は不快になってたしな[#「たしな」に傍点]めた。
「較べて考えるとすれば、私はあなたの好みとむす子の好みと女性の上では実によく似てると思っていたのよ」
すると規矩男はぽかんとした気を抜いた顔をして、鼻を詰め口を開《あ》けて息をした。
「怒るならあやまりますよ。どうも自分でも今日は気分の調子が取りにくい気がします」規矩男は駄々児《だだっこ》のように頭を振った。
「むす子に女性が出来てるかどうかまだ知らないけれど、私むす子の好きそうな女性を道ででも何処ででも見つけるとみんな欲しくなっちまうの。だけどそのなかに女特有の媒介性が混っているんじゃないかと思って、時々いやあな[#「いやあな」に傍点]気もするのよ」
かの女はむす子ばかりにこだわってるようで規矩男に少し気の毒になり、わざと終りを卑下して云った。
畑のなりもので見えなかったが、近寄ると新しく掘った用水があって、欄干《らんかん》のない橋がかかっていた。水はきれいで薄曇りの空を逆に映して居り、堀の縁には桜の若木が並木に植付けてあって、青年団の名で注意書きの高札が立っていた。
「みんな几帳面《きちょうめん》だなあ」規矩男は女性の問題はもう振り落したように独言を云った。
水を見て、桜木の並木を見て、高札を読んで、空を仰いでから、ちょっと後のかの女を振り返って、規矩男は更に導くように右手の叢《くさむら》の間の小径《こみち》へ入った。そこにはかの女が随《つ》いて行くのを躊躇《ちゅうちょ》した位、藪枯《やぶがら》しの蔦《つた》が葡《は》い廻っていた。
規矩男は小戻りして、かの女から預っているパラソルで残忍に草の蔓《つる》を薙《な》ぎ破り、ぐんぐん先へ進んだ。かの女はあとを通って行った。
雑木林の傾斜面を削り取って、近頃|拓《ひら》いたらしい赤土の道が前方に展開された。午後三時頃と覚える薄日が急にさして、あたりを真鍮色《しんちゅういろ》に明るくさせ、それが二人をどこの山路を踏み行くか判らないような縹緲《ひょうびょう》とした気持にさせた。
「まあこんなところがあるの」かの女は閃《ひらめ》く感覚を「猫の瞳《ひとみ》」だの「甘苦い光の澱《よど》み」だのと手早くノートしていると、規矩男は浮き浮きした声で云った。
「何? インスピレーション採っているの? 歌のですか」
「ふふふふ、歌のよ」
かの女はこのプラスフォーアを着たナポレオン型の美青年と歌の話をするのもどうかと無関心な顔をして、今日の規矩男の気勢を避けるため、さっきから持ち出していた小ノートに尚《なお》自分勝手な目前の印象を書き続けて行った。
「僕はあなたの歌を一昨夜母から見せられましたよ」
「あなたお母さんに私の事話しましたか」
「話しました」
「どうして知り合いになったって?」
「そんなこと気にかけないで下さい。僕だって文学青年だったこともあるもの、何も不思議がりはしませんよ。母はむしろ嬉《よろこ》んでいる様子でした。二三ヶ月前の雑誌から目つかったあなたの歌なんか僕に見せるくらいですもの。或はそれとなく心がけて見つけたんじゃないかな」
「…………」
「やっぱり巴里《パリ》のむす子さんへの歌だったな。『稚《おさ》な母』って題で連作でしたよ」
「…………」
「沢山あった歌のなかで一つだけ覚えてて僕暗記してます――鏡のなかに童顔写るこのわれがあはれ子を恋ふる母かと泣かゆ――ねえ、そうでしたね」
突然、かの女は規矩男と若い男女のように並んで歩いている自分に気がついた。つぎ穂のないような恥しさがかの女を襲った。それからかの女は突飛《とっぴ》に言って仕舞った。
「あなたの許嫁《いいなずけ》にも逢《あ》わしてよ」
かの女は立ち停《どま》って眼を閉じた。が、やがて何もかも取りなすような逸作のもの分りの好い笑顔が、かの女の瞼《まぶた》の裏に浮ぶと、かの女は辛うじて救われたように、ほっと息をして歩き出した。
「どうかしましたか」
と規矩男が傍へ寄って来るのを、かの女は押しのけてどんどん歩き出した。
規矩男の家は武蔵野の打ち続く平地に盛り上った一つの瘤《こぶ》のような高まりの上に礎石を載せていた。天井の高い二階建ての洋館は、辺りの日本建築を見下すように見える。赤い煉瓦《れんが》造りの壁面を蔦蔓《つたづる》がたんねんに這《は》い繁ってしまっている。棲家として一番落着きのある風情を感じさせるものは、イギリスの住宅建築だということを、規矩男の父親は、その外国生活時代に熟々《つくづく》感じたので、辺りの純日本風景にはそぐわないとも考えたが、そんな客観的の心配は切り捨てて、思い切り純英国式の棲家を造らせ、外国で使用した英国風の調度類を各室にあふれるように並べて、豊富で力強い気分を漂わせた。建築当初は武蔵野の田畑の青味に対照して、けばけばしく見え、それが却《かえ》ってこの棲家を孤独な淋しい普請のようにも見させたが、武蔵野の土から生えた蔦が次第にくすみ行く赤煉瓦の壁を取り巻き、平地の草の色をこの棲家の上にも配色すると、大地に根を下ろした大巌《おおいわ》のように一種の威容を見せて来た。
正面の石段を登ると、細いバンドのように閂《かんぬき》のついた木扉が両方に開いて、前房《ヴェルチビュル》は薄暗い。一方には二階の明るさを想《おも》わせる、やや急傾斜の階梯《かいてい》がかっちりと重々しく落着いた階段を見せている。錆《さ》びた朱いろの絨緞《じゅうたん》を敷きつめたところどころに、外国製らしい獣皮の剥製《はくせい》が置いてあり、石膏《せっこう》の女神像や銅像の武者像などが、規律よく並んでいる。
かの女を出迎えて、それからサロンへ導いた規矩男の母親は、
「毎度、規矩男がお世話さまになりますことで」
と半身を捩《ね》じらして頭を下げた。もっともその拍子にかの女の様子をちらりと盗《ぬす》み視《み》したけれども、かの女はどこの夫人にもあり勝ちな癖だからと、別にこれをこの夫人の特色とも認めることは出来なかった。
かの女は普通に礼を返した。
話はぽつんとそれで切れた。好奇心で一ぱいのかの女には却って何やかや観察の時間が与えられ都合がよかったが、常識的の社交の儀礼に気を使うらしい夫人は、ひどく手持ち無沙汰《ぶさた》らしく、その上茶を勧めたり菓子を出したりして、沈黙の時間を埋めることを心懸けているように見えた。
かの女は、まず第一に夫人を美人だなと思った。それは昔風の形容の詞句を胸のうちに思い泛《うか》べさせる美人だなと思った。いわゆる瓜実顔《うりざねがお》に整った目鼻立ちが、描けるように位置の坪に嵌《はま》っていて、眉《まゆ》はやや迫って濃かった。かの女は逸作の所蔵品で明治初期の風俗を描いた色刷りの浮世絵や単色の挿画を見て知っていた。いわゆる鹿鳴館時代《ろくめいかんじだい》と名付ける和洋混淆《わようこんこう》の文化がその時期にあって、女の容姿にも一つタイプを作った。江戸前のきりりとして、しかも大まかな女形男優顔の女が、前髪を額に垂らしたり、束髪に網をかけたりしていた。そして襟の詰った裾《すそ》の長い洋装をしていた。
いま夫人は髪や服装を現代にはしているが、顔立ちは鹿鳴館時代の美人の系統をひくものがあった。土着の武蔵野の女には元来こういうタイプがあるのか、それともこの夫人だけが特にこういう顔立ちに生れついたのか、かの女は疑いながら、しかし無条件に通俗な標準の眼から見たら、結局こういうのが美人と云えるのではないかと思ったりした。蔦の葉の単衣《ひとえ》が長身の身体に目立たぬよう着こなされていた。
「この辺は藪《やぶ》がありますので、春の末からもう蚊が出ますのでございますよ。お気をつけ遊ばせ」
と、ちょっと何か払うようなしなやかな手つきをして、更に女中の持って来た果物を勧めたりした。
始終七分身の態度で、款待《もてな》しつづけ、決してかの女の正面に面と向き合わない夫人の様子に、かの女は不満を覚えて来た。
「奥さま、もう結構でございますわ。勝手に頂戴《ちょうだい》いたしますから」かの女はなおもシトロンの壜《びん》の口をあけて、コップの口に臨ませて来る夫人を軽く手で制してそう云った。「それよりか、奥さまにもお楽にして頂いて、何かお話を承りとうございますわ」
「恐れ入ります」
夫人はやっとソファの端に膝《ひざ》を下ろした。しかし、両手で袖口《そでぐち》を引っぱってから畏《かしこ》まるように膝を揃《そろ》え、顎《あご》を引いて、やっぱり顔を伏せ気味にしている。
かの女はすこし焦《じ》れて来た。ひょっとしたら自分の息子と交際のある年上の女性というところをおかしく考え、一種の反意をこういう態度によって示すのではないかしらと、僻《ひが》みをさえ覚えた。かの女は何とか取做《とりな》さねばならぬと考えた。かの女は、
「規矩男さんは、なかなかしっかりしていらっしゃいますね」と云って、あまり早く問題を提議したような流暢《りゅうちょう》でない気持がした。
夫人は息子のことを云われて、何故かぎょっとしたようであった。はじめて正面にかの女を見た。
「そうでございましょうか。なにしろ父の死後女親一人で育てたものでございますから、万事行き届かぬ勝ちでございまして」
夫人の整った美しい顔に憐《あわ》れみを乞《こ》うような縋《すが》りつき度《た》いような功利的な表情が浮んで、夫人の顔にはじめて生気を帯ばした。
はじめからこの顔のどこが規矩男に似てるのだろうかと疑っていたかの女は、はじめて相似の点を発見した。それは規矩男が、一番平凡になって異性に物ねだりするときの顔付きであった。この相似を示す刹那《せつな》を通じて、規矩男の眼鼻立ちの切れ目に母親の美貌《びぼう》の鮮かさが伝っているのがはっきり観《み》て取れた。
夫人は心安からぬ面持ちを続けながら、
「なにしろわざと大学へは入学をおくらせて、ただぶらぶら遊んで居りますし、ときどき突拍子もないことを云い出しますし、私一人の手に負えない子でして、奥さまのようなお偉い方とお近付きになりましたのを幸い、あれに意見して頂き、また今後の教育の方法に就《つ》いてもお伺いもして見たいとは思って居りましたのですが、あんまり無学なお訊《たず》ね方をするのも失礼でございますし」夫人は両袖《りょうそで》を前に掻《か》き合せた。
かの女は夫人をあわれと思い乍《なが》ら頓《とみ》に失望を感じた。あれほどの複雑な魂を持つ青年の母としては、あまりに息子の何ものをも押えていない母。ただ卑屈で形式的な平安を望むつまらない母親である。なるほど規矩男が、かの女に母を逢《あ》わせることを躊躇《ちゅうちょ》したのも無理はないと、かの女は思った。
「そんなことごさいませんわ。むす子を持ちます母親同志としてなら、何誰とどんなお話でも出来ますわ」
かの女はそう云って、相手に対する影響を見ているうちに微《かす》かな怒りさえこみ上げて来た。もしこの上、この母親に不甲斐《ふがい》ない様子を見続けるなら、
「ぐずぐずしているなら、あなたのあんないいむす子さん奪《と》っちまいますよ」と云ってやり度《た》い位だった。
だか夫人は、かの女のそういう心の張りを外の方へ受けて行った。
「失礼ですけれど、あなたはそんなむす子さんがおありのようにお見受け出来ません。あんまりお若くて」
かの女はこの際「若い」と云われることに甘暖かい嫌悪を感じた。
今までの款待《もてなし》の上に女中がまたメロンを運んで来た。すると夫人は、またその方に心を向けてしまって、これは近所で自慢に作る人から貰ったとか、この片が種子が少いとか、選《よ》り取るのに好意を見せて勧めにかかった。
そんなことにばかりくどくかかずらっている母親にかの女は落胆して、もうどうでもいいと思った。自分の息子が大事だ。人のむす子やその母親のことなど、心配する贅沢《ぜいたく》はいらないと思った。しかし規矩男のぶすぶす生燃えになっているような魂を考えると、その母をも、もう少し何とかしてやりたいと諦《あきら》め兼ねた。窓の外の木々の葉の囁《ささや》きを聴き乍《なが》ら、かの女は暫《しばら》く興醒《きょうざ》めた悲しい気持でいた。すると何処かで、「メー」と山羊《やぎ》が風を歓《よろこ》ぶように鳴いた。
さっきから、かの女の瞳《ひとみ》を揶揄《やゆ》するように陽の反射の斑点《はんてん》が、マントルピースの上の肖像画の肩のあたりにきろきろして、かの女の視線をうるさがらしていた。窓外の一本太い竹煮草《たけにぐさ》の広葉に当った夕陽から来るものらしかった。かの女はそのきろきろする斑点を意固地《いこじ》に見据えて、ついでに肖像画の全貌《ぜんぼう》をも眺め取った。幸い陽の斑点は光度が薄かったので、肖像画の主人公の面影を見て取ることが出来た。金モールの大礼服をつけた額の高い、鼻が俊敏に秀でている禿齢の紳士であった。フランス髭《ひげ》を両顎《りょうあご》近くまで太く捻《ひね》っているが、規矩男の面立ちにそっくりだった。
かの女はつと立ち上り、その大額面の下に立ってやや小腰をかがめ、
「これ、規矩男さんの、おとうさまでいらっしゃいましょうか」と云った。
釣り込まれたようにかの女のそばへ寄って来て、思わず並んで額面を見上げた夫人は、無防禦《むぼうぎょ》な声で、
「はあ」と云ったが、次にはもう意志を蓄えている声で、「これはあんまりよく似ちゃおりません。少し老けております」
と云った。規矩男から彼の父親の晩年の老耄《ろうもう》さ加減を聞いて知っているかの女は、夫人が言訳しているなと思った。年齢に大差ある結婚を、夫人がまだ身に沁《し》みて飽き足らず思っているのを感じた。
「お立派な方ですこと」かの女はしんから云った。
「いえ、似ちゃおりません」
重ねて云った夫人の言葉は、かの女がびっくりして夫人の顔を見たほど、意地強い憎みの籠《こも》った声であった。そしてなおかの女が驚きを深くしたことは、夫人の面貌や態度に、今までに決して見かけなかった、捨て鉢であばずれのところを現わして来たことだった。夫人は、
「あは、はははは」
何ということなしに笑ったようだが、その顔や声は夫人が古風な美貌であるだけに、ねびた嫌味があった。
夫人は自分の変化をかの女に気取られたのを知って、ちょっとしまったという様子を見せ、指を旧式な「髷《まげ》なし」という洋髪の鬢《びん》と髱《たぼ》の間へ突込んで、ごしごし掻《か》きながら、しとやかな夫人を取り戻す心の沈静に努める様子だったが、額の小鬢には疳《かん》の筋がぴくりぴくり動いた。小鼻の皮肉な皺《しわ》は窪《くぼ》まった。
かの女は目前の危急から逃れ度いような気もちになって、何か云い紛らしたかった。
「規矩男さんは、ご主人に似ていらっしゃいますこと」
「規矩男は主人に似てるといっても形だけなんでございますよ。あれはとても主人のようにはなれますまい」
ここでまた夫人は白く笑った。
夫人が云ってる様子は、かの女に云っているのか、独白なのかけじめのつかないような云い方だった。
「奥さま、あなたはさっき規矩男を、なかなかしっかりしてると仰《おっしゃ》って下さいましたが、そう云って下さるお心持は有難うございますけれども、実際規矩男はやくざ[#「やくざ」に傍点]で、世間の評判もよくありません。中学や高等学校はよく出来たんですけれども、それからが一向|纏《まと》まらないんです。多分、老後の父親が、つまらないことを死ぬまで云い聞かせて置いたためでしょう」
「それは規矩男さんからもうかがいました。でも、規矩男さんはいまそういうことに就《つ》いてだいぶ考えていらっしゃるようでございますが」漸《ようや》くかの女は言葉を挟む機会を捉《とら》えた。「大丈夫だと存じますが……」
「そうでございましょうか。わたしはあれが、どうせ主人のようにはなれませんでも、わたくしは何とかしてあの子を、勤め先のはっきりした会社員か何かにして、素性のいい嫁を貰って身を固めさしてやり度いと思うのでございます。それには大学だけは是非出て貰わねばなりません」
かの女は夫人が、妻の自分にも子の規矩男にも夫の与えた暴戻なものに向って、呪いの感情を危く露出しそうになったのに、どうなることかとはらはらしていた。それもだんだん平板に落着いて来たが、あの規矩男にこういう母親の平凡な待望がかけられているとは、あまり見当違いも甚しく、母子ともに気の毒な感じがする。
かの女はふと「あの規矩男さんのお嫁さんは、もうお決りのがございますの」と訊《き》いてみる気になった。それはいかにも、互のむす子を持つ母親同志の心遣いらしい会話であるのを思いついたので。
すると夫人は可成り得意の色を見せて来て、
「はあ。少し義理のある知合いの娘で、気質もごくさっぱりしてますのがございますので、大体親達の間では決めてはいるんですけれども、これも、当人同志の折合い第一ですから、それとなく交際させて見ております」
夫人はちらとかの女の顔色を見て、
「当人同志も、どうやら気に入り合ってるようでございます」
そう云って夫人は、またかの女をもてなすために部屋を出て、女中に何かいいつけに行った。昔の恋人の娘をむす子の許嫁《いいなずけ》にした御都合主義も、客に茶菓ばかりむやみにすすめにかかる夫人の無智と同列なのではなかろうか、といよいよかの女は興覚めてくると、其処へ規矩男が、ふざけた子供のようなとぼけた顔をして入《はい》って来た。規矩男はかの女を自分の家へ案内して置いて、
「どうも女の人同志の初対面の挨拶《あいさつ》なんかへ、恥しくって立ち合えませんね」
と狡《ずる》くはにかんで、書斎の方へ暫く逃げていたのだ。かの女には、それがもう十分規矩男が自分に馴《な》れて甘えて来た証拠のように思えた。かの女はあの母を見たあとにこの規矩男を見、切ない自分の「母子情」を仲介にして自分に近づく運命を持ち、そして自分の心をこれほど捉え、これ程自分に馴れ甘える青年を、自分はもう何処までも引き寄せて愛撫《あいぶ》し続けてやり度い心が、胸の底からぐっとこみ上げて来るのを感じた。
今日は規矩男の書斎に案内された。二階の一番後方に当った十五畳敷位の洋間である。浅緑のリノリュームが、室の二方を張った硝子窓《ガラスまど》から射《さ》し入る初夏近い日光を吸っている。高い天井は、他の室と同じ英国貴族の邸宅に見るような花紋の浮彫りがしてあり、古代ギリシヤ型の簡素な時計が一個、書籍を山積した大デスクの上壁に、ボタンで留めたようにペッタリと掛っている。その他に装飾らしい何物もない。その室内で非常に目立つ一つのものは、ちょっと見ては何処の国の型かも判らない大型で彫刻のこんだ寝椅子《ねいす》が室の一隅に長々と横はり、その傍の壁を切ったような通路から稍々《やや》薄暗い畳敷きの日本室があり、あっさりと野菊の花を活《い》けた小さな床があった。
西洋室の二方にはライブラリ型の棚があり、其処には和洋雑多な書籍が詰っていた。だが、机の上の山積の書物にも書架の書物にも、紗《しゃ》のような薄い布が掛けてあって、書物の題名は殆《ほとん》ど読み分けられなかった。かの女がやや無遠慮にその布を捲《まく》ろうとすると、規矩男は手を振って「今日は書物なんかにかかわり度《た》くはないですよ」と止めた。
「だけどあなたは随分読書家なんでしょう」
「まあね」
規矩男はにやにや笑って、
「それだけに堪《たま》らなく嫌になって、幾日も密閉して、書物の面見るのも嫌になるんですよ。今はその時期です」
「人間にもそんなんじゃない」
「まあそんな傾向がないとは云えませんがね。しかし、人間に対しちゃ責任があるもの、いくら僕だってそんな露骨なことしやしません」
「だって一度恋人だったものがただの許嫁《いいなずけ》に戻ったりして……」
「あのことですか、だって僕は女性がまだあの頃判らなかったし、ただちょっと珍しかったからですよ」
「では、今は珍しくなくって、そして女性が判って来たとでもいうのですか」
「そんなこと云われると、僕はあれ[#「あれ」に傍点]のこと打ち明けなければ好かったと思いますよ。あなたは偉いようでも女だなあ。何も人間の判る判らないの